第三話:八獣将ガラべ

『こんな辺鄙へんぴな場所に、厄災がいるというのか?』


 これだけ離れていても届く馬鹿でかい声と共に、悪魔の山羊ゴート・デーモンは、きょろきょろと辺りを見回しつつ、ゆっくりと村に向け歩いてくる。

 こんな所で何を探してやがるんだ?

 そんな考えが過るも、今はそんな事で足を止めている場合じゃない。


「ヴァルス!」


 人々が村の北側に逃げ始める中、村長が俺を呼び止めた。


「あれは何じゃ!? それにお主は何時ここに──」

「爺さん、話は後だ。急いで皆を村の北側に避難させろ。戦いが終わるまで、絶対に誰もあいつに近寄らせるな。いいな?」

「う、うむ! じゃが、お主も無理はするでないぞ」

「分かってるよ!」


 流石に村長にも、俺が五英雄の一人なんて話をしちゃいない。中年が一人あんなのに挑むなんて無謀と感じてはいるはずだ。

 それでも俺を止めないのは、頼りになるような若者も殆どいない、この村故の事情もある。

 ま、ここの奴等には色々世話になってるんだ。たまには恩でも返しておくさ。


 俺は再び走り出すと、村の中を駆け抜け、南門からそのまま山道に入る。

 そんな俺の姿を見つけたからか。悪魔の山羊ゴート・デーモンも流石に歩みを止めた。


『わざわざ吾輩の前に立つか。死にに来たか?』

「うるせえ声だな。もう少し小さな声で喋れねえのか」

『これが吾輩の地声でな。……ふむ。さては、貴様がか?』

「厄災? 何の事だ?」


 さっきからこいつが口にするその言葉に、俺は思わず問い返す。

 厄災。俺達からすりゃ、こいつは厄災と言ってもいいが。あいつにとっての厄災ってのは、一体どういう意味だ?

 たかだか魔獣一匹が、人間を気にする必要がある物なのか?


 何とも要領の得ない言葉に、内心では疑問が膨れ上がっている。

 だが。


『その実力を見せれば、自ずと答えになろう』


 残念ながら、相手は取り合っちゃくれなかった。

 一切隠そうともしない、邪悪な闘気が膨れ上がる。

 ったく。手加減なしってか。

 こっちも気合いを入れるしかねえか。


 ふぅっと息を吐くと、俺はマントの下から刃先が透明な小剣ショートソードと、薄っすらと青白いオーラに包まれた、きらびやかな短剣ダガーを手にし構える。

 相手の動きを読み、相手の手に合わせる為、呼吸をあいつに合わせ、低い姿勢を取ると、悪魔の山羊ゴート・デーモンは『ほう』と感嘆の声を漏らす。


『中々の圧。楽しめそうだな。名は?』

「名乗るときゃ自分から。そう教わらなかったか?」

『ふん。生意気を。まあいい。吾輩は八獣将はちじゅうしょうの一人、ガラベ』

八獣将はちじゅうしょうだと!?」


 俺はその名乗りに、思わず驚きを見せた。

 八獣将はちじゅうしょう。それは十年前の獣魔軍の尖鋭隊の名だったはずだ。

 獣魔王デルウェンと親衛隊である四魔将。その下に属するのが奴等、八獣将はちじゅうしょう


 だが、既にデルウェンも獣魔軍もいないし、こんな奴、十年前にいた記憶もない。

 そんな中でこう名乗るだと?


 疑問が疑問を呼ぶ中、ガラべって奴はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


『ほう。八獣将はちじゅうしょうを知っておるか。これは当たりやもしれんな』

「はっ。そりゃ買い被りだ。ついでに俺の名を知りたきゃ、俺を張っ倒して、力尽ちからずくで聞き出しやがれ」

『そうか。ではそうするとしよう』


 余裕ある口振りで、奴がそう口にした瞬間。

 あいつは両手で構えた大斧グレートアックスを軽々と振り上げ、素早く俺に向け振り下ろした。

 同時に放たれた闇の斬撃が、道を抉りながら予想以上の疾さで俺に迫る。が、この程度なら余裕で避けれる。


 すっと最低限の動きでそれを避けた俺は、同時にガラべに踏み込んだ。

 相手は大物。だったら脚の腱を切り、動けなくするのが上策。

 俺は、わざとガラべの前に馬鹿正直に突っ込むと、奴が俺に振りかぶろうとした瞬間、素早く背後に回り、脚の腱を狙い小剣ショートソードを鋭く振った。

 だが、それはガインっという鈍い金属音と共に弾かれてしまう。


 けっ。図体がでかいだけじゃねえ。流石に戦い慣れてやがるか。

 あいつは振りかぶっていた大斧グレートアックスをピタリと止め、素早く長い柄を地面に叩きつけ、俺の斬撃を止めやがったんだ。

 まあ、誰もが狙う場所だからこそ、受け慣れてるのかもしれんがな。っと!


 剣を弾かれた俺の硬直に、すぐさま柄で顎をかち上げようとする。

 中々軽快な動き。だが、遅えぜ!

 俺はそれを勢いよく身を仰け反らせ、その一撃をすんでの所で避けると、空を切った柄が上がり切る前に、そのままバク転で距離を取りつつ左手で短剣ダガーを投げつける。


 勿論それはあっさり弾かれるが、すぐに手元に戻った短剣ダガーを、俺は連続して投げ付けていった。

 古代魔術具レアアイテム無限の短剣インフィニティ・ダガー

 俺の意思で手元に戻せるその短剣ダガーは、たった一本で無数の短剣ダガーと同じだけの活躍を見せるのさ。


『はははっ! 子供騙しか?』


 とはいえ、それじゃ流石に足止めにはならず、あいつは短剣ダガーを弾きながら、勢いよく駆け込んでくる。

 まあ、これは想定内。

 さて。こっちももう少し本気を出さないとか。

 ただ、正直まだ手の内は晒したくない。まずは、少しずつスピードを上げ、様子を見ていくか。


 ペロリと舌なめずりをした俺が、一段階加速しようとしたその時。俺の背後で、急に何者かの闘気が高まるのを感じる。


 この感覚、エルか!?

 思わず脚を止め背後に目を向けると、高々と空を舞った、装備を整えたエルが、靡く青髪と同じ位に青い水流を矢に纏わせ、ぎゅっと弓を絞っていた。

 そして。


「食らいなさい! 激流射ハイプレッシャー!」


 あいつが放った水流の矢が、勢い良くガラべに向け飛来した。


『むっ!?』


 流石にその疾さと威力に驚いたのか。奴は咄嗟に大斧グレートアックスを両腕で抑えて盾代わりとし、その水流を受け止めた。

 が、その勢いまでは殺せず、あの巨体が一気に後方に押しやられる。


 ってか、エルの奴。弓矢であそこまでの威力を出すのかよ。

 こいつがこの歳でSランクまで上り詰めたって話、嘘偽りなしマジネタって事か。


「師匠!」


 思わず愕然とした俺の前に、アイリがさっと割り込んでくる。

 こいつも全身鎧フルプレートとはいかないまでも、腕や脚、胸などを覆う鎧と、大きめの騎士盾ナイトシールド大剣グレートソードをそれぞれ片手で……は?


 いやいやいやいや。

 盾は分かる。が、大剣グレートソードは両手で扱う剣だぞ!? 何でそれを、片手で軽々と構えてるんだよ!?


「ここは僕達にお任せ下さい!」

「十年前の私達じゃない所、見せてあげるわ」

「はっ!? 本気か!?」

「当たり前です!」

「師匠は、そこで高みの見物でもしていればいいわ」


 昔と変わらず威勢の良いアイリもそうだが、俺の脇に立ったエルもまた、あのガラべ相手に物怖じなんてしてない。

 頼もしくはあるし、こいつらも雰囲気で強いのは分かる。

 が、相手は八獣将と名乗った相手。それを本気で任せていいもんなのか?

 判断に迷い、返事をできずにいると。


『我等の闘争に割り込むなど、無粋な』


 少女二人に割り込まれたのが不服だったのか。ガラべの眼光が鋭くなる。

 と、同時にあいつが勢い良く頭上で大斧グレートアックスを回転させ、


『消えろ。壮嵐斧アックスストーム


 低い声と共に、回転させた斧を飛去来器ブーメランを投げるようにぶん投げて来た。

 回転する斧の周囲から放たれる闇の衝撃波。

 間違いなく感じる破壊力。あれをアイリが受けるのだって至難の業じゃねえか!? と思ったんだが……。


「この程度! 重撃ヘビースマッシュ!」


 アイリの奴、楽しげな笑みを見せながら、片手で振るった大剣グレートソードの一撃で、さらりと弾き返しやがった。

 っていうか、そこは盾を使うんじゃねえのかよ!?


 正直、規格外かつ破天荒な戦い方に唖然としていると、駆け出したアイリを見て、斧が戻り切る前に、ガラべは両手に闇のオーラで生み出した手斧ハンドアックスを手にすると、連続で投げ放ってきた。

 俺の無限の短剣インフィニティ・ダガーと同じように、際限なくアイリに投げ込んでくる。が、それがあいつの突貫を阻止する事はない。


 その理由は、エルの弓の腕によるものだ。


「アイリ! そのまま前へ!」

「分かった!」


 迫る手斧ハンドアクスに対し、エルの放った矢が寸分違わず、弧を描く軌道の手斧ハンドアックスを、漏らす事なく見事に撃ち落としていく。

 ここまでの精度で撃てるとは。あいつもかなりやるじゃないか。


 彼女を信じたアイリが、そのまま勢い良くガラべに踏み込み、大剣グレートソードで胴を薙ぎ払いにいくと、戻ってきた大斧グレートアックスを片手で掴んだ奴も、鋭い横振りで刃をち合わせる。


 またも響く重い金属音。

 しかし、互いの武器はすぐに弾かれる事なく、片手同士で力比べのように競り合うと、結局勝者なきままに双方の武器が弾かれた。


 あのアイリの怪力とも互角か。

 となれば、ここからは技術と精神力の勝負だな。


 俺は、間合いに入ったアイリとガラべをじっと見ながら、二人の実力を見定めるべく、じっと戦いを見つめていた。

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