第七話:少女達の疑問
夜。
アイリとエルの熱もすっかり下がり、だる気もないと言うんで、夕飯は四人でテーブルを囲む事にした。
結局、今日は丸一日晴れ間が続いたが、冷え込んでいたせいか、やはり雪がそれなりに残っている。
後二日も晴れりゃ
まずは、雪がまた降らない事を祈るしかないな。
しかし、同郷の若い女が三人もいりゃ、勝手に盛り上がると思ってたんだが……。
俺は自分で料理した、挽肉と塩、胡椒、そして野菜を煮詰めて作ったソースを合わせたパスタを食いながら、ちらりと三人を見た。
昼間の反応からすりゃ、俺の料理に元気に感想のひとつも言いそうなんだが。アイリは神妙な顔をしたまま、何とも元気なくパスタを食べている。
隣のエルもそうだ。何かを言い出したいのに言い出せない。そんな雰囲気を思いっきりかもしだしやがって。
しかも二人とも、時折こっちをチラチラ見て、目が合っては視線を避け、なんてのを繰り返している。
ま、俺に話したい事なんて、当にわかっちゃいるが、こいつらの煮え切らない態度に、正直手を焼いている。
お陰でティアラも、どうすりゃいいのかと、俺に戸惑いの視線を向けてきやがるし。
……ふん。まあいい。
話さないってなら、聞かないだけだ。
俺は一人、さっさと飯を食べ終えると、ティアラが出してくれた紅茶をぐびっと飲み干し、椅子から立ち上がった。
「風呂を沸かしてくる。お前達はゆっくりしとけ」
そう言って、食器を手にキッチンに向かおうと三人に背を向けた時。
「ま、待ってください! 師匠!」
アイリが慌てて俺を呼び止めた。
……ったく。何度言えば分かるんだよ。
「アイリ。俺は師匠じゃねえって言ったろうが」
「え? あ……す、すいません……」
圧を掛けながら肩越しにあいつを見ると、すっかり萎縮して身を小さくしてやがる。
とはいえ、俺を呼び止めた事で、あいつらも覚悟が決まったんだろう。
「あ、あの。ヴァラード様。その……少しだけ……お話しする時間を、いただきたいのだけど……」
おずおずと、上目遣いにエルが申し出たのを見て、俺はあからさまなため息を
アイリとエルは、そんな俺を前にごくりと生唾を飲み込むと、互いに顔を見合わせると、互いに頷き合う。
そして、背筋を正した二人が、俺に覚悟を決めた目を向けてきた。
「ヴァラード様。あの……朝のお話なのですが……」
「やっぱり、一緒に来てはもらえないのかしら?」
「いいぜ」
「そ、そうですよね。やっぱりダメ……って、え?」
ったく。
お前ら、はなっから断られるって決めつけてただろ。
あまりにあっさり了承した俺に、アイリはきょとんとし、エルもまた目を丸くして固まってる。
唯一この反応を予想していたであろうティアラだけは、二人の反応にくすりと微笑んでるが……まあいい。
俺は二人の態度なんて気にせず、再び立ち上がると食器を手にしつつ、こう言ってやった。
「二度は言わねえから、耳の穴かっぽじってよーく聞け。どうせ雪が溶けなきゃ出発できねえ。だから、もう一日、二日はここで寝泊まりだ。それまでにお前らはしっかり体力を戻せ。ティアラ」
「はい」
「こいつらは引き続き、俺の部屋で寝泊まりさせる。お前はあいつらの面倒を見つつ、余計な物には触れないよう教えておけ」
「承知しました。ちなみにヴァラード様は、どちらでお眠りになられるおつもりで?」
「たかだか二、三日だしな。そこのソファーで十分だ」
「そ、それは流石に申し訳ないわ」
「でしたら、僕達がこの部屋で寝泊まりを──」
「言うことを聞けねえなら、さっきの話はなしだ」
流石に悪いと思い、エルやアイリがそう口にしたのは分かっちゃいるが。
二人の申し出を、切り札まで出して突っぱねると、二人は喉から出かけた言葉を飲み込み、申し訳なさそうな顔になる。
……まったく。
「元気になろうが病み上がり。大人しく言う事を聞け」
俺は肩を竦めると、そのままキッチンに向かう。
「は、はい! ありがとうございます!」
「ありがとう。ヴァラード様」
キッチンに食器を置く俺の背中に掛けられた、二人の感謝の言葉。
ったく。俺なんかに感謝してどうする。
そう思いつつも、少しだけ頬を緩めてしまった俺は、すぐに表情を元に戻すと、一人外に出て、風呂の準備を始めたんだ。
§ § § § §
「気持ちの良いお風呂だったわね」
「でしょう? ヴァラード様は普段より、
「何と! ティアラは毎日、ヴァラード様とひとつ屋根の下、このような生活をしているのか?」
「はい」
「羨ましい! こんな素敵な楽園で、ヴァラード様と二人きりなんて!」
俺がソファーでぼんやりと考え事をしていると、風呂の前の更衣室の中から、エル、ティアラ、アイリの声がする。
やっと風呂をあがったか。ずいぶん長かったから、逆上せて倒れてるんじゃと心配したが、あれだけの声を上げられるなら杞憂だろう。
会話の内容は……知らん。
とりあえず紅茶でも淹れてやるか。
普段以上に賑やかになりそうな夜に、少し面倒臭さを感じつつも、俺は重い腰をあげ、一人キッチンで湯を沸かし、紅茶の支度を始める。
そして、丁度お湯も湧き、俺がティーセットをトレイに載せテーブルに向かおうとした瞬間。三人がパジャマ姿のまま、頭をタオルで乾かしつつ、リビングに姿を現した。
「ヴァラード様! お風呂から上がりました!」
「ああ。どうだった?」
「それはもう最高の湯加減でした!」
「そうか」
俺はテンションが高いあいつへの返事もそこそこに、テーブルにトレイを置くと、紅茶をカップに注ぎ始める。
「あら? まさか私達の為に紅茶まで?」
「ああ。暇だったんでな」
「そんな! そういう事は僕達に申し付ければいいじゃないですか!」
「気にするな。ここは俺の家だし、好き勝手にやってるだけだ」
わざわざ俺の脇に立ちそう熱弁するアイリをちらりと見た後、俺はすぐに視線を戻す。
……ったく。
こいつ。少しは男の家にいる自覚くらい持ちやがれ。
俺がアイリを見て、最初に思ったのはそれだった。
前に力任せに抱きつかれた時や、凍傷のために服を着たままアイリやエルを風呂に入れた時にも感じていたが、こいつは三人の中で一番胸がある。
だからといって、別にこいつに気があるとか、性的な目で見るなんてことはねえが。流石にパジャマのボタンの一部を止めず、谷間がはっきり見えるってのは考えなさすぎだ。
それでなくても若いこいつをジロジロ見ていちゃ、それこそこっちが変質者だしな。こういう時は気にしないに限る。
「ふふっ。アイリ。ヴァラード様はこういうお方ですよ」
「アイリ。素直に感謝して、ご馳走になりましょ。ありがとうございます。ヴァラード様」
「う、うむ。ありがとうございます。ヴァラード様」
「ああ」
俺はカップに淹れた紅茶を三人の前に順番に差し出すと、三人が並んで座るテーブルの向かいに一人で座る。
「……ヴァラード様。折角の機会だし、色々と話を聞いても良いかしら?」
軽く紅茶を口にしたエルが、カップを皿に戻すと真面目な顔でこっちを見た。
「話? 俺の生い立ちなんて聞いても面白くなんてねえし、話す気もねえぞ?」
「ええ!? お話いただけないのですか!?」
「当たり前だ。話したくなるような過去なんざねえからな」
心底残念がるアイリをそのままに、俺は紅茶を口にする。
「であれば、せめてあの件だけでも話してもらえないかしら?」
「あの件?」
あの件って何だ?
自然と怪訝な顔をした俺に対し、エルはくつろぎの時間とは縁遠い、凛とした雰囲気を見せる。
「ええ。ヴァラード様が、私やアイリにしてくださった助言の事よ」
「ああ。あれは口から出まかせを言っただけだ。言わなかったか?」
「それは聞いたわ。でも、私が聞きたいのは表向きの話じゃなく、秘められた裏の話よ」
……ちっ。
細かなことを気にしなそうなアイリや、空気を読んで尋ねてこなかったティアラと違い、随分踏み込んできやがるじゃねえか。
臆病者だったあの頃とは打って変わった性格に、俺は内心感心する。
とはいえ、だからはいはいと話すべきかは別だ。
「エル。お前はアイリ共々俺を師匠と呼んできたが、疑いを持つ相手をそう呼んできたのか? いいか? 信用できない相手を師匠なんて呼ぶな」
「いいえ。私は今でも信頼しているわ。師匠であるあなたの事を」
俺は敢えてそんな言葉で牽制してやったんだが、あいつの表情は揺らぎはしなかった。
「当時、幼かった私達は、あなたが私達を救い、私達を導いた助言に対し、迷いなんて持たなかった。だからこそアイリは聖騎士を目指し、私は射手を目指すべく努力し、成長したわ。でも、疑いはしなかったものの、大きくなるにつれ、その異端な助言に疑問も持ったの」
「そうです! 昔っからエルとよく話してたんですよ。何で師匠は僕達の適正を、ここまで的確に言い当てたんだろうって」
エルに追従し、当時の疑問を語るアイリ。
まあ、確かにそう感じるだけの事を口にはしたが……よく覚えてやがるな。
とはいえ、俺の手にしている力は異端。早々簡単に話せるかと、知らぬ存ぜぬを突き通そうとしたんだが。
「……
そこで、予想外の申し出をしてきたのは、意外にもティアラだった。
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