第三話:優しさの意味

  ──「あなたってほんと、盗賊の癖に優しいわよね」


 まだ付き合い出す前。メリナは俺に、そんな事を口にした事があった。


  ──「は? 何処がだよ?」

  ──「優しいわよ。昨日だって、わざわざ私を助ける為に、あんな言い争いに口を突っ込んだしょ?」

  ──「そりゃ、お前が世間知らずのあいつらを、考えなしに助けようとするからだろ」

  ──「そうね。でも、そんな私達を放っておけなかったんだもの。十分優しいわよ」


 あの頃から死ぬまで、あいつは変わらなかった。

 時に子供のような屈託のない笑みを見せ。だけど普段は何処か大人びた雰囲気で。

 その割にお人好しだから、すぐ人様の問題に首を突っ込んで、手間ばかり掛けさせられたもんだ。


 そんな懐かしい想い出に浸っていると、ティアラの澄んだ、優しい声で我に返る。


「今のお話だけで分かります。貴方様がメリナ様をどれだけ愛したのか。……いえ。今はもう手の届かぬ所にいらっしゃる聖女様を、未だ愛し続けているのかを。見返りを得る事もできない、亡き相手を想い続ける、無償の愛を貫く貴方様だからこそ、ライト様やわたくしの過ちを、正そうとして下さった」

「……買い被り過ぎだ」

「そんな事はございません。わたくしのような若輩者に、このような事を言われたくないやもしれませんが。どうか、自信をお持ち下さい」


  ──「自信持ちなさいって。あなたは十分凄いし、とてもついてるわ。だって、私と出逢い、私を惚れさせたんだもの」


 昔、メリナがさらっと言ってのけた、俺への告白。

 あの頃には、既にあいつに惚れていた。

 何時もからかい半分に冗談じみた感じで話す癖に、その時ばかりは珍しく、顔を赤らめはにかんだあいつは、いつになく可愛げがあったな。


 そして、ティアラの言葉は、いちいちあいつを思い出させやがる。

 女としては対照的。だが、心根にある優しさと、話していて何処か心地良い雰囲気。

 そういう所が変に似てやがるんだよ。

 ……こんな若い奴に、あいつの影を感じるなんて。俺もどうかしてる。


「……ヴァラード様」


 風呂場より聞こえたティアラの声色に真剣さが籠もり。何かを決意したのを感じた俺も、自然と気構える。

 そして、あいつの口にした願いは、何となく予想できるものだった。


「恋人にしていただきたいなどとは申しません。ですが、それでもお側に居させてはいただけませんか?」

「……何だ? 同情でもしたか? 俺はもう十年一人で生きてる。だから、気に止むな」

「そうではございません」


 俺の言葉を遮り、ティアラは凛とした声を俺の耳に届かせる。

 勿論姿なんか見えない。だがあいつは湯船に浸かりながらも、背筋を正し、俺に向き直っているような気がする。


わたくしはヴァラード様に心惹かれていただく以前に、人としてまだまだ未熟です。ですが……いえ。だからこそ、貴方様の側で、もっと多くの事を学び、経験し、貴方様を知り、大人という物を理解し、貴方様の隣にあっても相応しい、そんな人物になりたいのです」

「……止めとけ。俺はお前になびく気はねえし、どうせすぐ癇癪を起こし、またお前を怒鳴りつける。それに、ここは街とは違うんだ。毎日狩りをして、薪を割り、薬草を集め、ひたすら世捨て人のように暮らすだけ。街のような日替わりの刺激なんて一切ない。若いお前さんが思う以上に、ここは過酷だ」

「構いません。貴方様のお眼鏡に適わなくても、わたくしが少しでも成長したいだけでございますから。もしわたくしが、ここでの生活で音を上げるような事がございましたら、迷わず追い出していただいて結構です。ですから、何卒」


 ……ったく。随分厄介な奴を助けちまったな。

 そんな気持ちになりながら、俺は内心ため息をいた。

 正直俺は、一人が性に合っている。

 もう誰かを側に置き、その誰かを失って哀しむなんて懲り懲りだ。

 ……ずっと、そう思ってきたってのに。俺も焼きが回ったか。


「……そろそろ風呂から出ろ。逆上のぼせちまったら、飯も食えないだろ」

「え?」


 俺が呆れながら突然口にした言葉に、ティアラの間の抜けた声がする。

 ふん。平民で街育ち。どうせ数日もすりゃ音を上げるさ。


「居候する以上、客人扱いはしねえ。明日から狩りにも付き合わせるし、色々家の事も手伝わせるからな。ちゃんと飯を食って、体力をつけねえと持たねえぞ」


 俺は竈門から火かき棒で出した炭を、火箸を使い火消し壺に入れ始めると、


「は、はい! ありがとうございます!」


 さっきまでと打って変わった嬉しそうな声と、慌てて湯船から出た水の揺れる音を残し、彼女は風呂場を後にした。


 ……おいおい。俺と居られるのがそんなに嬉しいとか。本気で大丈夫かよ? この物好きめ。


 そんな事を思いながら、俺は炭を片付け終えると立ち上がり、天を仰ぐ。

 もう、見飽きる位見てきた、何の変哲もない星空。

 何処かそれが、普段と少しだけ違って見えた。


 ……好きな奴と共にいる、か。

 ま、気持ちは分かる。

 俺だって、メリナお前といた時、常にその幸せを感じていたんだから。


「……勝手に置いていきやがって」


 もう叶わない夢を思い出し、込み上げる哀愁を吐き捨てるように、独りごちる。


 どんな形であれ、未だ夢を追えるティアラを何処か羨ましく思いつつも。その先にいるのが俺という現実に、自然に肩を竦めると、火が無くなり肌寒さが強くなった裏庭を、身を震わせながら後にした。


   § § § § §


 あれから一週間たって、俺が持った感想は『俺に見る目がなかった』。その一言に尽きる。


 翌日。

 俺とティアラはフォレの森に入ると、食糧となる兎や鹿を求め、狩りをした。


 危険が迫った時の為にと、あいつには冒険者同様のローブ姿に着替えさせた。

 魔術の触媒は手首に付けた腕輪。このチョイスはきっと、触媒を手に持たない、星霊術師のセリーヌ仕込みだろう。


 でだ。俺は正直思っていた。

 確かに、巨大狼ジャイアントウルフを退けた魔術の腕があるとはいえ、目の前で命が狩られ、倒れた動物の血抜きなんかを見せてやれば、血の気も引いて、泣いて逃げ出すだろうってよ。


 だが、あいつは違かった。

 俺が弓で射抜いた兎の死体に、手を合わせしっかりと祈りを捧げ、血抜きや皮剥ぎも手順を尋ねながら、目を逸らさずしっかり学んでいきやがる。


 正直、ここまで肝っ玉が座っているとは思ってもみなかったが、度肝を抜かれたのはそれだけじゃねえ。


「勝手ながら、薪割りを済ませておきました」


 と、朝早くに目を覚ましては、事もなげに魔術、風切りウィンドカッターで薪を割り。


「お口に合いますでしょうか?」


 なんて言いながら、疲れも見せずに朝昼晩の食事を作り。


「火の番の仕方と、ヴァラード様の湯加減の好みを、お教えいただけませんか?」


 と、風呂の火の番まで買って出ようとした。


 流石に寒さが厳しいからと、実際の番は俺が譲らなかったが。それでも、ここでの生活を何でも吸収しようとする学びの姿勢には、正直お見それしたもんだ。


 しかも、そんな過酷な一日を自らに課しながら、音を上げる所か。


「ヴァラード様は、本当に素敵な生活をされているのですね」


 なんて、笑顔で言ってのけるとか。どれだけ純粋な奴なんだよ。


 ライトは本気で見る目がなかったと思っているが、俺もまた彼女を侮っていたと痛感した。

 そして、この時点でもう薄々勘づいちまったんだ。

 ……こいつが音を上げて、ここを去る日なんて来ないってな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る