第三話:予想外の事件

 あの後、ぽつりぽつりと客が入って来て、サンディは接客に戻り、俺はサファイアの作ってくれた料理とエールを味わいながら、賑わい出した店内をぼんやりと眺めていた。


 ……最近、アイリやエル。ティアラとの生活で、別な意味での賑やかさを味わいはしたが。

 やはり俺にはこうやって、世間と距離を置きながら、賑やかな世界を眺めるくらいが性に合っている。


 ほろ酔いながら、そんな世界を堪能して数時間。

 とっくに頼んだ飯も食い終わり、ぼんやりしていると、気づけば店仕舞いの時間になった。


 残った客も俺一人。

 そして、この時間になってもジョンは現れなかった。

 余程忙しかったか。間が悪かったな。


「さて。店仕舞いの邪魔はできないな」


 俺がポーチから金貨の入った皮袋を取り出し、そこから飯代をテーブルにじゃらっと置くと、そのまま席を立とうとしたんだが。


「ヴァルス。明日の旅立ちは早いの?」


 俺を呼び止めるかのように、サファイアが声を掛けてきた。


「昼過ぎには。ま、流石に日中はジョンも仕事で手一杯だろうし、今回は縁がなかったと思っておくよ」

「だったらもう少し待ちなさい。あの子はどんなに遅くてもここに顔を出すし、徹夜で仕事なんてした事ないから。サンディ。閉店準備をお願い」

「分かりました!」


 彼女が扉の札を変えに外に向かい、扉を開けようとしたその時。先に外から扉が開き、心地よい呼び鈴の音と共に。


「ジョン!」


 サンディの嬉しそうな声が届いた。


「悪い。もうそんな時間だったか。ちょっと頑張りすぎたかも」

「本当よ、もう。お疲れ様」

「あ、悪い」

「ううん」


 そんな、まるで新婚夫婦のようなやり取りをしつつ、着ていたコートをサンディに手渡したジョンは、ほっと一息つくと、笑顔でサファイアを見る。


「姉さん。遅くなっちゃって悪いけど、何時ものいける?」

「ええ。その代わり、出来上がるまでそこのお客様の所で待ってなさい」

「へ? そこのお客様って……」


 完全に閉店時間で油断したジョンが、俺の事を見てはっとした。


「よ。忙しそうだな」

「あ、兄貴!」


 俺が手を挙げると、あいつは嬉しそうにテーブルまで駆け寄って来る。


「いつこっちに来たんすか!?」

「今日の夕方だ」

「そうなんすね!」


 笑顔でそう言ったあいつは、店内をキョロキョロと見回す。


「あれ? ティアラさんは?」

「一緒だったが、今日は実家に戻らせた」


 その名を聞いた瞬間、背後にいるサンディの表情が一転、不貞腐れた顔になる。

 まったく。ジョンにその顔を見せてやりたいぜ。


 席に腰を下ろしたジョンは、俺を覗き込まんと前のめりになる。


「へー。で、兄貴は無事あのと付き合う事に──」

「なる訳ねえだろ。ま、一応訳あって一緒に旅をしてるが、それだけだ」

「ふーん。ま、でも側に置いてるなら時間の問題っすかね」

「ばーか。俺はお前と違って甲斐性なんざねえんだよ」


 と、俺がそんな会話をすると、サンディが今度は首を傾げる。


「え? あの、ティアラさんとヴァルスさんは、お付き合いしてるんですか?」

「してねえって言ってるだろ」

「でも、あの子は兄貴に惚れてますよね?」

「知るか」

「ちぇっ。折角兄貴がここに引っ越してきて、家族で仲良く暮らしてくれると思ったんすけどねー」

「ったく。変な夢を見てんじゃねえよ」


 今度は俺が拗ねた振りをしてやると、ジョンはちぇっと舌打ちする。

 同時に俺とこいつの会話を聞いて、サンディがほっと安堵した表情を見せた。

 ふん。これでジョンの誤解も解けて、彼女も少しは安心できるだろ。


「それより、今日も随分忙しかったみてえじゃねえか。何かあったのか?」


 俺がそう話題を変えると、ハッとしたジョンが俺に真剣な顔を向けた。


「それそれ! 明日の朝刊で載りますけど、兄貴には先に話しておいた方がいいっすね」

「ん? 何か俺に関係があるのか?」

「おおありっすよ!」


 いつになく真面目なこいつの姿に、俺も少し気構える。


「シャード盗賊団が捕まって、王都に護送された件は知ってますか?」

「ティアラから無事にシャード盗賊団がとっ捕まったとは聞いたが」

「その通りなんすけど。で、シュレイド城の牢獄まで護送され、捕まったボスや幹部はその後に処刑されたんそうなんすけど。最後に処刑予定だったあのベラルナだけは、牢獄から脱走したらしいんすよ」

「は? あの女がか?」

「はい」

「何時だ?」

「一ヶ月半くらい前らしいっす。本社にタレコミがあって発覚したらしいっすね」


 一ヶ月半前……。

 逆算すると、大体ティアラが街からこっちに向かいだすより前か。あいつと知り合って一週間でディバイン達が現れたって考えると、奴等はこの件に絡み、動きを見せた可能性もあるって事か……。

 とはいえ、ベラルナが逃走したにしても、それならもっと早くに脱獄してもおかしくないと思うんだが。

 それに、あいつは間違いなく盗賊の類じゃねえはず。あの日見た奴の手さ、露骨に元お嬢様って感じで傷ひとつなかったしな。


「しかし、ベラルナが脱獄ってのは流石に難しくねえか? あいつは詐欺師の才こそありそうだが、どう見ても盗賊の類じゃねえ。しかもあそこは周辺国家の中でも相当厳しい牢獄。色仕掛けでどうにかできるもんでもねえ」

「ええ。俺もそう思うんすけど。ただ、その後の本社の記者の調べだと、どうもシャード盗賊団の残党が、わざわざベラルナの脱獄に手を貸したたみたいなんすよ」

「は? 何でわざわざそんな危険を冒す?」


 思わず俺が怪訝な顔をすると、ジョンもまた神妙な顔で話し続けた。


「処刑されず投獄されている奴等の話じゃ、ボスを処刑されたきっかけはベラルナ。その私怨しえんを晴らしたい奴等がいたみたいっすけど」


 私怨しえんか……。

 まあ、確かにそれだけなら、あり得なくはないか。

 盗賊団ってのは変な団結力がある。さっきのような話が理由で、己の手で相手を殺したいって思う奴もいるだろう。

 だが……。


「それなら、牢獄で押し入った時に殺せば済まねえか?」


 俺がそんな疑問を呈すると、ジョンも頷いてみせる。


「そう、そこなんすよ。となれば、何かあの女を使って企んでるんじゃって思うんすけど、それがさっぱり分からないんすよね」


 うーんと頭を捻るジョンだが、特に答えは浮かんでないようだ。

 まあ、そこは俺も変わらねえ。一体何を企んでいるのか気になる所だが、今は考えようもねえしな。


 っと。

 丁度いい。ついでに本題を確認しておくか。


「なあジョン。ベラルナの件以外で、国で変な事件や出来事が起きたって話はねえか?」

「え? 急にどうしたんすか?」

「ああ。ちと知り合いの頼みでシュレイドまで行かなきゃならねえんだが、相手がその頼み事を伏せててよ。なもんで、何か事件でも起きてるんじゃねえかって思ったんだが」

「それで俺を頼って訪ねてくれたんすか?」


 頼られたってのが嬉しかったのか。

 あいつが少し興奮気味になる。


「まあな。で、何かあったりしねえか?」

「うーん……。この間兄貴と別れてから、王都に関係した大きなネタは、さっきの話くらいっすね」

「そうか」


 まあ、こいつの新聞社の本社がシュレイドにあるのを知っていたからこそ、何か異変がないか情報が掴めるかと思ったんだが、そこは空振りか。

 とはいえ、ベラルナの一件はちと気になるな。

 ……仕方ない。元仲間あいつらに会ったら話を聞いてみるか。

 俺はその時の事を想像し、少し憂鬱になりかけた気持ちをエールと一緒に飲みこむと。


「それよりジョン。お前の恋バナはどうなってんだ?」


 などと、さらりと口に出して聞いてみた。

 瞬間。「げっ!?」と狼狽えるジョンと、「えっ!?」と声に出そうなほど驚くサンディが同時に反応してみせた。

 ったく。ほんとお似合いの二人じゃねえか。


「ばばば、馬鹿言わないでくださいよ兄貴!」

「いやよ。風の噂でお前がティアラ嬢に鼻の下伸ばしながら、俺の家を教えたって聞いたんだが」

「べ、別に鼻の下は伸ばしてないっすよ!」

「ほう。ああいうは好みじゃないってのか?」

「そ、そういう訳じゃないっすけど。ほ、ほら。俺は別な感じのが好みなだけで……」

「ほう。じゃあどんなが好みだ?」

「こ、ここで言える訳ないっすよ!」


 俺は、こいつの想い人を知っているにも関わらず、悪戯っぽい笑みを向けると、ジョンは顔を真っ赤にし怒り出す。

 ったく。言えないってのは、ここに好きな奴がいるって言ってるようなもんなんだぞ?


「ふん。普段俺に結婚結婚ってうるせえからな。仕返しだ」


 肩を竦め笑った俺は、席を立つとジョンの肩をぽんっと叩きつつ、サンディにウィンクしてやる。

 それを見た彼女は、はっと驚き動きが止まる。その顔が真っ赤になっているって事は、言葉の意味に気づいたか。

 こっちを見ていたサファイアは、ジョンとサンディの反応に、楽しげな笑みを見せている。

 ま、姉としても店長としても、そろそろこの二人にちゃんとくっついてほしいだろうしな。


「ジョン。いいか? 俺に結婚とか口にする前に、ちゃんとお前が彼女の一人でも作れ。そうすりゃ考えてやるよ。サファイア、ご馳走さん」

「え? 兄貴、もう行くんすか?」

「ああ。俺も忙しいんでな」


 大して話もしていない。そんな気持ちだったんだろ。

 ジョンが驚き振り返ったのを肩越しに見て、俺はふっと笑ってやる。


「いいえ。また足を運んでくださいね。今度はお嫁さんと一緒に」

「そんなの待ってたら、もうこの店に来れそうにねえな」

「あ、兄貴! また顔を出してくれますよね!」

「ああ。それまで達者でな」

「ヴァルスさん! ありがとうございました!」


 俺は皆の声を背に受けながら、振り返らず手だけをあげ挨拶とすると、店を出て行った。

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