第二話:恋愛相談?

 家を出て山道さんどうを下り、昼下がりにはハイルの村に到着したんだが。

 俺が予想した通り。村にはアイリとエルが戻る為と称し、馬車と馬が二頭、村長宅に残されていた。

 とはいえ、御者代わりができる兵士は残していないし、三人も流石に馬車を扱った事はないと道中で聞いた。

 馬車が唯一扱えるのが俺だけとなりゃ、この状況も自ずと答えが出るってもんだ。


 正直俺の行動を完全に読まれているようで癪だが、気にし過ぎても始まらねえからな。

 俺達は奴等に感謝し、ありがたく馬車を拝借する事にした。


 村長にこの先の話として、長く家を留守にすると伝えると、結局そこでまた別れの酒宴を開く話になっちまった。

 しかも俺が主賓。流石に参加しないわけにもいかねえ。


 ハミル婆さんを始め、みんなが俺に感謝の言葉を掛けてくれたのには、少しうるっときちまった。

 とはいえ、酒宴だからこそ、已む無く酒を解禁してやった矢先。酔ったアイリが俺にまたも謎のアピールをしてきて、エルとティアラが師匠に迷惑がかかると必死に止めに入る姿を見て、


「あんな若い女三人に囲まれてるんだ。あんたも安泰だね」


 なんてハミルにからかわれちまい、そんな余韻もぶっ飛んじまったがな。


   § § § § §


 皆に見送られながら、ハイルの村を出て五日。

 俺は数ヶ月ぶりに、サルドの街に戻って来た。


 日も暮れ掛けた夕方。駐車場に馬車を停めた俺達は、街に入って早々に宿を取ると、荷物をそれぞれの部屋に置き、共に街の中に足を踏み入れる。


 時間も時間なだけあり、窓から漏れるのは灯りと人々の笑み。

 飲み屋や飲食店が賑やかなのは、この街の活気を表している。ここ十年で大きな様変わりもない街並みを眺めながら、俺達は街の中央へ進む大通りを進むと、大きな十字路で足を止めた。


「ティアラの実家は確かあっちだったな」

「はい。ですが、本当に良いのですか? 私達わたくしたちだけで」

「ああ。俺が下手に顔を出すほうが、親御さんも緊張するだろ。折角だ。アイリとエルは一緒に行ってこい。ティアラと同郷だったんだろ? 顔を出せば、あっちの両親も喜ぶ」

「はい! 分かりました!」

「師匠はどうするつもりの?」

「ああ。ちと知り合いがいるんで、そいつと少し酒を飲んでから宿に戻る。出発は慌てず明日の昼過ぎ。お前達の部屋で集合だ。たった一日で悪いが、ティアラはしっかり実家を楽しんで来い」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「それじゃあな」


 俺は、ティアラの実家に向かう彼女達と別れると、彼女達を背にして、別の道を歩き出した。

 俺が目指すのは、街の西にある小さな食堂。

 そこはジョンの姉が経営しているんだが、あいつはこの時間、大抵そこで晩飯を食っているからな。

 年二、三度とはいえ、それを十年もやってりゃ慣れたもんで。特に迷子になる事もなく、俺はまっすぐに目的地に辿り着いた。


 街の大通りを外れ、やや裏路地に入った閑静な住宅街にあるその店は、既にオープンの札を出しているが、時間的にはさっき空いたばかりだろう


  カランカラン


「いらっしゃいま──」


 開けた扉の勢いで鳴った心地よいベルの音の共に、出迎えのウェイトレスが笑顔で出迎えたんだが、俺の顔を見るや、驚いた顔をする。


「ヴァルスさんじゃないですか!」

「よお。元気にしてたか?」

「はい! お陰様で!」


 トレイで思わず驚いた口元を隠した、長い茶髪を三つ編みで纏めた、ウェイトレス姿のこいつは、この店で働いているサンディ。

 ま、俺もある意味じゃ常連。だからこそ、名前を覚えてくれている。


「あら、いらっしゃい。お久しぶり」

「ああ。久しぶり」


 カウンターから、落ち着いた感じで声をかけて来たのは、大人の魅力を振りまいている、ウェイビーな長い紺色の髪を持つ、赤い質素なドレス姿の女性。

 彼女がジョンの姉、サファイアだ。


 ちらりと店内に目をやると、まだ客はいない。

 ま、ここは盛況になるのは、あと一時間もすればって所。

 とはいえ、この時間にジョンの姿がないのは珍しいな。


「ジョンはまだ来てないのか?」

「あの子なら少し前に顔を出して、スクープの記事をまとめないといけないから、飯の準備は待ってくれとだけ言って、慌ただしく去っていったわ」

「そうか。あいつも忙しいんだな」


 まあ、新聞記者らしく、あいつはたまにこういう時があるからな。こうやって空振りする日もよくある。


「ま、夜に顔を出したら飯をよろしく、なんて言っていたし、待っていれば顔を出すわ。どうする?」

「そうだな。急に来ておいてなんだが、明日には発たないといけないんでな。折角だし、待たせてもらってもいいか?」

「いいわよ。サンディ。奥のテーブルに案内してあげて」

「はい! ヴァルスさん。こちらへどうぞ!」


 サファイアの指示で、笑顔で案内するサンディに続き、俺はもっとも奥の、カウンター脇の小さなテーブル席に腰を下ろした。


「何時ものでいいかしら?」

「ああ。それで頼む」


 数年前から世話になっている、勝手知ったる場所。サファイアも手慣れた感じで俺が何時も頼むメニューを作り始める。

 そんな中、サンディが俺の席の向かいに腰を下ろすと、トレイをバンっとテーブルに置き、俺にただならぬ顔を向けて来た。


「ヴァルスさん聞いてくださいよ!」

「ん? どうした? 少しは

「そうじゃないんです! この間、あのライト様に婚約破棄された女性がここに来たんです! えっと、ティ、ティ……」

「ティアラか?」

「そう! その方です! 彼女がジョンと話したいって事で案内したんですけど、ジョンってば鼻の下伸ばして、楽しげに話し込んでたんですよ!」


 そこまで話すと、彼女はバタンとテーブルに身を伏せ、はーっと大きなため息をくと、顔を横に向け切なげな顔をする。


「やっぱり、ジョンもお嬢様とかが良いのかな……」


 少し気落ちした声を出すサンディ。

 こいつはジョンの幼馴染で、ずっと奴に惚れているからな。ティアラの一件がそう映ったに違いない。


 ま、ジョンや客がいない早い時間は、こうやってあいつに対する愚痴や惚気話を聞かされるのなんてよくある。だが、大して恋愛経験のない俺に話してどうするんだよ? とは常々思っている。


 そして今回は、ティアラが俺の居場所を聞きに来た日の話か。

 って言っても、あれはもう随分前だろうが。

 それにティアラはあいつに興味はなさそうだし、そこまで気に病む必要もないんだが……まあ、流石にそんな事は口にすべきもんじゃない。


 カウンターからこっちを見ていたサファイアが、肩を竦めた俺を見て小さく笑う。

 ま、俺もあいつもジョンの本命を知っているからこそ、こんな態度になる。が、それを本人じゃなく俺達から話すなんて、余計なお節介でしかねえしな。

 それ故に、こうやって愚痴を聞いたりもしてるんだが。

 

「……ったく。さっさとこくっちまえばいいじゃねえか」

「それができたら苦労しませんよ」

「だが、そうやって先延ばしにして、誰かに取られてもいいのか?」

「ゔ……」


 ぐぬぬっと言わんばかりに困り顔になるサンディだが、以前からジョンの反応を見てきた限り、どう考えたって両思い。

 どっちかが動けば変わるんだが、どこまでお前達は奥手なんだって。


「ま、振られた時の事とかも考えてるんだろうし、無理にとは言わねえけどよ。俺はこくっちまった方がいいと思うけどな。お前らはお似合いだしよ」

「毎回そう言ってくれますけど、本当にそう思ってますー?」


 顔だけをあげ、ジト目でこっちを見てくる彼女だが。


「思ってるよ。大体お前が動かねえから、毎回言う羽目になってるだけだろうが」


 と苦言を呈してやると。


「ですよねー」


 と、ころっと表情を変え、サンディはまたもテーブルに突っ伏し、大きなため息を漏らす。


 やれやれ。このままじゃ、こいつらの春はまだまだ先か。

 俺はカウンターから見守っているサファイアと顔を見合うと、ふっと笑い合った。

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