第3話 殺意と御子

「え・・・?」


謎のお堂に続く竹林から一筋の輝きが漏れていた。




ーーーーーー根本にはそのお堂『定恵堂』。






あたかもそれは輝きの飽和を受け止めきれていないように光が外に溢れている。


「なに、が・・・?」


震える脚で立ち上がり、無意識のままに吸い込まれるように歩み出す。


ガタン・・・、


お堂の引き戸扉を一思いに引く。


「うッ・・・、」


溢れ出したルクスに思わず目を細めて顔を背ける。


カチャカチャカチャカチャ・・・


悪寒が迸る。

恐怖を象徴するような鎧の擦れた音が近づく。


「・・・ッ、こんなんじゃダメだ!時間が無いんだ。」


強引にお堂の中に上がり込む。


「これは・・・刀!?」


そこにはさっき立て掛けられていた一振。

眩い光を放ち威風堂々と鎮座する。


「これがあれば・・・でも・・・」


(これを手に取って、あいつに向けた瞬間から俺は・・・・・・この手を汚すかもしれないことを覚悟しなくちゃならない。)


「・・・ッ、クソッ!殺せるかよッ!抗ってやる!あいつの剣を上手く躱して誰かに助けを求めるんだ!持ち主には申し訳ないけど・・・その時まで、俺を守ってくれ!」


刀を取り上げる。


「!光が収束してる・・・刀に向かって?」


あんなにも目を焼くような痛々しい輝きは急速に刀に集約していた。


「そうだ!とにかく今はあいつの刀を躱して逃げないと!」


竹林を駆け戻る道すがら自身の鼓動が加速していく。


(これから俺は・・・真剣勝負をする・・・。『逃げて生きる』か、『振りきれず死ぬ』か。)


「ッ!」


「どうやら、諦めて死にに来たようだな?」


愉悦の笑みを浮かべて剣を肩に当てて余裕を見せる。


「お、俺だって、ただで死んでやるつもりは無い!お前を振り切って逃げる!」


史は自身への鼓舞する言葉とともに輝きを放つ刀を前に構えた


「は?」


・・・はずだった。


「ククク・・・ははははははははは!!!!

お前なんだぁ?そんなもんで俺の剣を躱して逃げる?笑わせんなよ。」


「な、なんだよ!何が可笑しいんだよ!」


男が嘲笑う理由を史は知らなかった。

それがあまりに不自然で。


「どうやら気でも狂ってしまったのか?それはどっからどう見ても剣じゃねぇだろうがよ。ククク。」


震えが止まらない。今度は人を殺めるかもしれないという恐怖では無い。もっと前に感じた人間として最も恐怖する感覚。


(こ、殺されるッ!)


分からない。あの時確かに史は刀を手にしたはずだ。その手に握られていたものは刀のはずなのだ。





「は?はぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?」





(なんで・・・なんで・・・ッ!なんで、刀が・・・)

















(『木の棒』になってんだよぉぉぉぉぉぉ!?!?!?)













剣士はゆっくりと構えの体勢をとった。

愉悦に浸った顔をさらに歪ませる。


「じゃあ、死んでくれ?」


(ぐッ・・・!マジかよッ!)


剣士の閃が凄まじい速度で迫る・・・。



「ぐッ・・・!」


「貧弱者めが!くははははは!剣を手にしたところで腕で飛鳥一の俺に勝てるとでも思っていたか?」


(当たり前だろッ!こっちは剣道すらかじったこともないんだぞ!構えも振り方もステップも知らないど素人だぞ!?)


けたましい金属音とともに史は大きく後ろに仰け反る。


(力勝負じゃ分が悪いか・・・!)


雑な構え、大振りな振り、ブレブレな身体の軸、それでも死ぬ寸前なら必死に身体は食らいついている。


「なんだぁ?そのなってない腰使いは!まるで力がねぇ!殺されんぞ?ふはははははは!!」


弄ぶように剣閃が史の身体を襲う。


(ぐッ!かろうじて見えるけどまるで歯が立たない!重たい・・・、受け止めるのがやっとだ・・・!)


冷や汗が滴る。生きてるうちでかつてないほど体温が下がる。鼓膜が心音を拾ってうるさい。







「あ・・・」






踵に何かが引っかかった。会えなく後方に倒れ込む。言うまでもなくがら空きの状態で・・・。


「悪運もそこまでのようだなぁ!死ねぇぇぇぇぇ!!!」


口内から血の味がした。







(ああ・・・俺って死ぬんだな。)












振りかぶる動きが遅く見えた。一瞬で家族や友人、世話になった人々や思い出が頭を駆け巡る。










(これが・・・走馬灯・・・。)















ーーー貴様はそれでいいのか?ーーー
















「え?」




キーーーーーン!




「ああ!?」


何故が振りかぶっていたはずの剣士が大きく仰け反っていた。


「あれ・・・?今、手が勝手に・・・。」


握りしめた右手の棒を見つめた。


(何が起きたんだ!?今まで力で勝てなかったじゃないか。なんでいきなりあんなにあいつを跳ね飛ばしたんだ!?しかも、さっき頭の中に誰かの声が響いたような・・・?)


「ちっ、何調子づいてんだよ三下がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


想定外の抵抗に尺に触ったのか。剣士が激高した。


「ああ、そうか!さっさと殺さねぇとなぁ!死んだら死んだでその布切れの回収もできるし動けなくなったお前に鬱憤を晴らすこともできるし一石二鳥じゃねぇか!だからよォ?死ね。」


大きく踏み込んで剣士が振りかぶった。


「あ・・・、」


立ち上がる暇すらなかった。

その悪意を目前にして、今度こそ身体が動かなかった。


「終わりだぁぁぁぁぁ!!!」


「ッ!?」


今度こそ、その灯火は・・・消える






「残念だけど、させないよ。」














キーーーーン!













「!」


再びその剣は振りかぶられることは無かった。

しかしそれは史の無意識の手では無い。


「き、貴様あぁぁぁぁッ!」


「大丈夫?」


「あ、ああ!ありがとう!」


軽い笑で返事を返すなりすぐに悪辣な剣士に厳しい顔で向き直る。


そこには真宙の前に剣士と相対する形で紫と赤い線が特徴の衣の少年が佇んでいた。


「・・・ッ!?」



何故か、殺気立っていた剣士は少年を見て呆気に取られていた。



「ま、まさか・・・その長いこめかみに、伸ばした髻《もとどり》・・・。何よりその血染めの大徳の紫衣!やはりここに居たかッ!ついに見つけたぞ!ククク・・・俺もつくづく運がいい!」


先程まで激高していた男は目の前の少年を目にすると一変して、棚から牡丹餅とばかりに恍惚な笑みを浮かべていた。



「な、なんだ?あいつの様子、何か急に変わって・・・」





「貴様を殺せば俺は一族の「氏上」になり栄華を極められるんだ!だから殺されてくれよ?『逆賊の御子』・・・!」



(『逆賊の御子』?)


史は少年が拳を握りしめるのを見た。



















「俺の・・・俺の父は・・・ッ!『逆賊』なんかじゃない・・・!」




















剣を再び握り直して、怒色を顕にする。


「そんな事ァどうだっていいんだよォ!!!」


剣士は再び襲いかかる。その動きは何度見ても・・・


(早い!)


・・・ッ!


瞬きの一つで人間業じゃないほどの合音。




「おいおいおいおいそんな程ェ度かよォ!!!!そんなんじゃ何度生まれ変わっても殺せねぇぞ!!!!」




目にも止まらぬ打ち合いの中明確に少年は変わった。


いや、剣の持ち方を変えた。

片手では扱いづらい逆手を取ったのだ。


「甘いな。」


ズドン・・・ッ!


「あ・・・?」



その瞬間男には何が起きたのか分からなかった。


目の前にボトリと落ちた肉塊を見つめた。


そして冷めた目でこちらを見る五体満足の少年が写った。



「あ、あぁぁぁぁ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!?う、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


その重たい音は剣士の剣が落ちた音だった。


「おい、言う割には少し切られたぐらいで剣を落とすほどか?殺されるなんて言っておきながら愉悦感のままに剣を振るうお前はさぞかし良いご身分なんだろうな?」


(何が起きたんだ!?)


斬りかかったはずの剣士が構えただけの全くもって動いていない少年に斬られたのだ。もちろん、手すら動かしてるのが見えなかった。


驚くほど動揺しているのも無理は無い。切られた腕からは滝のように流血で溢れている。


「ぎざまぁぁぁぁッ!何をしたァ!!!」


「・・・『天羽々矢』って言ったらわかるかな?」


「『天羽々矢』ッ・・・だとッ!?」


途端さっきから高慢だった剣士から余裕の色が消えた。


「そんなッ!?まさかッ!?有り得ないッ!お前如きがなぜその力を行使できるのだ!その力はッ!」


「お前の思っていること全てが事実だ。俺の父を侮辱したこと、関係の無い人間を巻き込んだことをお前の消失で贖ってもらおうか。『紛い物』。」


かき消すように少年の声には怒りを、手には溢れたのか震えを添えてその時はきた。


「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ご丁寧に祝詞も添えてやる。






ーーーーー降ろし奉る



其の御神之名をば・・・

高御産巣日タカミムスビ』!




ーーー反転の印ーーー









『天羽々矢』ーーーーーーーーーーーー!」







「小細工なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」






男の剣が少年の身に至ったはずの

その刹那ーーー











ザシュゥゥゥゥゥゥ・・・




その男の描いた閃蹟は彼自身に刻まれる。



「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?」


それを皮切りに男は仁王立ちのまま痙攣するままに『あるはずもない剣蹟』が吹き出す血とともにおびただしく刻まれ続けた。






「お・・・のれぇ・・・・・・・ッ。」




命糸が断ち切られる、その閃はおびただしく増幅して事切れた体にその鮮血を刻んでゆく。


そして血の海を舐めた。


「ふぅ、終わったか・・・。」


「あ、ああ・・・、」


濃密な鉄臭さが死というおぞましさとなり重く史にのしかかった。小刻みに身体がけいれんしている。


「おい、大丈夫か?」


「あ・・・、いや、はい。あれ・・・」


斃れた剣士を指さしたのを少年は察した。


「安心してよ。彼は人間じゃない。」


「え?」


「ああ、そんなこといきなり言われても普通は分からないか。えっとだな・・・」


少年が思念した時背後が怪しく揺らめいた。


「ッ!?」


「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


立ち上がった気配すら気づかなかった。死んだはずの剣士は全身から血と黒い靄を吹き乱し、少年の背後から剣を振り下ろしていた。


「なッ!?完全に消えてなかったのか!?」


(間に合わないッ!)


少年は自身の詰めの甘さを憎んだ。






「クッ!?」










ーーーーーー急に身体がふわっと傾いた。











「なッ!?君ッ!」








それは自分の意図したものでは無い。

死角から力の限り押された。そしてそれをできる人間はこの場にしかいなかった。




(ああ、クソ、なんで庇ったんだろうな・・・。)




明らかに自身がいかれているとしか思えなかった。


相手のために命をかけて庇うなどそんな自己犠牲満載のテンプレは全く拒絶していたはずなのに。




(ほんと都合がいいよな。さっきは動かなかったくせに、今は身体が勝手に動いた・・・。)




そしてもう、死の確定は目の前だ。













(こんな終わり方、認められるかよ・・・。)










運天 史は死ぬ。それは免れぬ運命。

だからこそ運命はそれを望み身体が動いたのかもしれない。




























ドクン・・・・・ッ!



















身体を一瞬にして波打つ鼓動が支配した。

鈍調に視界が歪み暗転しだす。


(な、なんだろ・・・こ・・・・・・れ・・・。)


史はそこで意識を手放した。




















































ーーーーーー




「あ・・・れ?ここは・・・。」









どこまでも真っ黒に塗りつぶされた世界に一人真宙は立ち尽くしていた。







ーーーおや、起きたか?ーーー









「ッ!?」







ーーー安心したまえ、敵じゃない。まずはゆっくり頭をあげてみろーーー


急に頭の中に囁きかけてくる声。

頭を抑え前を見るとそこには淡い光が発光している。そこから声が発信されているかのような感覚がした。


「だ、誰だ、あんたは・・・ッ!」





ーーー今はそんなことはいいーーー





真宙の問いを答えるどころか一蹴した。




「なん・・・だと・・・。」


















ーーー時間が無い。まずは応えろ。お前、私と誓約(うけひ)しないか?ーーー











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る