第二話:口からでまかせ

「ベラルナ。あんた、ここから東に行ったサーラントの、ミルドガル公爵の元娘だよな。元々金で男をはべらすのが趣味で、金遣いの荒さに両親もほとほと愛想を尽かし、ついには勘当されたってもっぱらの噂だったが。今じゃシャード盗賊団の団長をたぶらかし、手を組んでるんだってな」

「そ、そんな話、あるはずない!」


 突然の話に、ライトがありえないと必死に否定してくるが、俺はそれを鼻で笑ってやる。


「そうか。こっちの界隈じゃ有名な話だけどな。しかし、今度はこいつを籠絡ろうらくして、この街で羽振りよく暮らそうって魂胆か。若い癖に、随分抜け目のない性格をしてるじゃねーか」


 数々の出まかせを聞きながら、手で顔を覆ったまま、目を丸くしているベラルナ。

 ったく。そういう時に指の隙間からこっちを確認しようとするなって。

 隠すならしっかり隠す。演じるならしっかり演じる。

 それができないんじゃ、詐欺師にゃ向いてねえよ。


「そ、そんなはずありません! 実際僕は、街から少し離れたお屋敷に案内されて、食事もご馳走になったし、そこで逢瀬も重ねたんだ!」

「そ、そんな……」


 おいおい、馬鹿正直過ぎるだろ。ティアラ嬢もショックを受けてるじゃねえか。

 今の発言、自分は隠れて浮気してたって宣言してるようなもんだぞ? ま、いいけどよ。


「あー。あの屋敷って確か、サルドの街を気に入った、王都シュレイドに住むセイル伯爵の別荘だった所だよな。ただ、最近侯爵も金に困ってたみたいでよ。そこに付け込んだベラルナが、伯爵にうまく取り入って、別荘を買い取ったって聞いたぜ。勿論色気を使って、後で金を払うって契約にしてな」

「う、嘘だ!」

「嘘なもんか。大体お前、おかしいと思わなかったのか?」

「な、何をですか!?」

「屋敷に案内された時だよ。従者やメイドに妙に傷が多かったり、屈強な奴が多かっただろ。あれ、盗賊団の一味だぜ」

「そ、そんな!? あの人達が!?」


 真実の愛とやらはどこへやら。愕然としたライトは、すっかり俺の言葉に迷い、疑念を持っている。

 ま、上辺うわべだけの愛情じゃ、こうなるのも時間の問題だがな。


「そこの女の事だ。どうせ『怪我などを負い、表立って働けない者に仕事を提供しているのです』なんて言って、お前の情を揺さぶったんだろうが。そんな慈善事業をしてるなら、この地域でもっと話題になるに決まってるだろ。町長の息子であるあんたが知らない時点で、十分疑うに値するだろうが」

「な、何故、彼女の言葉まで……」


 女が言った言葉そのものをズバリを口にされ、ライトは呆然とし、ベラルナも思わず顔を上げ、俺に青ざめた顔を見せる。


「よ、よくもそんな口から出まかせばかり、次から次へと! 侮辱するのもいい加減になさいませ! ライト様! あのような盗賊の戯れ言に、耳を傾けてはなりませんわ!」


 流石に旗色が悪くなったと感じたのか。

 咄嗟に俺に激情を向けると、慌てて取り繕おうとするベラルナ。

 だがな。そういうのは、疑念を持たれてからじゃ遅いんだよ。


「ヘレス。君はそんな事を考えていたのか? あの時、愛しているって言ってくれたのは嘘だったのか!?」

「そんな事はございません! 全てこの男の詭弁にございます! どうか信じてくださいませ!」


 完全に疑いの目でベラルナを見るライト。

 あいつは必死に言い訳してるけど、ここまで来れば、化けの皮が剥がれるまでもう一息って所か。


「取り込み中失礼する。私はカイデン。ここで口論となっていると聞いたのだが」


 お。タイミングよく、人混みを掻き分け、鎧に身を包んだ威厳ありそう親父がやってきたな。この街の衛兵長のお出ましか。 

 火種になっている俺に対し、早くも露骨に怪訝な目を向けてきてるが、普通に考えりゃ正解だ。

 きっと衛兵から「怪しげな盗賊が、二人を煽っている」って報告を受けているだろうしな。


 だが、俺にとっては心強い味方でしかない。街の衛兵ってのは、国家直属の組織。

 つまり、ここからは国家権力を味方につけられるんだからな。


「やっと来たか。待ってたぜ。衛兵長殿」

「私を? 何故あなたが」


 突然の言葉に首を傾げた衛兵長は一旦置いておき、俺は肩越しにジョンを見た。


「ジョン。ここまでのやり取り、一言一句メモってるよな?」

「勿論! 兄貴や皆さんの言葉、全てメモってますから、安心していいっすよ!」


 頭の帽子を被り直し、笑顔を見せるその手には、しっかりとメモ用の手帳と魔術具の羽ペンが握られている。

 流石、若いながら、敏腕記者として腕が立つこいつらしいな。抜け目がなくて助かるぜ。


「さて、衛兵長。あんたには、ここまでに俺が語った話が正しいかを調査し、裏付けを取ってくれ。後、結果が出るまで、ベラルナは拘束しとけ」

「ただの盗賊が口が過ぎるぞ。むしろ被害者は、ライト様とヘレス様。今はお前に嫌疑がかかっているのだぞ?」


 露骨に不満そうな顔を見せる衛兵長。

 ま、そんな表情なんざ、すぐ変えてやるよ。


「そうか。じゃあちゃんと言い直してやる。衛兵長カイデン。あんたに命ずる。あんたは俺の言った事を、文句ひとつ言わず、粛々と実行しろ。いいな?」


 俺はそう言うと、マントの襟元の裏に付けていた、イシュマーク王国の紋章が入った、豪華な勲章をちらつかせてやる。

 と、瞬間。衛兵長の表情が一変した。


「そ、その勲章……ま、まさか! あなた様は!?」


 衛兵長の驚きに、さっきまでとは違うどよめきが周囲から湧き起きる。

 まあ、普段はわざわざ名前なんて明かさねえし、偽名で過ごしてるからな。今まで誰も気づいてなかったのは想像に難くない。


「まさか、あの人が本当に獣魔王デルウェンとの決戦を制した五英雄の一人、ヴァラードなのか!?」


 なんて驚きの声も聞こえてきたが。

 ……ふん。俺は何一つ、手柄なんて立てちゃいない。

 あれは全部、メリナと元仲間のお陰だ。


 普段ならこんな事を早々ひけらかしやしないが、今回ぐらいはしっかり利用してやらねえとな。


「あ、ああ……」


 予想外の人物と知り、放心したような声を出すライトに、


「まさか、あの……ヴァラード様が……」


 同じく、驚きから抜け出せていないティアラ。

 ベラルナなんざ、目を丸くしたまま、声すら出せず固まってる。

 流石に相手が悪いって気づいたか。


「し、失礼致しました! 衛兵長カイデン。ヴァラード様のめい、しかと承りました! ヘレス。いや、容疑者ベラルナ。詰所までご同行頂こう」


 慌てて俺に頭を下げ、衛兵長がベラルナに向き直ると、同時に彼女の背後に現れた衛兵達が、彼女を立ったまま取り押さえた。

 その瞬間。


「うるさい! 何であんたみたいなお偉方が、あたし達の話に口を出してんだい! あたしはまだ何も悪い事なんてしちゃいない! この坊主と恋仲になっただけじゃないか!」


 なんて、噛み付くような勢いで、本性丸出しの言葉を吐いた。

 ったく。こいつもわからずやだな。


って事は、これから悪巧みする計画はあるって事だよな?」

「ふざけんな! そんなものあるもんかい!」

「そうか。ま、安心しろよ。まず国から目を付けられてる、お尋ね者のシャード盗賊団と組んでいるだけで重罪だ。それに、どうせ奴等の居場所を調べてとっ捕まえりゃ、計画に絡んだ奴もわんさか出てくるだろ。で、今回の件を吐かせれば、簡単に口を割るぜ。『あの女にそそのかされただけだ』ってな」

「ちっ! このクソ野郎! あんたがいなきゃ、万事上手く行くはずだったんだよ! それを邪魔しやがって!」

「あー。クソ野郎なのは合ってるし、俺がここにいたのも正しいぜ。ただ、俺は酷い言い草の婚約破棄を口にされた、そこのお嬢ちゃんに同情しただけ。別にあんたの邪魔をしたくて、口を挟んだ訳じゃねえ。それに、あんたはこれからも安泰だろ? 恋仲になった世間知らずなお坊っちゃまは、あんたに真実の愛を感じたんだ。あんたがどれだけ酷い極悪人だとしても、きっと愛し続けてくれるさ。な?」


 俺は、隣で項垂うなだれているライトの肩を、ぽんっと叩く。

 が、あいつは何も返事せず、あの女に顔を向けようともしなかった。


「行くぞ」

「くそっ! 汚い手で触るんじゃないよ! 離せってんだ!」


 衛兵に拘束されたベラルナは、悪態ばかりき、野次馬の注目を集めながら、詰所に連行されて行く。

 そんな中、衛兵長が俺の前に立つと、慌てて深々と頭を下げた。


「こ、此度こたびはヴァラード様と知らず、非礼な態度をお見せした事、大変失礼致しました」

「それは気にするな。それより今回の件、依頼書がいるなら書いてやるが、必要か?」

「いいえ。これだけの者が見ております。そこまでのお手間は不要です」

「分かった。この件の処理は俺に報告は不要だ。その代わり、きっちり国に報告をあげてくれ」

「しょ、承知しました」

「但し、俺の名は出すなよ。そうすりゃ、この件はお前さんの手柄だ」

「は? そ、そのような事は──」

「いいんだよ。こんな所より、やっぱ王都の方が良いだろ?」


 きっと左遷されたであろう衛兵長に、小声でそう助言してやると、あいつは図星と言わんばかりに少し目を泳がせた後、ため息をく。


「分かりました。では、私はこれにて──」

「ちょっと待った。悪いが、もう少しだけ耳を貸せ」

「え? あ、はい」


 突然呼び止められた事に戸惑いつつも、こっちに歩み寄った衛兵長の耳元で、俺は周囲に聞こえないほどの囁き声で、こいつにある話を伝えてやる。


「そ、それは、まことですか!?」


 衛兵長から離れると、あいつは目をみはり、そう尋ねてくる。

 ま、突然こんな事を話されりゃ、驚きもするか。


「ああ。いいか? 悪いがこっちの件もうまくやってくれ」

「はっ! では、これにて失礼致します。ジョンとやら。済まないが、発言の全容を知りたい。一緒に来て貰えるか?」

「はい! じゃ、兄貴! また後で!」


 衛兵長は驚きの表情をすぐに収めると、すぐさま丁寧に俺に会釈をし、会心の笑みを見せたジョンや衛兵達と共に、足早に去って行く。

 そして、ここにはティアラとライト。そして野次馬達が残されたんだ。

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