第八話:奇跡の神言
「
暫く視線を地に伏せ、何処か申し訳なさげに語っていたのは、こいつなりに良心の呵責に苛まれたからだろう。
実際、以前はこの件に触れてこなかったんだしな。
だが、何故ティアラはここにきて、こんな事を言い出した?
千載一遇のチャンスと踏んだなら、こんな顔しねえだろうに。
「……そんな物を知ってどうする?」
俺がそう素直に疑問をぶつけると、ティアラは覚悟を決めた顔で、じっとこちらを見つめてくる。
「……先日のハイルの村の一件で、
「……私も同じ意見よ。私達が成長する未来を予言した師匠だからこそ、今回の不穏な状況に、何か先んじて手が打てるんじゃないかと思ったの。結局師匠の力を借りなければ、そんな事も解決できないと呆れられるかもしれない。でもそれこそが、あなたが教えてくれた事だから」
……ふっ。
こいつら、あの時言った事をちゃんと学んでるじゃねえか。
俺は二人の言葉に、内心感心した。
師匠なんて呼ぶ奴に、しっかり理由を口にし楯突くんだ。それなりの覚悟はしてたって事だろう。
そんな中、一人歯痒そうに俯いていたアイリが、ばっと顔を上げた。
「師匠! 申し訳ありません! 僕はエルのように、そこまで頭が回りませんでした。ですが、
暑苦しく語ったアイリは、勢いよく頭を下げる。
ったく。自ら出来が悪いと認めながら、ここまで言ってのけるか。よっぽどエルを信頼してるんだな。
……正直、俺のこの力について語りたくはない。
実際、この力は俺の元仲間と極一部の奴しか知らねえ。
あいつらが律儀に口外してこなかったから、こうやって普通に生きてられるが、それが漏れれば、色々と変な奴等に目をつけられていたに違いない。
ここにいるのは、俺が助けた三人。
だが、こいつらも元を辿れば赤の他人。軽々しく話すべきじゃねえんだが……。
俺は三人を一瞥した後、頭をガシガシと掻くと、心にある不安を無理に飲み込み、代わりに大きなため息だけを吐き捨てる。
……まあいい。
ティアラの事はとうに信頼しちまってるし、アイリは馬鹿正直だが根は真っ直ぐだ。それにエルもまた、しっかりと信念はあるようだしな。
「……ひとつだけ約束しろ」
「は、はい!」
「何かしら?」
俺の言葉にアイリとエルが応える。ティアラは何も口にしなかったが、俺から視線を逸らしはしない。
「ここからの話は他言無用。間違っても他人がいる所で絶対に話すんじゃねえ。約束できるな?」
「はい!」
「わかったわ」
「承知しました」
三者三様に頷いたのを見て、俺はゆっくりと話し出した。
「……エルやティアラの推測通り。俺にはちょっとした力がある。一応『奇跡の
「奇跡の、神言……」
「ああ。神の言葉で神言だとよ。名付け親は、よっぽどこの力に自信があったんだろうよ」
ぽつりと復唱したアイリに、俺は呆れながらそう言った。
俺からすりゃ仰々しい名だが、あいつらからすりゃ神々しかったんだろう。三人仲良く唖然としてやがる。
とはいえ、そんなのいちいち気にしちゃ話が進まねえからな。
俺はこいつらの反応を無視し、そのまま話を続けた。
「この力を手にした経緯は割愛するが。俺がお前達二人に的確な助言をし、ティアラを助ける為に知り得ない話すら口にできたのは、この力のお陰だ」
「だとすれば、やはり未来を予言する事も可能なのかしら?」
「これを発動できる条件が整えばな」
「条件が整えば? 師匠、どういう意味ですか?」
「この
「は、はい。そう思っていました」
「ええ、そうね」
「俺は、そんな幼いお前達の言葉に共感し、お前達に強くなって欲しいと本気で願った。だからこそ、この力であの助言ができたって訳だ」
「では、
「まあな。街中で婚約破棄宣言をされ、しかもその愛人は悪女。そんな酷い展開、見て見ぬ振りができなくってな」
それを聞いたティアラが、少し頬を赤らめる。
……本気でって辺りに、勝手に何かを感じ取ったんだろうが、そこには触れずにおく。
「勿論、
俺はそこで紅茶で一息入れると、椅子に座り直し、両手をテーブルに乗せ、やや前傾姿勢になる。
「でだ。お前達の期待を裏切って悪いが、もうひとつの制約のせいで、今この力は、お前達の思うようには役に立たねえ」
「それは何故なの?」
「単純だ。
「理由付け……。例えば、僕達が村を救いたいって思ってたとか、そういう事ですか?」
必死に頭で考えながら、そう例をあげるアイリ。
頭を使うのは苦手というが、こうやって考えようとする姿勢はいい事だ。
「まあそんな所だ。アイリとエルを強くしてやりたい。ティアラを助けてやりたい。結果はそうだが、そこには力がない幼い二人が村を救いたいって願いを叶えてやりたい。婚約破棄という酷い状況にあったティアラを救ってやりたい。そんな具体的な理由があった。つまり、どんな事が起こるから力になりたいとか、どんな状況にあるから力になりたいとか、そういう理由がはっきりしていないと駄目って事だ」
「確かに、今の
「そう。だから今の俺は、
「うーむ。良いアイデアだと思ったんですが、そんなに甘くはないのですね……」
俺の言葉に残念そうな顔を見せたアイリだが……エルとティアラは、わかってる顔だな。
「アイリ。悲観するのは早いわ」
「え?」
エルの言葉が予想外だったのか。
アイリがきょとんとすると、彼女は俺に微笑んでみせる。
「今は駄目。でも、王都に行き事情を知る事ができれば、その力を発揮できる。違うかしら?」
「……それはまだ分からねえ。あいつらが素直に事情を話すかもわからねえし、その理由に対し、俺が本気で助けたいと願えるかも分からねえしな」
俺はもしもの話でお茶を濁すと、再び紅茶に口を付けた。
正直を言えば、事情さえ知れれば、
が、この力を活かせるかは別問題だしな。
「そういえば、この力は貴方様に知識や予言を伝える力なのですか?」
ティアラの素朴な疑問に、俺は苦笑すると首を振る。
「ある意味そうだが、俺がそれを知るのはお前達と一緒で、言葉が勝手に俺の口を衝いてから。だからこその、
そう言って紅茶を口にすると、カップが空になる。一旦カップを戻し、ティーポット手にしようとすると、すっと立ち上がったティアラが、先にそれを手に取り、俺の脇に立つと紅茶を淹れ始めた。
「ああ、すまない」
「いえ」
俺の礼に、微笑んだ彼女は紅茶を注ぎ終えると静かに席に戻っていく。
ほんと、こいつは気が利くな。なんて思いつつ、視線をアイリとエルに戻すと、先を越されたと言わんばかりの顔をしているが……。
「師匠!」
と、突然ドンっとテーブルを叩き立ち上がったアイリが、さっきまでと打って変わり、恐ろしく真剣な顔を向けてくる。
って、妙に圧を感じるが……何の話だ?
思わず身構えた俺に、アイリはこうはっきりと言い切った。
「あの! 師匠のお背中を流させてください!」
……おい。
思わず椅子からずり落ちそうになったじゃねえか。
「馬鹿な事言ってんじゃねえ!」
あまりに酷い申し出に、思わず強い口調と共に白い目を向けると。
「だ、だったらお風呂の湯加減くらい、面倒を見ても良いわよ?」
と、エルもどこか恥ずかしそうに視線を逸らしながら、そんな事を口にしてきやがる。
……なんとなく、その辺を任せると碌な事にならない。
そんな予感が過ぎり、俺は大きなため息を
「そんなもん、自分でやるから気にすんじゃねえ。それよりこの話はこれで終わりだ。お前達は湯冷めする前にさっさと寝ろ。片付けは後でやっておく」
「それくらいであれば、
「い、いや! それなら僕も手伝うぞ!」
「私もそうするわ。それくらいなら良いわよね? 師匠?」
……ったく。急に騒がしくなりやがって。
「俺はそんな事をされるより、師匠って呼ぶのを止めて欲しいんだがな」
俺は嫌味ったらしくそう言い残すと、しまったと言わんばかりのアイリとエル。そしてそれを見てくすくすっと笑うティアラを置いて、コートを羽織ると一人家の外に出た。
……まったく。
この先、こんな騒がしい中で旅をするってのかよ。
正直そう呆れながらも。
同時に、その方が気が紛れる、なんて気持ちが頭をもたげそうになり。俺は慌ててそれを振り払うと、自身の風呂の準備に取り掛かったんだ。
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