第四話:不穏な来訪者
以前話していた通り、一週間経とうが、生活の流れは早々変わらない。
俺達二人は今日もフォレの森に入り、薬草や木の実、果物やきのこなどの採取に精を出した。
ティアラは薬草学にも精通していたお陰で、そこを教える手間はなかったものの、食えるキノコの見極めなんかは、流石に知識を持っていない。
今日はそっちを優先して教えつつ、採取をしていたんだが。二人で話しながら作業していたせいもあるんだろう。時間はあっさりと過ぎ、気づけば日暮れが近づいていた。
流石に昼の森とは比較にならないほど、夜の森は危険が多い。
帰りがあまり暗くなってもいけないと、俺達は採取を早々に切り上げ、森を抜けるべく、獣道を利用し歩き始めた。
「ヴァラード様。毎回これだけの量をお集めになられるのですか?」
「いや。流石に普段は一人だからな。加工できる薬草や、燻製にできる食い物は別だが、他はそこまで多くない」
「そうですか。そういえば、先程薬草ではない草も、幾つか集められていたようですが」
そこまで目ざとく見ていたか。
相変わらずの洞察力。大したもんだ。
「ああ。あれは毒草だ。因みに俺の鞄に一緒に入っているキノコにも毒がある。これらには手を出すなよ」
「え? 何故そのような物を?」
「これでも俺は盗賊だからな。一応商売道具だってのもあるが、狩りにも一役買うんでな。知識として毒を持つ植物くらい覚えておいてもいいが、絶対に触れるな。約束できるな?」
「はい」
強く念押しした俺に、しっかり頷くティアラ。
ま、こいつは素直だからな。これ以上の忠告は要らないだろ。
「ですが……不思議ですね」
「ん? 何がだ?」
ふと、隣を歩くあいつが表情を和らげたのを見て、俺は首を傾げる。
「あ、いえ。ヴァラード様は盗賊であるはずなのですが。ここ一週間の行動は、まるで狩人のようでしたもので」
「山での生活が長けりゃこうもなるさ。少しは慣れたか?」
「はい。この一週間、師匠より色々教わりましたから」
「そうか。……って、誰が師匠だよ?」
一瞬聞き逃しそうになったが、ティアラがさらりとそんな事を口にしたもんで、俺は怪訝な顔をしてしまう。
だけど、こいつは臆する事なく、俺に笑みを見せてくる。
「勿論、ヴァラード様がです」
「何言ってんだよ。お前にはセリーヌって師匠がいるだろ。俺はただの同居人だ」
「確かにセリーヌ様には、術について一から学ばせていただきました。ですが
「変な事を言うな。お前は神魔術師だろうが。盗賊を師匠なんて呼ぶんじゃねぇ。ったく」
ここまでの人生で師匠だと呼ばれた事なんてない。
それを突然こいつに口にされたのが気恥ずかしくなって、俺は思わず目を泳がし、頬を掻く。
ぶっちゃけ、こういう呼ばれ方は慣れてないってのもある。
だが、同時に俺に師匠と呼ばれるような徳もカリスマ性も、才能すらないんだ。ふざけるなってんだ。
ちらりと横目で見ると、ティアラはクスクスと笑ってる。
くそっ。からかってやがるな。
少し不貞腐れながらも、敢えて下手な反論はせず、俺達はやっと日が山にかかり出した頃、森の端までやって来た。
……ん?
誰だ?
「ティアラ」
俺は森から出ず、端にあった大木の影に入るち、小声で彼女を呼び、手で動きを制する。
「ったくよー。ここまで登って空振りかよ」
「そう愚痴るな。これも仕事だ」
「そう言っても、滞在してる村だって田舎で娯楽なんてないし、暇ったらありゃしないですよ、隊長」
木陰から見つからないように顔を出すと、森を迂回するように並走する
防具は胸当てや腰当て、脛当て、と軽装なものの、嫌味ったらしい豪華なマントや、各自物々しい大剣や斧、槍や盾を手にしている所を見ると、騎士って所か。
淡い灯りに照らされ見える、胸当ての左に入っている紋章……あれは……。
「シュレイド城の兵士の方々、でしょうか?」
「……そうみたいだな」
小声で耳打ちしてきたティアラに、俺は通り過ぎる兵士から目を逸らさずに頷き返す。
ここイシュマーク王国は、幾つかに領土を分け、王族配下の騎士、貴族達に治めさせている。
この近辺はフェイル侯爵ってのが治めていて、本来国の兵士と言っても、付ける紋章は侯爵領の物になるんだが。
あの兵士達が付けているのは、首都シュレイドの城にいる兵士の紋章だ。
この山道は俺の家の付近を過ぎて、より北の
が、俺の家より先の村なんて、馬に乗ってたって丸一日以上掛かるし、間に山小屋も家もない。
それに、見たところ大した荷物も持ってないあいつらが、そこから来たとは考えにくい。
って事は、ハイルの村から来たと考えるべきか。あそこからなら、徒歩だと半日以上掛かるが、馬なら五、六時間もあれば往復もできるしな。
……となれば、答えはひとつ。
あの兵士達は間違いなく、俺の家にやって来たって事か。
「さて。あまり暗くなると危険だ。行くぞ」
「はっ!」
そうこうしている内に、あいつらは馬を走らせ、
戻ってくる気配がない事を確認し、やっと緊張を解いた俺は、隣で
「悪かったな。急に」
「いえ。ですが、こんな場所にまでわざわざ城の兵士が出向いていらっしゃるなんて。ヴァラード様に御用だったのでしょうか?」
「だとは思うが……」
そう。
彼女が言う通り、それはほぼ間違いないだろう。
だとしても、何故今更だ?
俺は先の戦いが終わってすぐに王都を離れ、誰に場所を告げる事もなく、一人ここに流れ着いて暮らしていた。
そしてこの十年間ここで暮らしていて、そんな出迎えなど一度も経験しちゃいない。
最近サルドの街で、久々に五英雄と名乗りはしたものの、一応衛兵長にも俺の事を伏せさせたし、あいつがみすみす王都に戻れる手柄を俺に譲るとも思えない。
それに野次馬にしても、俺の住処は知らねえだろうし、サルドからここまで、馬車を駆使しても一週間は掛かるんだ。噂話が流れたとしても、住処を特定なんてできないはず。
唯一ここを知っているであろう、ジョンにしてもそうだ。
ティアラにこそ話をしたものの、あいつは今まで、誰にも俺の居場所や正体をバラしてこなかったんだ。ここにきて、急にペラペラと他人に話すとも思えない。
となれば、そもそも何処から足が付いたんだ?
そんな事を考えつつ、森を出た俺達は、
「なあ、ティアラ」
「はい。何でしょう?」
「お前、両親に何処に行くとかって話はしたか?」
「いえ。ジョン様に強く口止めされましたので、恩人の元に向かうとだけ」
「それで。両親は納得はしたのか?」
「既にあの騒動を耳にした後でしたから、誰の下に向かうか予想はできたのでしょう。言及される事はございませんでした」
「他に話をした奴は?」
「いえ。特には」
「そうか」
つまり、彼女から足が付いた訳でもないって事か。
まあ、ここまで尾行されていたなら、兵士達の来訪まで一週間も間が空くなんて考えにくい。それに、あれだけ目立つ格好の奴等に尾けられたら、流石にティアラも異変に気づくだろう。
……獣魔王との戦いから十年。
あの時、仲間に縁を切るとまで言い切った。
それでも国の兵が顔を出すか……。
俺を訪ねた理由だけなら、何となく想像は付く。
だが、王家は未だ、十年前と変わらぬ体制と聞いているし、未だ
奴等だって、あの時俺が離れるのを拒まなかったんだ。流石に今更手を貸せだとは言わないと思うが……。
自然と渋い顔をした俺は、考えをこの先の身の振り方に切り替える。
このままじゃ、ティアラを余計な事に巻き込むかもしれない。だが、流石にそれはできないからな。
「何か、思い当たる節でも?」
「いや。まあ気にするほどでもねえだろ。もし家にいて顔を出すなら、その時聞けばいいだけだ」
俺は少し緊張を見せたティアラに笑ってやると、平然を装い家に向かったんだ。
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