第五話:事情聴取

 翌朝。

 昨日の雪はしっかり積もったが、天気は快晴。朝日でキラキラと輝くその景色は、何時もながら神秘的だ。

 そして、そんな雰囲気とは打って変わり、俺の寝室の空気は、とてつもなく悪い。


 少し前。アイリとエルは無事に目を覚ました。

 先に目を開けた手前に寝ていたアイリは、ゆっくりと身を起こすと、ぼんやりと部屋をキョロキョロとし、真顔でじっと見つめていた俺と目が合った瞬間。


「し……師匠! すすすす、すいませんでした!」


 と、布団を吹っ飛ばし、ベッドで勢いよく平伏し出した。


「アイリ。朝から寝ぼけないで。目覚めが悪く──」


 脇でそんな声を出されたエルも、不機嫌そうに目を擦りながら目を覚ましたが、上半身を起こし、俺達の姿を見るや否や、目を丸くしてその場で固まる。


「……アイリ」

「ひゃ、ひゃい」

「お前達は凍死しかけたんだ。今は大人しく布団で横になってろ。これは命令だ。いいな?」

「わ……分かりました」

「エル。お前もだ。ティアラ。こいつらの朝食の準備を頼む」

「はい」


 俺はティアラに顔を向けず、じっとアイリ達を見たままそう指示を出すと、彼女は静かに部屋を出て行った。


 アイリとエルはといえば、流石に昨晩の事を思い出したんだろう。恐ろしくバツの悪い顔のまま、大人しくベッドで横になる。


「……お前らは馬鹿か」


 俺の言葉に、二人は身体をびくりと震わせ、恐る恐るこっちに顔を向ける。


「俺はあの時、雪が降るから村に帰れと伝えたはずだ。それなのに、何でこの状況下でここに来やがった」

「そ……それは……その……ヴァラード様と、ちゃんとお話をしたかったから──」

「俺が助けた命を捨てる覚悟でか?」


 言い訳を口にしようとしたエルを糾弾すると、ぐうの音も出なかったのか。あいつは目を泳がせ黙り込む。


「そ、そのようなつもりは毛頭ございません! ただ、僕達はすぐにでも、師匠に謝りたいと──」

「こないだ言っただろ? お前らなんかに師匠なんかと呼ばれたくねえって」

「う……も、申し訳、ございません」


 相変わらず俺を師匠呼ばわりするアイリには、威圧した言葉を返してやる。

 すると、こいつもまた布団の下で萎縮し、やはり俺から目を逸らした。

 

「ったく……」


 わざとらしく、大きなため息を漏らした俺は、ねちねちと文句を言ってやる事にした。


「さて。お前達は自分達の感情を空回りさせ、雪山を舐めた行動を取った。そのせいで寒さに倒れて死にかけた。それは分かってるよな?」

「は、はい」

「……ええ」

「隠しても仕方ねえから、はっきり言ってやる。俺は、お前達をここで死なせる為に生かしたんじゃねえ。お前達にはお前達の想いもあるだろう。だが、厳しい環境で顔を出したからって、別に温情もねえし、それどころか、こうやって俺を余計にイラつかせるだけだ。いいか? お前達はまだ若い。どんな理由があったって、命を粗末にするな。それだけは覚えておけ」

「……はい……」


 視線を逸らしたまま、ベッドの上で力無く返事をする二人。ま、これ以上病人を責めるのも酷か。


「ふん。ちゃんとティアラに感謝しろよ」

「え? ティアラに?」


 少し不思議そうに尋ねてきたエルに、俺は笑みを返す。


「ああ。俺は一切何もしちゃいないが、ティアラはお前達を助ける為に献身的に介護をし、こうやってお前達を救ったんだ。あいつがいなけりゃ、既にお前達はあの世行きだ。だからちゃんと──」

「ヴァラード様。嘘を吹き込むのはおやめ下さい」


 っと。思ったより準備が早いじゃねえか。

 俺は背後からしたティアラの声に、思わず舌を出す。


「幾ら神魔術師であっても、病である凍傷を癒す術はございません。命を失う危険のあったお二人が、たった一晩でその危機を脱せたのは、ひとえに貴方様の機転と治療のお陰。お二人共、騙されませんよう」


 そう説明しながら、彼女は一度テーブルにスープとブレッドを乗せたトレイを置くと、俺達ににっこりと微笑む。


「ま、まさかヴァラード様は、またも僕達をお救いくださったのですか!?」


 大人しく寝とけって言われたばかりなのに、アイリはまたもベッドで飛び起きると、俺に向かって正座する。


「まったく。情けないわね。……ヴァラード様。迷惑ばかりかけしてしまってごめんなさい」


 エルが上半身を起こすと、本気で申し訳なさそうに頭を深々と下げると、


「本当に、申し訳ございませんでした!」


 ばっと赤髪を振り乱すかのように、勢いよくアイリも頭を下げてくる。


 ……まあ、反省はしてるようだし、良しとしてやるか。

 正直、素直に感謝されるのが苦手な俺は、恥ずかしさを笑みでごまかしてやった。


   § § § § §


「ご馳走様」

「ご馳走様でした! まさかヴァラード様の手料理を頂けるなんて! アイリは幸せ者にございます!」

「大袈裟だっての。ったく」

「ふふっ。ヴァラード様も照れたりするのね。この間の雰囲気じゃ、そこまで感じられなかったから新鮮だわ」


 ほんと。いちいちアイリは大袈裟な奴だな。

 そういう意味じゃ、ちょっと生意気な感じもあるが、エルの方がまだ落ち着いているか……。


 ベッドの上で朝食を食べ終えた二人から、膝の上のトレイを受け取りながら、少し不満げな顔をした俺を、ティアラも面白がって笑う。

 そんなやり取りをしながら、一旦トレイを近くのテーブルに退避すると、俺達二人は再びベッドの側の椅子に座った。


「さて」


 俺がやや前屈みに座りじっと二人を見ると、アイリ達は少し緊張した面持ちに変わる。


「さっき話を遮っておいて悪いが、改めて聞く。お前達は何故ここに来た?」


 その問いに、一度二人は顔を見合わせた後。


「私が説明するわ。いいわね?」

「うむ」


 エルがアイリにそう承諾を取ると、ひとつ大きく深呼吸した後、俺に向け話し出した。


「ひとつは、ヴァラード様に謝罪に。もうひとつは、あなたを説得して、王都に付いて来てもらう為よ」

「そうか。ひとつめは捨て置くが。お前達は、ディバインが俺を王都に連れて行きたい理由を知ってるのか?」

「いいえ。まったく教えて貰えなかったわ」

「は? どういう事だ?」


 理由を教えて貰えなかった?

 確かにディバインは、俺と二人だけで話をしたがってたが……。


「それはこちらが聞きたい位です。ハイルの村に行って欲しいと頼まれましたが、事情はディバイン様達からも一切聞けず。村に着いた後も、僕達はここで待つようにって言うだけなんですよ!」

「つまり、護衛任務って事か?」

「いえ。アルバース様は、ディバイン様達と共に行き、対処して欲しいとだけ言っていました」

「あいつらが、ハイルの村から俺に会いに来た理由は聞いているのか?」

「いいえ。そっちも聞かせては貰えなかったわ」


 肩から胸元に流れた青髪をいじりながら、エルはベッドに視線を落とし話をする。

 話を聞いてないってより、こいつも疑問の答えを紐解こうとしてるって感じだな。

 まあその前に、はっきりさせるべき事があるが。


「ひとつ聞くが、お前達は何でそんな、曖昧過ぎる依頼を引き受けた? 事情をはっきりと話さないなら、断るって選択肢もあっただろ?」

「それは……僕を鍛えてくださった、アルバース様の頼みでもあったからですが……」


 そこまで口にした後、アイリは何かを確認するようにエルに視線を向ける。


「……別に、話すなと言われてなんていないもの。正直に話しましょ」

「……うむ。そうだな」


 腹を括ったのか。真剣な顔をしたエルに、アイリも表情を引き締め直すと、改めてこっちを見た。


「あの日、僕達に依頼をしたアルバース様が、いつになく真剣だったからです」

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