口からでまかせを言う盗賊は、師匠とも英雄とも呼ばれたくない

しょぼん(´・ω・`)

プロローグ:ある盗賊の話

第一話:首を突っ込んだ男

「ティアラ! 君との婚約の話、なかったことにしてくれないか?」

「え!? 一体何故なのですか!?」

「僕は真実の愛を見つけたんだ!」


 おいおい。

 久々に街のカフェを楽しんでるってのに。

 何を急におっぱじめてるんだよ。


 周囲の客の驚きを他所に、俺は人の通り道を挟んだ隣の席にいる、カップルに白けた目を向ける。

 そこにあったのは、いかにも金持ちっぽい身なりをした、茶髪の好青年が席から立ち上がり、向かいの清楚な感じの金髪のお嬢様に、必死に訴えかける姿。


「それは、一体どういう……」

「ヘレス嬢。こちらへ」


 あまりに突然だったんだろうな。

 呆然とするティアラってお嬢ちゃんに対し、緊張した面持ちで、男が背後の席にいた女に声をかけると、これまた育ちが良さそうな、ウォーブがかった紺色の髪を靡かせた、若い令嬢が笑顔で彼の脇に立った。


 ……まあ、俺ももう三十五。

 人生経験も長い部類だろうし、職業柄もあるからな。

 だから、ヘレスとかいう奴の目を見て一発で分かった。

 ありゃ、間違いなく悪女ワルだ。


「あれ、ライト様じゃないっすか」


 と。俺の向かい側で一緒にお茶をしていた、この街で新聞記者をしているジョンもまた、予想外と言わんばかりに驚いた顔をする。


「ん? 誰だそいつ?」

「この街の町長の息子ですよ。半年前、向かいにいるティアラ嬢と婚約するって話題になったんですよ。ただ、最近二人が一緒にいる姿を見かけないって話は聞きましたけど、まさか別の相手を見つけてるなんて、正直驚きっすね……」


 ふーん。

 つまり、あのヘレスって女が、ライトって奴をうまくたぶらかしたって所か。


「僕は彼女と結婚する。だから、婚約の話はなかった事にしてくれ。頼む!」


 ライトが勢いよく頭を下げ、続いてヘレスって奴も頭を下げたが、俺は下を向いた女が、一瞬にやりとしたのを見逃さない。

 ティアラ嬢はといえば、涙目になりながらも、どうすればいいか分からず、困り果てた顔で俯いている。


 ……ったく。

 ここにいる奴等は誰一人知り合いじゃないが、あのティアラって女にゃ同情するし、正直あの悪そうなヘレスって女も、簡単に心変わりをしたであろうライトって奴もいけ好かない。


 ……ま、今日だって年に数度の買い出しに来ただけ。どうせすぐにこの街を離れるし、暫くは顔を出さないしな。

 たまには派手に目立った所で、大して影響もないだろ。


 俺はボサっとした黒髪を掻きながら、ふぅっと息を吐いた後、ジョンにちらりと視線を向ける。


「ジョン。スクープは見逃すなよ」

「え?」


 突然の言葉にあいつは小さく驚いたが、俺はそれを気に止めず、すっと立ち上がった。


「あー。取り込み中悪いんだが。にいちゃん。ちょっといいか?」

「え? あ、貴方は?」


 突然、左目に布の眼帯をした、人相悪い盗賊に声をかけられたからだろうな。頭を上げこっちを見たライトが、目を丸くしている。

 同じく顔を上げたヘレスも、座ったまま俯いていたティアラ嬢も。それこそ、このやり取りを注目していた野次馬達までもが驚く中。俺は呆れ顔をしながら、ライト達とティアラに挟まれた、テーブルの脇に立った。


「俺の事なんざどうでもいい。それよりあんた、さっき、真実の愛を知ったって言ったよな?」

「は、はい」

「じゃあ、意味を教えてくれ」

「え? 意味ですか?」

「そうだ。真実の愛ってのが何か、具体的に説明してくれないか? ちょっと興味があってよ」

「そ、それは……その……あ! じゅ、純愛です! 純愛!」

「純愛? 随分曖昧だな」

「そんな事ありません! 僕も彼女も、真っ直ぐ疑いなく、お互いを愛しています!」

「そうか。つまりあんたは、ティアラ嬢にはそこまでの愛情を向けられなかった。そう自負してるって事か?」

「え? あ、その……」


 俺の圧に気圧され、思わず勢いでライトが答えてきたけど、所詮浅知恵。

 すぐしどろもどろになる時点で、完全に色気にやられただけって見え見えだ。


「ま、あんたの恋愛遍歴は置いておくが。真実の愛ってのは、言い換えるなら、無償の愛って事だ。相手に何も見返りを求めず、その愛で全て受け入れる。こんなの、その辺で売ってる恋愛指南書にだって書いてあるんだが……。お前まさか、そんな事も知らないのか?」

「そ、それくらい知ってます! 馬鹿にしないでください!」


 ライトの奴、今度はムキになって、焦りと怒りを見せてるな。

 まったく。これだから詐欺カモられるんだよ。


「そうか。知ってるんなら話が早い。じゃあもうひとつ答えてくれ。もし、そこのヘレス嬢が、『貴方とご家族の持つ、全ての資産と権力が欲しい』って言い出したら、あんたはそれを受け入れて、全てを差し出すんだよな? 相手を疑わず、相手を無償で愛せるってなら」

「は!?」


 予想だにしなかった質問は、ライトだけじゃなく、周囲をどよめかせる。

 これだけの事を、大通りに面したオープンカフェで、町長の息子相手にやってるからだろう。一気に野次馬も増えてきたな。

 人集ひとだかりの後ろの方じゃ、衛兵二人ががひそひそと何か話し合った後、一人が詰所のある方に走っていく。


 町長の息子が絡まれてるんだし、衛兵長でも呼んでくる気だな。

 ありがたい。これならすぐに役者が揃いそうだ。


「ぼ、僕達は真実の愛を誓い合ったんだ! ヘレスがそんな事を言うはずないです!」

「そうですわ! 私達わたくしたちは愛し合っているのです! そのような世迷い事を口になど──」

「しないっていうのか? ヘレス。いや、


 被害者ぶって、手で顔を覆い嘘泣きしようとした女は、本名を突然口にされると、ぴたっとその動きを止める。


 まあ、そりゃそうだろ。

 俺はこいつと面識がある所か、会ったのはついさっき。そして悪いが、俺はこいつの名前なんて、口をいた今の今までんだからな。


 さて。

 それじゃ、大いに語るとしますか。

 作り話のような、だがそこにある真実でまかせをな。

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