第八話:二人組の冒険者

「いやー。二人共、色々ありがとね」


 あれから暫くして、出掛ける準備を整えた俺達二人は、改めてハミルの家を訪ねた。

 今は家の居間に案内され、テーブルを囲んで婆ちゃんの手作りパイと紅茶を堪能している所だ。


「もう痛みはないのですか?」

「ああ。ヴァルスの鎮痛用の湿布は本当に効きが良くてね。今日は行商だったのかい? 何時もより顔を出すのが早いようだけど」

「いや。ちょっとした野暮用だ。勿論あんたの所には寄る予定だったから、湿布は多めに持ってきているが、いるか?」

「勿論。好きな言い値で買ってやるからね」

「ん? 随分と羽振りがいいな。何かあったのか?」

「そりゃ、あんた達も結婚資金とかいるだろ?」

「要らねえ! さっきから変な気遣いをするなって!」


 なんていうか、もう婆さんの中では俺とティアラが婚約していると決めつけられてて、さっきっから要所要所で茶化されている。


 腰の湿布を貼り直すのを、ティアラに手伝わせたら、


  ──「こんな面倒見の良い子、中々いないよ」


 なんて推してくるわ。

 お茶の準備を俺達が手伝えば、


  ──「本当にお似合いの二人だねぇ」


 なんて、しみじみと口にしやがるし。


 お陰でさっきっからこっちのペースは狂いまくりだし、ティアラなんてずっと、顔を真っ赤にしたまま。

 ったく。このままじゃ、ずっとこのままペースを握られそうだ。

 っと、そうだ。だったら……。 


「それより婆さん」

「何だい?」

「最近この村に来た王都の兵士の話、何か知らないか?」


 俺は敢えて大きく話題を変え、ハミルにそんな質問をしてみた。

 この婆さんはこの通り気さくでお喋り好き。だから村人とも交流は多いんだ。


「あー、あの件かい。アランは久々に身入りの良い客だって喜んでたねぇ」

「そうか。だが、急にあんな奴等がこの村に来たんだろ? 物騒な事でもあったのか?」

「いんや。別に村は何時もと変わらず平和だし、何ら変わったこたあないよ」

「兵士と話したりは?」

「いんや。ただ、村長には色々事情を話してたみたいだね」


 そりゃ、突然王都の兵士がこんな辺境までやって来たんだ。村長位には事情を話さないと、筋は通せないか。

 とはいえ、王都の兵士とのやり取りだ。村長とも親しい間柄とはいえ、俺が掛け合っても、話の内容までは聞けないと考えるべきだろう。


「アラン様は、他に何か仰られておりませんでしたか?」

「そうだねぇ……そういや、兵士と一緒にやって来た、女二人組の冒険者がいるんだけどね。何でも兵士達が『お二人にお手間をかけさせたくない』って、頑なに山に向かうのをめてたって言ってたね。昨日ちらっと見かけたら、中々可愛らしかったし、きっと兵士達も、あの達に良い顔でも見せたかったんじゃないかねぇ」

「兵士の皆様は、今日も山に?」

「ああ。昼頃にのんびり馬で向かって行ったよ。最近天候が荒れてないからって、山を甘く見て遅く出発したんだろうが。不用心だね」


 流石に山に長く住むハミルだからこそ、呆れ顔で苦言を呈すると紅茶を啜る。

 まあ、確かに。最近妙に天候が落ち着いているから油断しがちだが、山の天気は本気で変わりやすいんだ。

 正直、嵐のように荒れ狂う時だってあるし、そこで夜を迎えたら命にだって関わる。

 そういう意味でも、明るい内に往復するのが普通なんだがな。


 まあ、今は兵士達の事なんてどうでもいい。

 婆さんの話が正しけりゃ、冒険者二人は、この村に残っているって事だよな。

 であれば直接出向いて、話をする選択肢もありか。 

 兵士達が出て行った時間から考えりゃ、あと二、三時間は帰って来ないはずだ。


 俺は、相変わらず美味い婆さんのパイをがぶりと口にしながら、ちらりとティアラを見る。

 問題は、こいつを連れて行くかどうか、か……。

 そんな事を考えていると、視線に気づいたティアラが、ふっと微笑んできた。


「師匠。勿論、お供致しますからね」


 ……ほんと。そんな感情もお見通しか。まったく。

 まあ、付いて来いって言ったんだ。こいつがその道を選ぶ覚悟があるなら、それはそれで考えるさ。


 俺は真剣にそう考えてたんだけど。


「ティアラ。そうやってしっかり付いていって、こいつを手放すんじゃないよ。一途に追いかけりゃ、想いも伝わるからね」

「おい! だからこいつは弟子だって言ってんだ。変な事吹き込むんじゃねえ!」


 結局ハミルの一言でそれも台無し。

 ティアラとハミルが楽しげに見つめてきてくるのを、目を逸らし不貞腐れた顔で抵抗するのが精一杯だった。


   § § § § §


 軽く団欒した後、俺とティアラはハミルに礼を言うと家を後にし、宿屋に戻った。

 アランに例の冒険者の事を尋ねると、


「ああ。スイートルームに案内してあるぜ。今日は特に出掛けもしてなかったか」


 なんて、さらりと教えてくれた。

 片田舎の宿屋にスイートルームなんかあるかよ。なんて茶化したくなりもしたが、まあそこはぐっと堪えるか。


「ちなみに、あいつらの印象は?」


 俺が追加で情報収集をしようとしたけど。


「お? お前、そんな可愛子かわいこちゃんを連れておきながら、あの子達にまで手を出す気か?」


 なんてニヤニヤしてきたもんだから、思わず「ふざけるな!」って一喝してやった。


 ま、いいさ。

 どうせこの後直接会うんだ。そこで見定めてやる。


   § § § § §


 一応スイートルームと銘打っているだけあり、宿屋の最上階となる三階へ向かう階段の前には扉があり、内側からしっかりと鍵が掛かっていた。

 流石に、ずかずかと一般人達が押し寄せるような無礼はないよう、そこは配慮されてるのか。

 今までここには何度か泊まってるが、わざわざスイートルームなんてとりゃしなかったからな。こんな部屋があったのすら知らなかったぜ。


 さてと。

 今この宿の客は、俺達と冒険者二人。そして、村を離れてる兵士達しかいない。

 そしてアランは今、受付にうつ伏せになって、夢の世界を楽しんでる最中だ。

 受付を離れた後、ティアラに魔術、睡眠スリープを掛けてもらい、寝てもらったからな。


「少し、ドキドキいたしますね」


 何処かに忍び込む。そんな背徳的な経験なんてなかったであろう、彼女らしい言葉を聞いて、初々しさに微笑ましくなる。

 とはいえ、本来こんな経験をこいつにさせるべきじゃないんだがな。


 って事で、ここからは盗賊真骨頂仕事だ。

 俺は腰のポーチからツールキットを手に取り、鍵穴を片目で覗き込むと、鍵開け用の細い道具を二本鍵穴に挿し、カチャカチャと弄り始めた。

 まあ、この程度の宿の鍵なら……。


  カチャリ


 大体二秒弱か。

 久々だったが、腕はなまっちゃいないな。

 

「なんてお早い……素晴らしい腕前にございますね」


 なんて、ティアラが両手で口を覆い驚きながら、素で俺を誉め称えたけど。


「盗賊の腕なんて褒めるな。悪事を褒めてるようなもんだ」


 そう、笑いながら釘を刺してやった。

 宝箱を開けたってならともかく、人様の部屋の鍵を開けるなんざ、正直褒められた行為じゃねえからな。


 俺達は扉を静かに開け内側に入ると、扉を閉め鍵を掛ける。

 そして、そのままゆっくり、音を立てずに階段を上がり始めた。

 遠くで僅かに聞こえるのは、確かに女が二人話しているような声。

 流石に廊下に窓もなく壁越し。唯一の扉も、階段を上がって廊下の突き当たりの為距離がある。耳を澄ませても会話内容までは分からないか。なんて思っていたんだが。

 その声が急にピタリと止んだ。


 ……ちっ。気配を消してたのに、まさか気取られたか? と思ったものの。


「話し声が止まりましたね」


 というティアラの小声を耳に、思わず納得した。

 俺は盗賊らしく、無意識に忍ぶ動きをしていたが、こいつだってコソコソはできるが、技術的に盗賊まがいの事なんざ訳がない。

 しかも、冒険者として生きてりゃ、それでも気配や音なんかを消す魔術なんかがピンとくるだろうが、流石にそこはお嬢様。そこまで頭を回せって方が無理がある。


 ま、いいさ。バレてる方が話が早い事もある。

 俺は敢えて気配を消したまま、彼女とそのまま階段を上がって廊下の奥。部屋の扉の前に立った。


 扉越しにも分かる、相手方が臨戦態勢を取っている気配。

 ってか、逆にここまで気配を隠さず、闘気をはっきり出すのも珍しい。

 しかもこの二人、生半可な腕じゃないのがそれだけでビンビン伝わってきやがる。


「誰だ! 名を名乗れ!」


 威勢のいい声に、はっとしたティアラが俺に驚きの顔をする。

 きっと、気づかれてないと思ってたんだろうな。普通の一般人のような反応を見て、俺は何となくほっとする。こいつも色々規格外だからな。


「扉の前にはまだ立つな。いいな?」


 敢えてヒソヒソ声でそう伝えると、彼女はコクリとうなずく。

 さて。じゃあご対面と行きますか。


「済まない。ちとあんたらと話があってここに来たんだが」

「……待ちなさい」


 少しの間。きっと目配せで意思疎通したんだろう。

 扉の前に寄って来た気配の一つが、鍵を開けた瞬間に音もなく離れる。

 ほう。中々いい動きだな。こりゃ、こっちも気持ちを引き締めておかないと。


「いいぞ。入れ」


 その言葉に、俺はゆっくりと扉を開く。

 すると、部屋の奥に、二人の美少女が立っていた。


 方や片手に弓を構えた、長い青髪をポニーテールで縛った女。

 方や両手で大型の大剣グレートソードを軽々と構えた、癖っ毛で短髪の赤髪の女。こっちは眼鏡を掛けている。

 流石に相手は私服だが、臨戦態勢は十分。

 さて、この警戒をどうやって──ん? なんだ?


 俺が首を傾げた理由。

 それは、二人が俺を見た瞬間に目を見開き、互いに顔を見合わせたからだ。 


「ま、まさか……」

「ええ。間違いないわね」


 二人の考えは一致していたんだろう。

 が、何でこいつら、途端に顔に喜びの笑みを浮かべ、泣きそうになってるんだ?


 思わずきょとんとした俺の虚を突くように、勢いよく赤髪の女が間合いを詰めてくる。

 しまった! そう思った時には遅かった。

 俺はそのまま、あいつとの間合いを詰められた後。


「師匠ぉぉぉぉぉっ!!」


 そいつに何故かそんな事を口にされながら、強く抱きつかれたんだ。

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