第四章:過去の真実
第一話:旅立ちの日
あれから二日。
その間の生活はもう賑やかなもんだった。
あの後朝食の手伝いをすると言い出したアイリだったが、こいつが料理はからっきしダメだというから教えながら準備して。
皆が揃って朝食から今後の話をし、その後一人で狩りに行ってくると宣言すれば、全員がお供すると譲らねえ。
雪の残ったフォレの森は、決して狩場としては簡単じゃねえんだが、アイリとエルはその腕で途中現れた、この森によく現れる普通の魔獣を倒し、兎や鹿を見事に狩ってやがった。
とはいえ、アイリが騒がしいせいで、何度か獲物に逃げられそうになってたがな。
狩りを終えて家に戻り、肉を燻製に加工しようと準備しようとすれば、皆がそれを教えろとうるせえし。
勿論夜も、風呂を終えた団欒に、ここぞとばかりにこっちの事を根掘り葉掘り聞こうとするアイリやエルをあしらうのに必死。
「お二人が来てから、賑やかになりましたね」
なんてティアラが言っていたが、
「賑やかにも程があるだろ」
と俺は嘆くしかなく、彼女もそれに笑っていた。
§ § § § §
「師匠! 紅茶の準備ができました!」
「ああ。こっちはもう少しかかる。先に
「はい!」
二日後の朝。
扉の向こうで元気な声を出すアイリに返事をしながら、
朝食の後、先にアイリとエルに旅支度を済ませてもらい、部屋を解放してもらった後、俺は部屋で一人、旅支度を進めていた。
この間のようにハイルの村に行くのとは訳が違う。であれば、できる限りの準備は必要だからな。
普段の盗賊衣装となった俺は、引き出しから一部の毒の瓶を手に取ると、移動用の特殊な瓶に移していく。
この瓶は、いわゆる
意識して付与を解除できるこいつは、不慮の事故で瓶が割れた、なんてのを防げる優れ物だが、市場価値が高いんで出回りが悪いんだ。
とはいえ、毒をふんだんに使う以上、できる限りは手に入れている。
実際、腰のベルトに付けた薬液用の細長い瓶も、同じく
まあ、とっさに投げてぶつける時は解除できるのも大きいんでな。盗賊にとっちゃ最高の道具だ。
そういや
こいつは中身に何か入れると透明になる特殊な
扱いには気をつけねえとな。
他にも、鉤爪を付けた長いロープもベルトの横に装備する。
高所への移動は、ある程度は体術で何とかなるが、いざって時はこういうのも必要だからな。
ちなみにこいつの鉤爪にも
以前、ダンジョン探索で見つけたお宝なんだが、なるだけ静かに動きたい盗賊にはうってつけ。
そういう意味じゃ、
気づけばこいつとも長い付き合いに──。
「師匠。あまり時間をかけると、紅茶が冷めるわよ」
ったく。
少しは感慨深くなってもいいだろうに。
少し想い出に浸り掛けた俺を咎めるかのようなエルの声に、
「はいはい。分かってるよ」
と、やや投げやりに返事した俺は、自然とため息を漏らした後、残りの準備を手早く済ませ、荷物を手にリビングに向かった。
部屋の扉を開けテーブルを見ると、すっかり旅支度を終え、それぞれの職業にあった装備を身につけた三人が笑顔でこっちを見る。
「師匠! 遅いですよ!」
「仕方ないだろ。こっちだって、長旅だからこその準備が色々いるんだよ」
「確かに、既に旅支度ができている私達とは違うものね」
俺はアイリやエルと話しながら、空いたティアラの脇の席に腰を下ろす。
「準備は終わりましたか? 師匠」
「部屋での準備はな。後は保存食周りだけだ」
「そっちは手伝った方がいいかしら?」
「何なら僕が荷物を持ちますよ!」
「そうだな。お前達の分はそうしてもらうか」
俺の返事に、嬉しそうな顔をするアイリと、微笑んでくるエル。
たかだかこんな一言で、そこまで喜びを顔に出さなくてもいいだろうが。
「本日のクッキーは、私のお手製でございます。ゆっくりご賞味ください」
「旅立ちの朝に、わざわざそんなもんまで作ったのか?」
「はい。道中の間食にも良いと思いまして」
「ティアラのお菓子は昔から美味しかったものね」
「昔も村でよくご馳走になったが、今も変わらず美味いな!」
「ありがとうございます」
俺が席に付いたからか。一気に騒がしくなる三人。
こいつらが自然と笑みを見せ話す理由は、俺と共に旅に出られるからだけじゃねえ。
俺が、師匠と呼ばれても言い返してこないってのもあるんだろう。
何でこうなったかと言えば、以前ティアラとハイルの村に行くのと同じ理由。
王都までの道中、ヴァルスと偽名を名乗るから合わせろって話をした所、だったら師匠と呼んだ方がボロが出ないって提案されたんだ。
俺は気乗りしねえんだが、アイリやエルは俺を自然にそう呼んできていたし、間違いようがないっちゃその通り。
これもまたティアラからの提案だったが、アイリやエルもノリノリで食いついてきやがった。
正直今でも背中がこそばゆいが、もうこればかりは一時的なものと割り切るしかねえか。
「どうぞ」
「ああ。助かる」
注がれた紅茶を飲みながら、俺はこの賑やかな日常から、この先の旅へと頭を切り替えていく。
「アイリ。エル」
「何?」
「何ですか? 師匠」
「お前達はシュレイドからハイルの村まで、どうやって来たんだ?」
「アルバース様が手配してくださった馬車でよ」
「ですが、あれはきっとディバイン様達が乗って帰ったんじゃないかと」
「ん? お前達はあいつらを見送ってから、こっちに向かったんじゃないのか?」
「いいえ。雪が降ると聞いていたし、私達だけ旅支度をしたら、ディバイン様達に事情をお話しして、二人だけで急ぎ村を出たのよ」
……って事は、もしかすると、馬車は村に残している可能性もあるか。
あいつらが俺の家から戻っている時、それぞれが馬に乗っていた。
その内二頭に馬車を引かせたとしても、残り二頭の馬に相乗りすりゃ、あいつらが王都に戻るのには困らなそうだしな。
こんなものは憶測でしかないものの、何故か俺は、それが外れるような気がしなかった。ここまで偶然としちゃ出来過ぎな展開が続いてるんだしな。
未だこの状況には未だ疑問が多く残るが、今はそれは置いておく。どうせこの先で分かる事だ。
「ちなみに、シュレイドへの最短ルートはわかるか?」
「それでしたら、ハイルの村より道なりにサルドの街まで出て、そこから大街道を通って王都を目指すのが早いかと」
俺の質問に、ティアラがさらりとそんなルートを提案してくる。
サルド経由か……それなら丁度いい。
ジョンに色々話を聞く事もできるだろう。
「であればそのルートで行く。サルドまでの駅馬車があるゴードまでは徒歩か、そっちに向かう馬車があれば、相乗りでも相談する。それでもいいか?」
「はい! 師匠!」
「ええ。依存はないわよ。師匠」
「
俺の提案に、三人が返事をする。
わざわざ師匠とつけて。
小言の一言でも口にしたくなるが、俺はそれを我慢すると、ティアラの用意したクッキーを口に放り込み、代わりに八つ当たりするように噛み砕いた。
§ § § § §
紅茶を終え、一式片付けを終えた俺達は、それぞれ防寒用の厚手のコートを纏うと、家の外に出た。
天気は快晴。
ここ二日もしっかり晴れた為、雪は随分となくなっている。
もう少し時期が遅ければ、この
そう言う意味でも、正直今回の件はタイミングがよすぎだ。
俺は家の庭に出た後、しばらく我が家をじっと見る。
十年慣れ親しんだ家。
……何故か、ここには当面戻ってこれない。そんな予感が心に走る。
……いや。
たまたま長旅になるだけ。
事が済めばまたすぐここに戻り、世捨て人に逆戻りだ。
「師匠! そろそろ行きませんか?」
うずうずしているのか。
俺の哀愁なんて関係なく、アイリがそんな声を掛けてくる。
……そうだな。
ここでしんみりした所で何も変わらねえ。
さっさと行くか。
「ったく。分かったよ」
振り返った俺は、庭の出口に立つ三人に肩を竦めながら、十年振りの長旅を始めたんだ。
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