第二章:苦い想い出
第一話:忘れていた傷
美少女に抱きしめられたからって、世の中必ずしもいいことがある訳じゃない。
「いっ!? いってぇっ!!」
俺を最初に襲ったのは、そいつの柔らかな胸の感触なんかじゃなく、こいつに力加減無しで抱きしめられた事による激痛だった。
「師匠! やっと! やっとお逢いできましたぁぁぁっ!!」
「ちょ! まじで、ちょ! 待て! 待てって! いてぇって言ってんだろ!」
必死に声をかけるものの、感極まったこいつは、腕の力を緩めようとしない。
あまりの締め付けに、呼吸までしづらくなってきやがった。
まじで、このまま……死ぬんじゃ、ねぇか……。
「師匠!? って……あ、貴女はまさか、アイリじゃありませんか!」
と。突然の事に慌てていたティアラが、俺に抱きついている奴を見て、突然目を丸くする。
その呼びかけに、強く締められていた腕の力が弱まった。
そして、胸に顔を埋めていたそいつもまた、はっとして顔を上げ、ティアラに顔を向けると、涙が吹き飛ぶ程の驚きを見せた。
「ま、まさか、ティアラなのか!?」
「はい! お久しゅうございます!」
「本当に久しぶりだな! 今日は何という幸運な日だ! まさかお前にまで逢えるとは思わなかったぞ!」
素早い身のこなしで俺を解放したアイリって奴は、そのままティアラの前に回り込むと、両手を掴み再会を喜びだす。
「げほっ、げほっ」
ったく。マジで死ぬかと思ったぜ……。
しかし、助かったっちゃ助かったが、一体何なんだ、この展開は……。
痛みが残る身体に異常がないか、渋い顔をしながら確認していると、
「ほんと。こんな場所で師匠やティアラに再会できるなんて。世の中分からないものね……」
なんて、もうひとりの青髪の奴が弓を下ろし、俺に涙目で声をかけてきた。
ただ、こいつらは再会と口にするが、俺にはさっぱり記憶にない。
誰だ? こいつらは……。
「あんたは?」
「ああ……。もう随分と前の話だもの。覚えていないのも最もね」
青髪の少女は、肩に掛かったポニーテールを払うと、落ち着いた笑みを向けてくる。
「私の名前はエルよ。師匠のお名前を伺っても良いかしら?」
「ちょっと待て。名乗る前に聞くが、俺はお前達二人の顔すら知らない。それなのに師匠だと口にするのは、一体どういう了見だ」
思わず警戒した俺を見て、「ああ」とぽんっと納得したように、エルは手を叩く。
「そうよね。あれから十年経っているんだもの。今の私達を見たって、気づけるはずなかったわね」
「十年?」
「ええ。師匠にとっては些細なことなのかもしれないけれど、私達はちゃんと覚えているわ。十年前のあの日の出来事、全てを」
「勿論です! その素敵過ぎるお顔立ち! 渋さ際立つその風貌! そして何より、僕達を助けて下さった際に負った、その片目の傷! 見間違えるはずございません!」
俺とエルの会話に割り込むように、勢いよくこっちに振り返ったアイリが、さっきまでの涙はどこへやら。目を輝かせながら、露骨に俺への好感を強調した言葉を口にする。
……僕達を助けた? 片目の傷?
その言葉の一部が、見えない左眼の傷を疼かせると。
同時に俺は思い出した。
こいつらと思わしき奴等と出会った、あの日の事を。
§ § § § §
正直、あいつらのいた場所にどうやって行ったかなんて、殆ど覚えちゃいない。
獣魔軍との戦いで死んだメリナの亡骸を、あいつの故郷の家が見渡せる、丘に埋めて墓を作り。その前で泣き崩れる、あいつの唯一の肉親だった母親、マリナさんに掛ける言葉すら浮かばぬまま、俺は逃げるようにその場を後にしたんだが。
恋人を失った傷心に、何も考えることもできず。ただふらふらと、宛てもなく
既に夜。辺りは真っ暗だったんだが。俺はそんな中、少し明るくなった森の奥で、とある光景を目にした。
松明を持った、二足歩行の獣。それは魔獣、
別に炎をまとっちゃいないが、その炎と見間違う毛の色と逆立ち具合。そしてその名に見合うだけの獰猛性を持った、ヤバい魔獣だ。
そいつらに囲まれるように、二人の少女の姿があった。
青髪の少女は腰を抜かしたのか。床に剣を落としたまま、震えながらその場に座り込み。
赤髪の少女もまた、手にしていたであろう弓を落とし、片手で首を掴まれ、
「離せ! 離せぇっ!」
「ふん。威勢はいいが所詮ガキか。お前達から襲いかかってきたんだ。喰われる覚悟位あったんだろうな」
「や、止めて! アイリを離して!」
厭らしく笑う
悔しそうに。だけど涙しながらも強くそいつを睨んでいる赤髪の少女。
必死に懇願する青髪の少女の言葉に耳を貸そうとはせず、そいつは赤髪の少女の首を刎ねようと、その鋭い爪を振るおうとした。
俺はその瞬間。何を考えたでもなく、無意識に動いていた。
「ぎゃぁっ!!」
「な!? 何だ!?」
「げほっ! げほっ!」
煙に包まれた一帯。
奴等の混乱を無視し、床に落ちた二人の少女を抱えた俺は音も無く群れから一気に離れると、近くの大きな木の陰に隠れ、少女達二人を一旦そこに下ろした。
「馬鹿野郎。こんな所で何してやがる」
吐き捨てるように口にした俺に、二人はびくっとなる。
未だ恐怖があったのか。身を震わせたまま。
「あ、あいつらのせいで、村の皆が困っていたのだ。だから、何とかしようと思って……」
「それで冒険者ごっこか? 命知らずにも程があるだろうが」
「ご、ごめんなさい。でも、私達、何時か村を守りたいって思って、それで……」
たかだが七、八歳位の少女が、村の為に戦う。そんな想いで動いていた事を知った時には、呆れつつも驚いたもんだ。
だが、同時にこうも思った。
どうせ、俺にはもう生きる価値もない。なら、こいつらの願いくらい、叶えてやるかと。
「だったらここで待ってろ。代わりにあいつらを倒してやる」
「ほ、本当なのですか!?」
アイリが俺の言葉に驚きを見せ、エルは戸惑ったままじっと俺を見てくる。
そんな二人を安心させるよう、俺は笑った。
「ああ。但し、それまではここで大人しくしてろ。できるな?」
「は、はい!」
二人は顔を見合わせ、しっかり頷く。
そんな二人の頭を撫でた後、俺は堂々と木の陰から姿を見せ、
やっと煙幕が晴れた事で、奴等は暗闇とはいえ俺を目にしたんだろう。
「お前か! 俺達の飯を邪魔した奴は!」
「ああ。悪かったな」
「悪かったじゃねぇ! 代わりにお前を喰ってやる!」
「そうか。やれるもんならやってみな」
正直、五英雄と呼ばれようが、俺はどうやったってただの盗賊。しかも飲み食いもせず彷徨い歩いていたからな。体調は最悪だった。
それに
実際、獣魔軍でも尖兵として活躍した位にはな。
正面切って戦うべきじゃないって分かってはいた。
だが、俺は敢えてそれを選択した。
あの時は結局、毒も使わず。両手に持った
確かに二人の少女に優しい声は掛けられたが、魔獣を見て理性的だったかといえば別だ。
あいつらのせいで、メリナは死んだ。
俺には、そうとしか思えなかったから。
多勢に無勢。そんな戦いのはずだった。
だが、俺はそれでも戦った。
身体中傷だらけになり、片目を失った。
それでも奴等の心臓を刺し、喉を掻っ切り、順に血祭りにあげ、一匹残らず殺してやると誓い、武器を振るい続けた。
身体に出来た傷の数だけ、奴等の死体が増えた。
最後の生き残り。戦いに背を向けようとした
床に落とした
「た、頼む! 俺が悪かった! 助けてく──」
命乞いをし、誇りすら感じられない姿に、俺は冷たくそいつを見下した後、最後まで言葉を口にさせず、首を一刀両断し、迷わずあの世に送った。
それが、俺の最後の仕事だと心に決めて。
結構な血を流していた。
傷を治す術もないだろうと思っていた。
だから、俺はここで死に、
俺は、赤髪の少女の神術に救われた。
「おじさん! 死んじゃダメだ!」
必死になって神術、
「ごめんなさい。私達のせいで、おじさんの目が……」
俺が勝手に戦ったってのに、自分のせいと言わんばかりに泣いてくれた青髪の少女にも、心が痛んだ。
今ここで死ねば、こいつらが後悔しちまう。
生を繋ぎ止められた俺は、そんな気持ちになって、結局奴等を慰めながら、二人を村まで送って行った。
勿論、こんな血塗れの盗賊が一緒じゃ、村の奴等を驚かせる。だから村には入らず、二人を返した後、ひっそりとまた森を歩き出したんだが。
生きる目的も価値も見い出せなかった俺は、あの時何故か、もう少しだけ生きてみるかって、思い直したんだ。
§ § § § §
「お前達。まさか、あの森で助けたガキ共か?」
「はい! 思い出して頂けましたか、師匠!」
嬉しそうに笑うアイリだが、だからといって俺は納得できてる訳じゃない。
「いや、思い出しはした。が。俺はお前達の師匠じゃねえ。その呼び方は止めろ」
俺はそう苦言を呈したんだが。凛としたエルは首を横に振ると、こう口にしたんだ。
「いえ。あなたは紛れもなく、私達の命の恩人であり、私達の師匠よ」
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