第三話:一件落着?

 未だライトは放心したまま。

 ま、こいつは十分痛い目を見たし、後で家でもこっぴどく叱られるだろうしな。

 これ以上はいいだろ。


「ティアラ」

「は、はい!」


 何処かほうけた表情で俺を見ていた彼女は、呼び掛けにはっとすると、慌ててその場で立ち上がる。

 緊張した面持ち。少なからずショックはあるだろうが、今は驚きが勝ってるか。ま、その方が、きっと気持ち的にも楽でいいだろ。


「いいか? こんな盗賊の戯れ言を聞けとは言わねえ。だが、それでもひとつだけ助言しておく」

「は、はい」

「こいつが婚約破棄を持ちかけたんだ。素直に受け入れろ」

「えっ!? で、ですが……」


 俺の言葉に、ティアラが少しだけ憂いを見せる。

 彼女はきっと、ライトを本気で好きになったんだろう。

 優しそうな娘だし、今だって情もあるに違いない。


 だが、俺には分かる。

 このまま同情だけでなし崩しに結婚すれば、絶対に不幸になる。そんな奴等を散々見てきたからな。


「あんたはあいつをちゃんと愛した。だがあいつは、そんなあんたの想いを踏みにじったんだ。それに、もし今回の件を許したとしても、あいつはいつかまた、同じ過ちを繰り返し、あんたを不幸にするに違いない。悪いがあんたはもう、そんな経験をすべきじゃない。だから、婚約破棄を受け入れて、この事実をあんたの両親に話せ。優しい両親の事だ。ちゃんとお前を信じ、守ってくれるさ」

「え? ヴァラード様は、わたくしの両親を知っておられるのですか!?」


 俺ができる限り優しく笑ってやると、彼女は少し驚いた顔でそんな質問を返す。

 流石にそれは純粋過ぎるだろ。

 そう思いながら、俺は苦笑し首を振る。


「いや。だけど噂は色々聞いてるぜ。この縁談が来た時、あんたはまだこの男を好きじゃなかった。だけど両親はあんたの気持ちも考えず、話を受けたそうじゃないか。当時のあんたはそれを知り、なんて身勝手なんだって思っただろ?」

「は、はい。それはもう……」

「だが、それこそが親心だ。平凡な家庭で色々苦労や世話をかけるより、あんたが裕福な生活を手に入れ、幸せに暮らせる方がいい。そう考えて、敢えて決断してくれたんだぜ」

「え!? 何故そんな事まで……」


 戸惑いながら口にされた問いかけに、俺は笑みだけを答えとする。


「いいか? お前の両親がこの事を話しても、ちゃんとそれを受け入れ、戻って来いって言ってくれる。だから安心して、新たな道を歩め」

「ですが、ディック様がお怒りになられるのでは……」

「ディックってのは、こいつの親父か?」

「はい」

「なーに。町長だって、今回の息子の馬鹿さ加減にゃ流石に呆れて、あんたを責めも怒りもしやしないだろ。寧ろ、酷過ぎる話に平謝りしてくるさ。だから、何も心配は要らねえよ」


 俺の語った言葉が、彼女の心にどう響いたかなんて分からない。

 ただ、その言葉に涙ぐんでいた瞳から、雫が流れ落ちたのを見て、俺は小さく頷いてやる。


「……承知しました。お気遣い、ありがとうございます。ヴァラード様」


 震え声で、だけど気丈に頭を下げるティアラ。

 ま、これで彼女も大丈夫だろうし、一件落着だな。


「こんなのは気遣いじゃねえ。隣に居合わせたおっさんの、ただのお節介だと笑っておけ。悪い。邪魔したな」


 俺は、対照的な顔をする婚約者だった二人をその場に残し、その場を後にした。

 俺の行く先の人集ひとだかりが、自然と割れ、道になっていく。


「あれが、五英雄の一人なのか」

「へえ。俺初めて見たぜ」

「陰がある所が素敵じゃない?」

「やっぱ、何処か迫力あるよな……」


 なんて、思い思いにひそひそと言葉を交わす、野次馬達。

 とはいえ、五英雄の一人である俺に、おいそれと声を掛けてくるような奴はいない。


 ま、そりゃそうだろ。

 この国を救った五英雄に与えられているのは、ほぼ王族と同様の権限。

 下手な事すりゃ国王に進言されて、国直々に裁かれる。それだけの権限があるからこそ、なまじ下手に声を掛けられるもんじゃない。


 それに、何より俺は、最も英雄らしくない、人相も愛想も悪い、髭面ひげづら隻眼せきがんの盗賊だ。

 既に笑顔を消して、機嫌を損ねたら殺されるんじゃ、なんて雰囲気も醸し出してやっている。

 これで話しかけてこれる奴は、よっぽど豪胆な奴か、よっぽどの阿呆だ。


 ま、とはいえ後々面倒だしな。さっさと街からずらかる準備でもするか。

 俺は、人目を避けるように裏路地に足を運ぶと、その身軽さで完全に野次馬を振り切り、その場を後にしたんだ。


   § § § § §


 ──ってのが、今から三ヶ月前の出来事だったんだが。


「ここがヴァラード様のお住まいなのですね。何とおもむきのあるおうちでしょう」


 ……おい。

 何でティアラ嬢が今、こんな場所に来てるんだよ。

 俺は開けた扉の先、庭先に見える可憐さを絵に描いたような、ここにいるには場違いすぎる少女を見ながら、困り顔をしつつ頭を掻いた。


 ここはサルドの街から北に遠く離れた、山奥の一軒家だ。

 近くの村に来るのだって、数日かけて駅馬車を何度か乗り継ぐ必要があるし、そこから徒歩なら半日ほど山道さんどうを登ってこなきゃならない。


 しかも、山の裾野からこの山間やまあいまで、一面に広がるフォレの森は、この国でも凶暴な獣や魔獣がいることで有名。迂回して山道さんどうを歩くとはいえ、それですら結構な危険が伴う。

 実力のある冒険者だとしても、早々近寄る奴はいないんだ。

 それを、こんな華奢なお嬢ちゃんが、一人で超えて来たとは到底思えないんだが……。


「……あのよ。ティアラの嬢ちゃん」

「ティアラで結構です。ヴァラード様」


 大きめの鞄を両手に持ったまま、つばの広い白い帽子とワンピースを着たティアラ。

 長い金髪が風になびく姿は絵になるし、浮かべた屈託の笑みに疲労感もない。


「あ、ああ。で、ティアラ。お前さんはこんな所に何しに来た?」

「はい。わたくしは、貴方様にお助けいただいた恩義に応えたいと想い、こちらに馳せ参じました」

「別に恩義なんて感じる必要はねえし、そもそも俺は、お前さんを呼んじゃいないだろ」

「確かに、ここに来たのはわたくしの身勝手。ですが、感謝をお伝えする事もできず、貴方様は街をお離れになられた以上、こうしなければお逢いできませんでしたので」


 そう。

 俺はあの日の夜、ジョンにだけ挨拶をすると、闇に紛れ、こっそりと街を立ち去った。

 あそこまで派手に行動を起こした以上、長居をしたって碌な事になりゃないしな。


「ですから、貴方様にお礼をしたく、こちらに伺ったのです」

「そんなのは気にしたくっていい。俺が勝手に口出ししただけだ。大体ここの山道やまみちを登るのだって、本来は命に関わる。五体満足って事は、偶然何事もなく来れたようだが、フォレの森が危険だってのぐらい、お前だって知ってるあろ?」

「確かに途中、巨大狼ジャイアントウルフの群れに出会しはしましたが、その程度であれば、危険というほどではございません」

「……は?」


 ちょっと待て。

 何でこいつ、平然とそんな事を口にしたんだ!?


 巨大狼ジャイアントウルフ

 この森でも凶暴な獣の一種で、まるで熊のような巨体を持つ狼なんだ。並の冒険者でも、群れで襲われたらひと溜まりもないんだぞ?


「お、おい。それであんたはどうしたんだ? 走って逃げたってのか?」

「いえ。群れの長を中心に大氷原アイスフィールドを掛け、群れの大半を氷漬けにしましたら、残りはみな尻尾を巻いて逃げ帰りましたので。恐れる事などは特に」


 自然な、嫌味のない笑みで語ってるけど、俺はそんなあいつの言葉に、あんぐりと口を開けてしまう。

 大氷原アイスフィールドっていや、魔術師でも最高難度の魔術のひとつだろ。

 それを、こんな若い奴がさらっと使い熟したってのか!?


「おい。何処でそんな術を覚えた」

「王都の魔術学院にございます。平民の身ではございましたが、以前街にやってきましたセリーヌ様とお会いした際、才能があると仰られ、特例で通わせていただきました」

「セリーヌにだと!?」


 久々に聞いたの名に、俺は度肝を抜かれる。

 あいつが才能を見い出した……セリーヌが実力を買う奴なんざ、世の中でもそうそういない。

 そういう意味じゃ納得もいくが、話がぶっ飛んでないか?


「それで。魔術学院は卒業したのか?」

「はい。お陰様で、無事首席にて卒業致しました」

「首席だと!? だったら、そのまま宮廷魔術師の道なんかもあっただろ!?」

「はい。ですが、当時のわたくしは、両親と離れて暮らし続けるなど、考えられませんでしたので。ですので、神魔術師としての冒険者の資格のみ得まして、サルドに戻りました」

「そこであのライトに目を付けられ、婚約話が浮上したってのか?」

「はい」


 俺の質問に堂々と、しかし自慢気な態度なんて微塵も感じさせず、清楚な微笑みを浮かべたまま答えるティアラ。


 神魔術師っていや、古代魔術を駆使する魔術師と、神の力を借り、回復役として力を発揮する神術師、両方の術を使える上位職。

 片方の術を極めるだけでも難しいってのに、その両方を極めなきゃならないその職につき、その上でこの実力……。

 何となく、ここまで来れた理由は合点がいった。いや、いったが……。


「ヴァラード様。勝手に押し掛けた身でありながら、大変不躾ぶしつけなお話で恐縮にございますが。そろそろ日も西に傾いております。色々とお話したい事もございますので、お邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 考え込んでいた俺に、あいつはそんな言葉を向けてくる。

 確かに日が傾けば、この辺も一気に肌寒くなっていく。

 ここから下山となりゃ、この時間じゃ野宿。

 幾ら実力者とはいえ、こいつをそんな寒空の下、危険極まりない場所に放り出し、帰れとは言えないか。


「……ったく。仕方ない。今日の所は許してやるから、まずは家に上がってくれ」

「はい。お心遣い、感謝致します」


 嬉しそうにはにかんだティアラは、ゆっくりと家の玄関まで来ると、「失礼します」と俺に会釈した後、中に入って行く。


 何か、早くもペースを握られてる気もするが……。

 俺は、突然の来訪者の扱いに困りながらも、彼女に続き、家に入って行ったんだ。

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