第14話「最初はどう攻めますか?」
「今日は部内戦するって先生が言ってはった」
日曜日。海野から今日のメニューを聞いて戻って来た3年生マネージャーの田中
「それって、要するに……?」
恐る恐る涼哉が訊き返す。
「まあ、試合やね」
美静の返答に対して、
『よっしゃー!!!!』
一斉に部員たちは喜びの声をあげた。
昨晩、「急遽バレー部が他校で練習試合をすることが決まり、明日はバスケ部が体育館を1日中使えるようになった」という連絡が回ってきた。誰もが2部練を覚悟していたところで、続いて海野から来た指示は、男子が午前練、女子が午後練というものだった。
普段男女で体育館を半分ずつにして練習しているところ、全て男子だけで使えるようになるということは、練習の質が上がる半面、その分量も増えるということだ。すなわち、練習がしんどくなることは避けられない。そのため、誰もが地獄を覚悟して体育館に来ていたのだ。
そんなところでまさかの『部内戦』というサプライズである。これで喜ばない者は、もはや健全な体育会系ではないだろう。
美静は男子たちの雄叫びを受けて微笑んでから、
「チーム分けするから、名前呼ばれたらゼッケン取りに来てなー」
そう言ってチーム分けが書かれたメモを取り出し、読み上げ始めた。
「まずは赤。涼哉、琉瀬、
そういって美静は自分の仕事に戻っていった。
時計を見ると、すでに8時を過ぎていた。いつまでもはしゃいでいる暇はなかった。
「赤ぁ! こっちのリングにあつまれー!」
「青はこっちでーす」
「緑しゅうごー!」
各色のチームリーダー——赤は涼哉、青は深、緑は悠仁——が声をあげる中、黄だけは何の呼び声もなしに残りのリングに集まっていく。このチームのリーダー役はおそらく相志郎なのだ。当然のことだった。
他のチームではメンバーが集まると、早速方針・戦略等の話し合いやアップが始まっていたが、黄だけは5人が集まってもしばらく沈黙が続いた。それを破ったのは遥也だった。
「……えっと、うん。相志郎がこんな感じやからごめん、俺が仕切らしてもらうけどええよな? じゃあ、とりあえずポジションだけでも確認しとくか。俺は2番かな」
そういうと、遥也は怜真に目配せをした。次はお前だと。
「そうするとおれは3番ですね。よろしくお願いします」
そして怜真は陽樹を見た。空気を読んでくれて、
「やっぱりそうなるよなぁ。俺が1番かぁ……、ああ、まじかぁ。めっちゃ不安や……」
空気を和ませるための軽口かと思っていたら、本当に不安そうだった。
「5番」
短く相志郎が言う。最後になった幸を全員が見ると、ポカンとしていた。
「……え? その番号なんすか? 背番号じゃ……ないっすよね?」
幸は自分のゼッケン番号〔2〕を指差しながら訊いた。得心したように、遥也が答えた。
「そうかすまん、説明不足やったわ。確かに俺も高校入るまで知らんかったっけ。えっと、さっき番号はポジションを指すねん。1番がポイントガード、2番がシューティングガード、3番がスモールフォワード、4番がパワーフォワード、5番がセンター。と言っても、1番やから全部ひとりでボール運ばなあかん訳じゃないし、3番やから得点取らなあかんとか、4番、5番やからポストプレイ以外しちゃダメみたいなことはないけどな。まあホンマに確認程度よ。でも番号自体は海野先生も普通に使わはるし、憶えとくといいで」
遥也の説明を聞いて、幸はすぐに理解してくれたようだった。
「わかったっす! じゃあ俺は4番っすね!」
元気な返事を受けてから、遥也は少し声のトーンを落とし、
「でさ、他のチームはどうやと思う?」
作戦会議に入った。
「こんな言い方はあれですけど、他よりもこのチームはバランスもよくていい感じだと思いますよ。怜真と遥也さんでガンガン得点できますし、相志郎さんは攻守の要として信頼できますし、幸も小柄だけどポストプレー上手いし。正直欠点は俺だけっていうか……」
「大丈夫、陽樹。自信持て。俺もこのチームは良いと思う」
相志郎がやっとまともに口を開いたと思うと、とてもいいことを言う。怜真も頷いて相志郎の発言に同意した。
「そうそう。俺らは結構いい感じや。やけど……けどさぁ、青強すぎひん?」
青がアップしているリングを見れば、大志と綾羽がスリーポイントをスパスパと決めており、秋寿と太陽はフリースローの練習をしていた。そして深はコートの端っこで寝転がってダラダラしていた。
「ほんとマジでそれですよ。俺大志とマッチアップするんですよね? 嫌やぁ」
「それを言うなら俺は綾羽やで? 死ぬんやけど」
「確かに言われてみれば青はめっちゃ強そうっすね。他のチームはどうっすか?」
次は赤の方を見た。涼哉と琉瀬がいるチームなだけあって雰囲気がすごくいい。青とは違ってチームメンバー全員で一緒にアップメニューをこなしていた。
「なんだかんだ赤も結構そろってんなぁ。さすが先生。チーム分けが絶妙やな」
「あそこは琉瀬さんと蓮ですよね」
「まあでもうちには相志郎と怜真いるんやし全然いけるって」
遥也が「なあ、相志郎」と言って肩を組む。相志郎は相変わらずの無表情で、
「涼哉も柳太郎も信長も侮れない。奏士はわからん。いずれにしても幸は外のプレイヤーとマッチアップすることになるから」
「はいっす!」
「そんで緑やけど……」
「何というか、きつそうですね」
陽樹がそういったのもおかしくなかった。3年生は晴しかいないにも関わらず、2人も1年生がいる。
「なんか、あそこだけ極端にサイズ不足じゃないっすか?」
幸の言う通り、緑で一番背が高いのは怜真と同じく170センチ後半の倫で、おそらくセンターをやるであろう正義は倫よりも少し低い。悠仁と晴も170センチ前半といったところであり、昭と宝に至っては170センチを切っている。
「先生って悠仁に厳しいよな。嫌われてんのかってくらい。いくら晴と倫がいるって言ってもあのメンバーはなぁ」
「せめて昭か宝を青の秋寿かあるいは太陽と入れ替えるべきだと思いません?」
「ああ、確かに。それでギリギリバランスが取れる気するな。それにしても青の戦力過多感は否めへんけど」
「俺はあんまりよくわかんないっすけど、遥也さんと陽樹さんがそう言うなら緑は大丈夫そうっすね!」
3人が緑に対して余裕を口にする中、怜真はそうは思わなかった。
「じゃあ俺らもそろそろアップするか。結構時間やばいわ。人数もあれやしレイアップは飛ばして2対1からやろか」
遥也の指示に従い、ゴール下に適当に並ぶ。赤、青、黄がそれぞれアップを始めているにも関わらず、緑は未だに円陣を組んだまま、何かを話し合っている。中心には悠仁がいる。
たぶん緑が一番強い。怜真はそう思った。
各チームごとでアップが進められてゆく中、8時20分を過ぎた頃に海野が体育職員室から出てきて、いったん全体に集合を掛けた。
「今日はインターハイ予選でベンチに入るメンバーの選考を兼ねた部内戦をする」
その瞬間、誰もが息を飲んだ。
「ベンチに入れるのは15人だ。だから全員がユニフォームを着れるわけじゃない。そういうわけでベンチに入るメンバーの選考を行うわけだが、学年なんて関係ないのは言わずもがなだ。2年生であろうと1年生の方が良ければバンバン落とす——もちろん、3年でもな。みんなの全力を見せてくれ。期待しています、以上。」
先生の後ろに控えていた美静が一歩前に踏み出して、今日のタイムテーブルが書かれたプリントを示すと同時に読み上げる。
「今日ですが、10-2-10の前後半戦を一試合として進めます。試合と試合の間は5分取ります。一応これで一試合を約30分で回せる計算です。オフィシャルは試合のないチームで協力し合ってお願いします。プリントは何枚か張り出しておきますので、各自で試合順を確認してください。第1試合目は赤対青ですので、各チームそれぞれの準備しておいてください」
美静は非常に優秀である。このタイムテーブルも海野の指示ではなく、自分で組んだものだろう。後ろでは功徳と、そして功徳と同時に入部した1年生マネージャーである
試合は8時半から始まる。スケジュールの全体としては、総当たりで順位を決めたのちに、1位と2位になったチーム、3位と4位になったチームがそれぞれ再戦して終わりだ。1試合30分として回すので、なかなかタイトなスケジュールではある。
「一発目は緑か。とりあえず一番安全な相手でよかった」
「そうですね。緑で身体を温めて、体力も充分っていう万全な状態で青、最後に赤って最適な順番じゃないですか?」
「俺頑張るっすよ! 絶対ユニフォームもらうっす!」
メインリングでアップをしている赤と青でもなく、隣でタイマーの準備をしながら張り切っている3人でもなく、怜真は逆サイドに置いてある得点板の後ろでまた円陣を組んでいる緑を見ていた。変わらず中心には悠仁がいる。
「不安?」
相志郎が話しかけてきた。
「そうですね。緑ですけど、僕はかなり警戒してます。なんせ悠仁がいますからね」
「俺もそう思う。確かにサイズは小さいけど、決して油断できない」
「最初はどう攻めますか?」
「誰とマッチアップすることになっても俺のところは絶対にサイズ的なミスマッチになるから、まずは俺を起点として1本確実に取ろう」
「そうですね。そんでもし相志郎先輩にダブルチームで対応するようなら、絶対に誰かひとりがフリーになりますからね。相志郎先輩に引き付けて、おれや遥也先輩にキックアウト、あるいは幸への合わせでそれ以降の得点も簡単です」
相志郎が頷いて怜真に応えた。
「それにしても、悠仁は敵に回すと本当に厄介ですよね。その分味方の時の心強さも半端ないわけですけど」
第1試合開始30秒前。すでに赤と青のメンバーがセンターサークルを挟んで向かい合った。陽樹はタイマーをリセットして10分をセットする。
審判の美静が笛を吹いて、ベンチメンバー選抜部内戦が始まった。
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