第一章:再会

第一話:その後の話

「ヴァラード様。こちらをどうぞ」

「あ、ああ。済まない。来た矢先に気を遣わせてよ」

「いえ、好きでやっております。お気になさらないでください」


 笑顔のティアラがテーブルの上に置いた紅茶のカップを、俺は冴えない顔のままじっと眺める。


 ってか、家に入った途端にこれかよ。ったく。

 俺は内心呆れていた。

 こいつはログハウスらしい独特の内観を見て、素敵だなんだと感嘆しつつ口にしたと思ったら、


「お茶の準備を致しますので、食器やキッチンをお借りしますね」


 なんて、旅行鞄を邪魔にならない部屋の隅に置くと、そこから茶葉や土産を取り出し、手際よくお茶の準備し始めた。

 あまりに自然な流れに、思わず生返事で了承しちまったが。頭が追いついてないうちに、早くもお嬢ちゃんのペースに飲まれてるじゃねえか。


 向かい側に同じように紅茶を置き、間に土産の焼き菓子を置いたティアラは、いそいそと向かいの席に座る。

 淑やかさを振りまく、あいつの表情は上機嫌。

 まあ、変に緊張されてるよりはいいが、人の家に上がった途端、ここまで世話を焼いてくるってのもどうなんだって話だ。まあ、しつけはなっているとは思うが……。


「どうぞお召し上がり下さい」

「ん。ああ」


 っと。ぼーっとしてもいられないか。

 ティアラに促されるまま、中央に置かれた箱からクッキーを手にすると、意味もなく角度を変え眺める。

 これはサルドの街の例のカフェにあった奴か。中々美味かったし、チョイスとしちゃ悪くない。


 俺はそれを、ポイッと口に放り込んで、むしゃむしゃと食べた後、一気に紅茶と共に飲み込むと、ティアラに顔を向けた。

 

「なあ、ティアラ」

「何でしょうか?」

「お前の話を聞く前に、幾つか質問してもいいか?」

「はい。お気の済むままに」

「済まない。まず、あんたはこの場所をどうやって知った?」

「はい。ジョン様にヴァラード様にお逢いしたいとご相談した所、快くお教え下さりました」


 ここは予想通りか。ったく。あの野郎……。

 美少女に声をかけられ、鼻の下を伸ばし、軽々しく俺の居場所を口にしたであろうあいつの姿が容易に想像できてしまい、俺は怒りを押し殺しながら、拳をわなわなと震わせる。


 ジョンとは三年程前、サルドの街に行った時に、ゴロツキに絡まれていたのを助けてからの付き合いだ。

 当時あいつは十六だったか。

 血気盛んなあいつは今以上に行動的で、スクープの為には危険も厭わない奴でよ。

 とはいえ、追いかけるネタは悪事や不正を暴く物だけって信念もある、若い癖にしっかりとした、中々骨がある奴だった。


 出会ったあの時もある老夫婦の汚名を晴らす為、一人で奔走してた時でな。たまたま事情を聞いた俺が、ティアラの時みたいにを言ってやったんだが。

 それが当たって、あいつは見事に証拠を掴み、老夫婦の汚名を晴らしたんだ。


 で、そこからあいつは、俺を兄貴って慕ってくるようになってな。年に二、三回、サルドにやってきた時は、顔を出してやっている。

 何かと口も固かったし、信頼できると踏んで、奴には既に五英雄の一人だって話はしてあったし、そのお陰であいつもこの間の場で取り乱す事はなかったんだが。

 とはいえ、こうも簡単に俺の居場所を話すとは。少しあいつを過信し過ぎたか……。


 思わず片手で頬杖を突き、大きなため息を漏らすと、そこに秘められた不満に気付いたのか。ティアラは、こんな事を言ってきた。


「ジョン様はご厚意でお話して下さっただけ。責めるのであれば、どうかわたくしに矛先をお向け下さい」


 ちらりと見せる憂いは、自分に非があるって気持ちの表れ。

 まあ、きっかけは確かに彼女だが……ジョンにとっちゃ、この話は間違いなく渡りに舟だったのもあるんだろ。

 あいつは最近、俺に会う度こんな事ばかり言ってたからな。


  ──「兄貴もそろそろ身を固めたらどうですか? その時は、是非夫婦でここに住みましょうよ」


 ほんと、余計なお世話だってんだ。

 俺はもう女なんて懲り懲り。だから、生涯独り身でいいんだって言ってるだろうが。まったく……。


 ま、そんな事をねちねち考えても仕方ない。いない奴の話は置いとくか。

 面と向かって何も言えないんじゃ、もやもやするだけだしな。


「悪い。今の話は気にするな。それより、あんたはちゃんと、ライトとの婚約を解消できたのか?」

「はい。ヴァラード様の仰られておりました通り、両親もディック様も、わたくしを責めるような事はございませんでした」

「そうか。ベラルナの件はどうなったか分かるか?」

「そちらについては、衛兵長様より直々にお伺いしました。ヴァラード様の仰った内容は全て正しかったと」

「シャード盗賊団は?」

「そちらも無事取り押さえられたそうです。新聞でも大きく取り上げられ、みなも喜んでおりました」

「そうか」


 流石に衛兵長も、俺の事を信じたみたいだな。

 俺が最後にあいつに告げたのは、シャード盗賊団のだ。

 ベラルナにとっての真実を話した時、あの野次馬の中に盗賊団の監視役位はいると踏んでいたからな。

 団長の耳に入れば、今の別荘を手早く引き払い、潜伏するに決まってる。

 だからこそ俺は、ねぐらをの居場所をあいつに伝えてやったんだ。


 ちなみに、適当に行動されて、変に感づかれたり、行動が空振っちゃってもいけねえからな。わざわざ捕らえに行く日付まで指定してやった。

 まあ、勝手に口を衝いて出ただけだが。


 シャード盗賊団の行き先はサルドから離れた山奥の森にある洞穴。出口はひとつしかないから、ちゃんと押さえりゃ逃げ場なしさ。

 ま、正直国が怠慢だから、こいつらがずっと捕まらなかったんだろと呆れちゃいるが。

 この辺の盗賊団の中じゃ、一、二を争う有名所。どうせ手を焼かされて困ってたんだろ。


「衛兵長様も、ヴァラード様に非常に感謝されておりました」

「そうか。ま、俺は大した事なんてしていないがな」

「そんな事はございません。貴方様は私の両親の反応から、ベラルナの企みまで、その全てを知っておられました。一体どのような魔法を使われたのですか?」

「別に。ただ、を言ってやっただけだ。たまたまそれが、全部当たったってだけさ」


 俺がそう語ると、ありえないという驚きを見せながらも、


「そうですか」


 と、余計な事を言うことなく、その言葉を受け入れるティアラ。

 裏がある。それを理解しながら、敢えて詮索しない。

 そんな判断ができるとは。このお嬢ちゃん、若いのに随分できるじゃないか。


わたくしが代表など、おこがましくはございますが。皆様に代わりお礼申し上げます。この度は、本当にありがとうございました」


 ふわりと長い金髪が、微風そよかぜに吹かれたかのように、頭を下げた彼女と共に上品に揺れる。

 平民ながら、魔術学院を首席で卒業。この歳で才色兼備か……。

 あの日、こいつを見た時もそうだったが。こうやって見ると、ただのいいとこのお嬢ちゃんにしか見えないんだがな……。


 俺は何ともすっきりしない気持ちを隠すように、両手を組みテーブルに乗せると、じっとティアラを見つめた。


「……で、ここからが本題だ。お前がわざわざ、こんな辺鄙へんぴな場所まで顔を出した理由はなんだ? 確かにあんたにゃ十分な腕がある。とはいえ、礼を伝えるだけなら、危険を冒さずとも、手紙のひとつでもよこしゃ済むだろ?」


 そう。ただ恩義を感じ、礼を伝えたいならそれだけでいいはずだ。

 だからこそ、単身ここまでやって来た彼女に、疑念だって抱く。


 あいつは背筋を正すと、俺の視線から目を逸らさず、青く澄んだ瞳を向けてくる。

 さっきまでと違い、少し緊張した面持ち。って事は、何か大事おおごとな話でも抱えてるって事か?


 真実を見定めるべく、俺は何も言わずじっと彼女を見つめ返していると、あいつはゆっくりと、口を開いた。


「……はい。わたくし、貴方様にお願いがあり、やって参りました」


 お願い、か。

 彼女は確かに平民。だけど、俺と同じ五英雄のひとり、エルフの星霊術師、セリーヌと知り合い。

 まさか、あいつ関係の厄介事を──いや。待てよ。こいつは来た時に言っていた。自分が来たのはだと。だとすりゃ、それは的外れ。だとしたら、理由は何だ?


 真意が読めぬまま、俺は敢えて反応を示さずじっと続く言葉を待っていると、ティアラは意を決した顔をした後、またも頭を下げ、こう口にした。


わたくしを、貴方様のお側に置いてくださいませ」

「……は?」


 どういう事だ?


「おいおい。あんたがわざわざこんな山奥で、俺と暮らす理由があるように思えないんだが。誰かに頼まれでもたのか? それとも家で揉め事でもあったか?」

「いえ。先程お伝えしました通り、ここに来たのはあくまでわたくしの身勝手にございます」


 ……やはり身勝手を強調する。

 って事は、まさか……。


 一瞬、嫌な予感が過ぎる。

 そしてそれは──。


わたくし、ヴァラード様をお慕いしております」


 ──当たりかよ。

 俺は、予想が当たったことに、内心ため息をいてしまった。

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