第六話:お人好しの覚悟

「真剣だったって、あいつは普段からそうじゃねえか?」


 俺が知っているアルバースは、真面目な話の時は真剣だった。

 そういう意味じゃ、あいつらしいと思うんだが。

 そんな疑問に対し、エルもまた頷きはする。が、口にした話は、決して同意って訳じゃなかった。


「そうね。だけれどあの日のアルバース様は、真剣さだけじゃなく、少しだけ悲痛な面持ちも見せていたの。勿論理由は分からないし、尋ねるのもはばかられて、結局聞けず仕舞い。だけどあの時の雰囲気は、普段のアルバース様とは間違いなく違かったわ」


 ……普段とは違う、か。

 俺の力を借りる程の事態。だからこそ、そんな顔をしやがったのか。

 それとも、本当は俺になんて会いたくないがと、奥歯を噛んだか……。

 正直、この情報だけじゃ何も分からないか。


「因みに、ディバイン達が、俺の家を知っていた理由は聞いているか?」

「いえ。そちらについても、まったく話して貰えませんでした」

「他の騎士達からもか?」

「ええ。緘口令かんこうれいでも引かれていた可能性はあるけれど」

「そうか……」

「何か、気になる事でもございますか?」


 二人の答えを聞き、俺が考え込んでいると、ティアラがそう尋ねてくる。


「いや。俺がここに住んでいる事を知っている奴なんて、正直殆どいない。それなのに、ディバイン達が狙いすましたように、この家までやって来れたのは何故なのか。それが気になっちまってな。アイリ。エル」

「はい」

「何でしょうか?」

「お前達は、俺の噂を王都とかで聞いた事があるか?」

「いえ、残念ながら」

「耳にした事はないわね」


 首を振る二人に嘘はない、か。

 となれば、やはり占術師にでも頼んで、居場所を占って貰ったか?

 だが、俺が知る限り、占術の結果は大体が抽象的。ここまで具体的な結果を出せる奴なんて、メリナあいつくらいしか知らない。


 だが、あいつは十年前に死んだし、あいつが生きている時には、まだあの家どころか、あの地域に足を踏み入れてすらいなかった。

 未来も占えるとはいえ、流石に占術でどうこうするには無理があるだろ。


 それに、アイリやエルを連れ立たせた理由も分からねえ。

 この展開を予言してたとするなら、そもそもディバイン達と一緒に訪問させりゃ良かったはず。

 村に残れと言われた結果、八獣将ガラべと一戦交える事になったが、まさかそれを狙ったのか?

 だとすりゃ、この先の流れまで既に予言されている可能性も……。

 いや。もしそうなら尚の事、俺の力なんて要らないはずだ。予言で先回りして、すべて対策だてすりゃ、それで終いなはず……。

 

 ……一体、何が起きてやがる。

 あまりにも不可思議かつ唐突な状況に、俺は自然と顎に手を当て俯き加減になり、何も言わず考え込む。


「あの、ヴァラード様」


 と。そんな思考の谷に落ちていた俺の意識を、アイリの声が引き揚げた。


「あの……ディバイン様が敗北した事を、忘れてはおりません。僕達がここに来て、迷惑を掛けた事も重々承知です。ですが……どうか、僕達に力を貸していただけませんか?」


 何時もの高いテンションではない、意を決した、真面目な表情。

 それに釣られ、エルもまた真剣な顔で口を開く。


「私からもお願い。アルバース様の件もあるけれど、この間戦った悪魔の山羊ゴート・デーモンの件といい、何か、嫌な予感が拭えないの。アルバース様があなたを必要だというのであれば、そこには何か大きな理由があるはずだし、会えば私達にも聞かせてくれるはず。私は、この件をうやむやになんてできない。だからこそ、ヴァラード様に共に来て欲しいの」


 ……確かに、それは一理あるな。

 多くの出来事が絡み合っているが、その先にあるのは、結局かつての俺の仲間だ。

 ……が。かつての仲間だからこそ、正直会いたいとは思わないんだが……。


 無意識に横を見ると、ティアラもじっと青色の瞳で俺を見つめていた。

 昨晩、あいつに想いを語ったからこそ、その目がこう言っている。

 好きにしろってな。


「……はぁ」


 こいつらに逢って、何度目かのため息を漏らした俺は、その場で立ち上がると、テーブルに向かいトレイを手に取った。


「ヴァラード様!」


 縋るようなアイリとエルの叫びに、俺はちらっと奴等を見ると、少しだけ笑う。


「悪いがちと寝不足でな。頭が回らねえから返事は後だ。ティアラ。少しだけ二人を診ててもらっていいか?」

「はい。ですが、何方へ?」

「悪いが、リビングのソファで仮眠を取る。お前が少しでも辛くなったら起こしてくれ。ま、起こされなくても一時間で起きる」

「承知しました」


 俺は三人をその場に残し、一人部屋を出ると扉を閉め、そのまま暖炉の前に置かれた長ソファに向かい、どすりと腰を下ろす。


 ……覚悟を決めるか。

 俺は、じっと暖炉の火を見ながら、そんな気持ちを固めていく。


 正直、気まずい展開にしかならないであろう再会。そこには煩わしさしかねえし、できれば避けたいのが本音。

 とはいえ、俺もいい歳だ。子供じみた理由で、ずっと逃げ続けても仕方ない。

 何が起きているか。それはそれで気になっちまってるのは確かだしな。


 ……万が一の可能性はあるのか?

 俺は、自問自答する。


 ここまでの事を整理する度、どうしても脳裏にこびりつく、起きてはいけない、だが心の奥底で、俺が僅かに望んでいる可能性。

 そんな自分の想いに気づく度、自分自身の下衆っぷりに、胸糞悪くなる。


 ……結局、こんな事を考えてる時点で、やは

り俺は最悪な奴だ。

 ただまあ、それでも憶測が当たろうが外れようが、首を突っ込むしかないってのは、分かってるけどな。


 だってそうだろ。

 メリナお前なら、どんな時だって仲間を見捨てやしないんだ。それを俺が見捨てて、後であの世で再会した時、ドヤされるのも癪だからな。


 俺はそんなこじつけを覚悟に変え、ごろりとソファに横になり身を委ねると、大きく欠伸をし、少しだけ眠りについた。


   § § § § §


 どれ位経ったか。

 突然身体に感じた何かの感触に、俺の意識が急に覚醒する。が、敢えて目を開きはしなかった。

 この感触は、毛布をわざわざ掛けにきたか。

 ティアラの奴、相変わらず気が利く……ん?


 内心そう褒めようとして、俺の思考が止まる。

 そりゃそうだ。俺の近くにある気配は三つ。

 つまりそこにいるのは……。


「お前ら。何してやがる」

「あ……起こしてしまいましたか?」

「ああ。で? ティアラはいいが、アイリとエルは何してやがる。大人しく寝ておけと言ったはずだが」

「あ! その! あの、ええっと……」

「いえ。その、何ていうか、その、ね?」


 俺がパッと目を開けると、ソファを囲むように立っていたティアラ達三人ははっとし、アイリとエルに至っては慌てふためきだす。


「ったく。おちおちのんびり寝てもいられねえじゃねえか。ふわぁ〜」


 俺は身体を起こすと、欠伸をひとつかましつつ、頭をガシガシと掻く。

 じとっと冷たい目を向けると、アイリとエルも流石に気まずさに気を落とす。


「ヴァラード様がよくお眠りだったので、お二人共その寝顔を見に参ったのですよ」

「は? そんなくだらない事で起きたってのか?」

「く、くだらなくなどありません!」


 俺が呆れ声を出すと、それを遮るようにアイリが顔を真っ赤にし否定する。

 って、そこはそんなに熱くなる所か?

 思わずぽかんとした俺に、こいつはより熱く語り出す。


「師匠の寝顔が見れるなど、またとない機会! 改めて師匠の素敵なお顔を間近で見る事ができ、幸せな気分となっていたのです! それを無駄などと何故言えましょう! な? エル」

「え、えっと。ま、まあ、そうね。先日再会した時から、師匠の渋みもあるお顔は、確かに素敵だったし。寝顔も愛らしくて良かったわ」


 ……熱くなったアイリもそうだが、エルも何恥じらいながら、とち狂った事言ってやがる。

 しかも、突然の事に動揺しからだろうが、また師匠とか口にしやがって……。

 あいつらの謎の熱量とは真逆の、白い目を向けていると。


「あら。ヴァラード様は寝顔も本当に素敵でございますよ。勿論、それだけではございませんが」


 なんて、ティアラまで微笑みながらそう口にしてきやがる。

 まあ、こいつは俺に気があるからこそ、そういった感想にもなるだろうが……いや。まさかだよな?


 下手にそれを口にする事で、現実を突きつけられるのが嫌で、俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。


「ったく。分かった分かった。ただ、俺を師匠と呼ぶのは止めろと言ったし、大人しく寝とけと言ったんだ。それ位はちゃんと守れ」

「あ、失礼しました!」

「そうね。大人しく部屋に戻るわ」


 俺がしっしっと手で追い払うポーズを取ると、少しだけ……いや。アイリに限っては露骨に残念そうな顔をして、とぼとぼと部屋に戻って行った。


 ったく。何ともペースが狂う奴等だ。

 俺がまた頭を掻くと、ティアラもまた、俺の心情を見て取り、くすりと笑う。


 ……くそっ。何なんだよこの環境は。

 俺は、恋人も同居人も、弟子だって欲しいと思ってなんかいねえってのに。


「きっと、アイリとエルも貴方様に気があるのですよ」

「ふざけんなって。もしそれが事実だとして、何でお前は平然としてられる。そっちにとっちゃライバルじゃねえのか?」

「確かに仰られる通り。ですが、ヴァラード様の魅力が人を惹きつけるのは、仕方のない事です。勿論、お譲りする気はございませんが」

「譲るも何も、お前はただ俺の元で、人生経験学んでるだけだろうが」

「そうでしたね。失礼しました。師匠」

「ったく。ふざけんなって」


 正直眠くなんてなかったが。俺はからかってくるティアラの反応が気に入らなくて、あいつが掛けた毛布にくるまると、ソファにごろりと横になって、不貞寝を決め込んだ。

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