第二話:師の導き
「は? どうしてそうなる?」
「師匠は思い出さなかったのかしら? 私達を助けた日の事を」
「いや、思い出したが、別に俺はお前達を助けただけだ」
その答えを聞いて、エルが呆れたため息を漏らすと俺の前を離れ、キッチンに歩き出しながら、
「師匠も私達に話があるって言っていたし、立ち話も何でしょう。二人共、中に上がって」
そう俺達を促したんだ。
§ § § § §
ソファに並んで座った俺とティアラに、向かい合うように座ったアイリとエル。
エルに出された紅茶や茶菓子を口にしながら、俺は三人の会話を眺めていた。
「でも、まさかこのような場所で二人とお会いできるなんて」
「私も驚いたわ。風の噂で、町長の息子に婚約破棄されたって聞いたけれど……」
「はい。ですが、その時に師匠に助けていただいて、今はこうして共に」
「何と! お前の師匠でもあるのか! 奇遇過ぎるな!」
こういうのをガールズトーク……とは、言わんよな。
ただ、互いに再会を懐かしむ会話は、傍目に見ているだけならいいんだが……。
「話に割って入って悪いんだが。アイリ。エル。お前達の師匠が俺って、一体どういう事だ?」
そう。さも当たり前に師匠と呼ばれているが、それがどうにも落ち着かなくってな。
さっさと真意を知るべくそう尋ねると、アイリはまるで、元気な犬のように、嬉しそうにこう語り始めた。
「師匠はあの日、
「仰った? 何をだ?」
「まだ思い出していないの? あなたが私達に、今の道を指し示してくれたでしょう?」
「今の道を?」
今の道って言っても……こいつらは冒険者だよな。
見た目、アイリって奴は剣を手にしたって事は、戦士か騎士か。対するエルは弓って事は、狩人か弓師、はたまた射手か。
俺があの日掛けた言葉っていえば……あ。
ある事を思い出し、俺がはっとすると、エルがにこっと笑う。
「思い出した?」
「……ああ」
確かに。
俺はこいつらに対し、ある話をした。
あの日の帰り、アイリが手にしたのは弓。そしてエルが手にしたのは剣だった。
正直、身の丈に合わないサイズの武器を持ってたのは論外。だが、同時に俺は、こいつらがどうすりゃ強くなるか、少し考えた。
村を守りたいって気持ちは、悪い話じゃねえしな。
その上で、こう言ってやったんだ。
──「いいか、アイリ。お前に弓なんざ合わねえ。お前は剣と神術を極めて聖騎士を目指せ」
──「聖騎士……」
──「ああ。多少の重い鎧を着ても、より素早く動き、力強く盾で受け、より鋭く斬る。それができるようになれ。それからエル。お前は逆に弓を極めろ」
──「私が弓を?」
──「そうだ。怯える奴に前衛は向かない。そういう意味じゃ、前衛はアイリの方が適任だ」
──「そんな。それじゃ、私はただの役立たずじゃ……」
──「んな訳ねえだろ。怯える奴だからこそ、少しでも距離のある内に戦況を良くしようと、慎重に敵を狙い撃てるんだよ。お前も勿論素早く身軽に動けるようになれ。だが、合間に正確無比な、動いてる奴すら的確に射抜く矢を放てるようになるんだ。そうすりゃ、前衛のアイリだって楽になる」
勿論俺は、こいつらの適性を見抜いた訳でもないし、職業カウンセラーでもない。
ただ、こいつらの事を思って、口からでまかせを言ってやったからな。
それが今、ちゃんと実を結んだって事か。
とはいえだ。
「だが、あんな言葉が偶然当たった程度で、俺を師匠呼ばわりするな。あんなのは当てずっぽう。結局、お前達に才能があっただけだ」
そう。結局俺は、それ以上の事は何もしちゃいない。だからこそ、敢えてそう言い切ったんだが。
「そんな事はございません! 僕達は師匠のその一言があったお陰で、この国でも名を馳せる冒険者となれたのです!」
暑苦しい位に強くそう宣言するアイリは、眼鏡の下から真剣な眼差しを向けてくる。
正直ティアラといいこいつといい、こういう目をする奴が俺はちょっと苦手だ。
……って、待て。
「この国でも名を馳せる冒険者とは、どういう意味なのですか?」
そう。それだ。
こいつら、そんな有名人なのか?
俺とティアラが不思議そうな顔をすると、エルが少し自慢げな顔をする。
「『
「え!? まさかお二人が、あの有名な!?」
「ふふーん。そう! 僕達こそ、この国でも数少ないSランクの冒険者二人組、『
「まさか、お二人がそこまで有名になっておられたなんて。本当にお凄いですね!」
目を丸くしながら、ティアラは二人を絶賛している。
って事は、こいつらは有名人って事なのか。
「……まさか、師匠はこの通り名、知らないのかしら?」
ティアラとは対照的に、あまりにリアクションが薄い俺を見て、エルが怪訝そうに俺を見てくるが……。
「……すまん。俺はこの十年の殆どを、山で過ごしてきたからな」
俺は諦めて、素直にそう謝った。
まあ、実際その名を聞いた事がないのは事実。こればかりは仕方ない。
「あら、そうなの。折角師匠に褒めてもらおうと思って頑張ったのに。残念ね」
「うむ。逢ったら褒めてもらえると思っていたのですが……」
肩透かしを食ってがっかりする二人。
だが、正直あの日の一言に、そこまでの想いを持って行動するなんて思っていなかったんだ。こっちだって、どうすりゃいいのか戸惑うって。
「まあ、たった十年で若いお前らがそう呼ばれるまでになったのは、十分凄い話だ。自信を持て」
気休めになるかは分からないが、俺がそんな言葉を掛けてやると、アイリは一瞬で笑顔に、エルも満更じゃない顔をしたけど。次の一言は、彼女達の表情を一変させた。
「だが、師匠とは呼ぶな。あれから十年、俺はお前達に何もしちゃいない」
「何故ですか!? 僕達にとって、あなたのその一言こそ、この十年の心の支えだったのです!」
「そうよ。あの言葉こそ私達を成長させ、希望をくれた。そんな言葉を掛けてくれたあなたこそ、師匠に相応しいわ」
「なしなし! 大体俺は、そういう柄じゃねえんだよ」
「であれば、何故ティアラはあなたを師匠と呼んでいるのですか!?」
俺が門前払いしようとした時、アイリが痛いところを突いてきた。
わざわざこいつらに俺の本当の名前を告げたら、どうなるかわかったもんじゃない。が、その話をしなきゃ、こいつを弟子のように扱っている理由も説明できやしない。
流石のティアラもこれには俺に、どう反応すればいいか、伺いを立てる顔を向けてくる。
ある意味誠実。だからこそこの態度も分かるが……。
答えを返せないまま、頭を悩ませていた、その時。俺は、突然背筋が凍る程の圧を感じ、思わず立ち上がった。
それを三人も感じたのか。アイリ、エル、ティアラも同時に立ち上がっている。
「今のは何!?」
「とても、禍々しい気配でしたが……」
「この感覚、近いぞ!」
俺達は咄嗟に部屋の窓から、強い気配をした方向を見た。
村の南の入り口より少し先。そこに立っているのは、一体の魔獣。
巨大な
ありゃ、
だが、その気配は普通の
俺が、十年前の戦いを思い出す程の、禍々しい闘気を纏ってやがる。
農作業をしていた村人は、突然現れた驚異にへたり込んだ後、慌てて村に駆け戻ってくる。
このままあんな奴を、この村に立ち入らせる訳にいかないな。
「お前達はここで待ってろ!」
「師匠!?」
三人の呼び声を無視し、俺はそのまま窓の外に身を投げると、くるりと空中で回転した後、目の前の道に音もなく着地する。
そして、勢いよく
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