第13話「……ふーん。頑張ってね」
次の日の土曜日は、1年生にとって初めての休日練だ。体験入部は平日の放課後練だけであった。さらに体験入部ということもあって、練習内容は比較的控えめに行われていた。すなわち、体験入部と放課後練のダブルの制約を取っ払った本気の練習が今日から始まるのである。
1年生は、練習前の先輩たちの様子が昨日までと全く違っており、気圧されていた。上級生は部服に着替えた時点で、すでに今日の練習のために集中している。練習開始前の体育館は、昨日までの和やかさなど微塵もなく、空気が張り詰めていた。
そして練習が始まった。実践練習が始まると、1年生でも関係なく、ミスをすれば責められる。それによって縮こまってしまい、またミスを重ねてしまう。
「出来ないなら外で見てろ! 出来るようになるまで入ってくるな! 練習の邪魔だ!」
海野の怒号を受けて、1年生は何度も練習を見学させられていた。それでも誰一人決して諦めることなく、一生懸命に食らいついていた。その姿を見て、2、3年生も心打たれたのか、練習の隙を見ては1年生にそれぞれ根気強く指導をしていた。
「それにしても、あの2人は大したもんだな」
海野は指導のために呼びつけた怜真にふと漏らした。
「二敷と大志のことですか?」
「ああ」
海野は嬉しそうに何度も頷きながら、蓮のプレイを見つめている。
「お前たちは相当高いレベルでバスケをやっているよ。思い上がりでも、傲慢でもなくな。俺が大邦高校でベスト4になった時のチームにも負けないんじゃないかってくらいだ。だから、奏や幸みたいについてこれないのが普通だ。ましてやミスれば怒られるんだからな。縮こまっても仕方がない。けれど蓮と大志は、ついていくのに精一杯どころか、先輩たちに口出しするほど堂々としていて、実際負けてない。あいつらのこと、インハイで使うよ、俺は」
たった今琉瀬を華麗に交わしてシュートを決めた蓮を見て、海野は「今のみたか?」と言うように目で怜真に語り掛けてきた。
「そうですね。いい後輩が入ってきて嬉しいです」
「それぞれ深、悠仁とポジションが被ってるのが少し残念だが。センターの選手も欲しかったなぁ。太陽と秋寿じゃあ物足りない」
海野の口調は心底悔しそうだったが、依然として表情は緩んだままであった。
確かに、ポストプレイの出来る上級生は、琉瀬、相志郎、深、秋寿、太陽の5人で、実力的には、
[深>越えられない壁>相志郎、琉瀬>越えられない壁>秋寿、太陽 ]
といった感じだ。さらに、深はマッチアップする相手によってプレーを選択することができるオールラウンドプレーヤーなので、リング周辺のプレーに完全に固定してしまうことは、深の能力を制限してしまうことを意味する。
「まあ、深も蓮もデカいからディフェンスには困らないし、別にいいか」
「そうすると、オフェンスはファイブアウトですか」
「まあ、そこは決めずに柔軟にやればいいかなって。だってお前もシュート打ちたいだろ?」
「それは……はい」
怜真は内心、来年も自分を使ってもらえることが確定しているかのような発言に安心を覚えたのだった。
コート内では、今度は大志がボールをコントロールしていた。
「大志と悠仁さんはプレイスタイルが全く違うポイントガードですよね」
仕事がひと段落つき、海野の横で練習を興味津々に見ていた功徳が会話に混ざってきた。
「いいところに気づくじゃないか。その通り」
海野は褒めるように功徳の肩を軽く叩いた。
「悠仁は『司令塔』という役割に徹している、いわゆる伝統的なポイントガードだ。自分が攻撃の起点となることでゲームメイクを行う——まあ、あいつのゲームメイク能力はそんな次元じゃないけど、それは一旦置いといて。とにかく、あくまでも起点だから、自分から得点を取りに行くことは基本的にしない。それに対して、大志は得点能力が高い。自分でガンガン攻めてディフェンスをかき乱すことで自分のリズムを作り上げる。そういうゲームメイクをするタイプだ。選択肢が多いっていうのは、チーム作りをしていく身としては嬉しいことだね」
ちょうど大志がディフェンスに囲まれながらもシュートをねじ込んだ。それに対して、海野は大袈裟に拍手をして見せた。
「そろそろ戻ります」
海野はまだ功徳に話を続けていたが、怜真は練習に戻ることにした。
練習が終わり、誰もが一様にぐったりとしていた。
「明日は午前練だから、早く帰って備えるように」
練習終わりのミーティングで海野が言い残した通りに、みんなダラダラと体育館に残ることはせず、すぐにダウンを済ませて更衣室に戻ってゆく。
「明日も朝から練習ですか……、まあ、そうですよね……」
宝がポツリと弱音を吐いた。しかし、本人としては完全に無意識に心の声が漏れただけだったようで、周囲の視線が集まっているのに気付くと「あ、いや」と取り乱した後、最終的に「すみません」と謝ってしまった。ただ、他の1年生も口にしていないだけで、内心同じくらい疲れ切っているのだろう。誰も何も話さない。
「初めのうちはそんなに無理せんくていいんやで? 怪我とかも怖いしな。それに、最初は俺も吐きまくってほとんど練習に参加できない日なんてザラやったし」
「そうそう。むしろ初っ端から全然余裕ですみたいな顔されたら、今でもギリギリの俺が泣いちゃうで」
微妙な空気の中で、秋寿と昭がフォローを入れた。
「ほら見ろよ、あそこの先輩。宝よりへばってるで」
「おい聞こえてんぞ。そんなことないわ。余裕やし。いい加減なこと言って自分が顔面蒼白なこと誤魔化してもバレバレやからな」
「俺はもともと色白美白なだけやし。真っ青なのは陽樹の方やろ」
「馬鹿言え、俺はゲームばっかりしてるせいでもともと顔色が悪いんじゃ。なあ幸。信長になんか言ってやってよ」
「え? ああ、はいっす。というか陽樹さん、ゲーム好きなんすか?」
そこに信長と陽樹も加わり、会話が広がった。おかげで辛そうな顔をしていた1年生たちに笑顔が戻ってきた。
他方で、練習についてきていた蓮と大志は、更衣室の外で風に当たりながらぼんやりとしていた。2人もそれなりにクタクタなようだ。
「おつかれ」
珍しく早くに荷物を纏め終えて更衣室から出た怜真は、2人の隣に腰かけた。柄にもないなとも思ったが、昭たちの先輩らしいふるまいに触発されたのかもしれない。一瞬の間があってから、返事があった。
「「お疲れ様です」」
「今日はどうやった?」
蓮と大志は互いに顔を見合わせてから、大志が先に答えた。
「正直なめてました。クラ高が結構強いってのは前から聞いてたんですけど、どうせラッキーで勝ち上がってただけのチームだと思っていたので。それでも深さんや相志郎さん、綾羽さん、そしてもちろん怜真さんのプレイを見て本物だってわかりました。確かにこの4人が中軸にいるなら勝ち上がっていけるでしょうね」
なぜか上から目線の生意気なコメントだったが、怜真が引っかかったのは別のところだった。
「……悠仁は?」
怜真としては——というより『部員全員の共通理解としては』と言っていいはずだ——、チームの中軸というなら誰よりも悠仁なのだ。大志が深だけを挙げたならまだしも、怜真や相志郎、そしてシックスマンの綾羽も『中軸』として挙げた。琉瀬を挙げないのは100歩譲っても、悠仁を挙げないのはスルーできない。
「あの人は別に、特には。普通以外形容しようがないですね。だって、これだけ得点力のある選手がそろっているなら、誰がポイントガードでも上手くいくでしょう? 多分俺の方が実力は上なんで、インターハイ予選までにそれを証明してスタメンを奪ってみせます」
「……ふーん。頑張ってね」
そう言ってから、怜真は驚いてしまった。大志の自信に、じゃない。大志の自信はそれほど行き過ぎたものでもない。今日の練習で改めて、彼に十分な実力があることはよくわかった。そうではなく、怜真が驚いたのは、悠仁が全く見当違いな低い評価を受けているということに異常な苛立ちを覚えたことだった。寸前で言葉を飲み込んで堪えたつもりだが、露骨に態度や表情に出てしまった。少し不安になったが、大志は気にした様子もなく、蓮が話すのを待っていた。怜真はホッと息を吐く。
「俺は——僕は、大志と違って先輩たちのことを知った上で、ここでバスケがしたくて入学してますからね。でも、想像以上だったという点では大志に同意です。当たり前といえばそうですが、半年たって皆さんまるで別人ですね。本当にあの時見た人たちなんだろうかって思うくらいです。でも特にやばいのが綾羽さんですかね。当時はディフェンスがえぐいってことしか記憶になかったんですが、今は得点力もえぐいじゃないですか。すごい成長だなと……あ、なんか上から目線ですみません。でも皆さん本当にすごくて、僕も成長できるんだって思うと、これからが楽しみです」
蓮の純粋な憧れの眼差しを真正面から受けて、怜真は少しクラっと来た。
「うん、期待してるで。ところで、2人は同じ中学やったっけ? 妙に仲良さげやけど」
「いや、大志とは中学の頃、同じ地区で
「お互い弱小校のエースとして意識し合ってたって感じですね。まあ、いつも俺の完敗でしたけど」
そういって大志は笑った。
「怜真珍しいやん」
更衣室から出てきた悠仁が声を掛けてくる。隣には深もいる。
「僕は勝手に、怜真は後輩とか苦手なのかと思ってたわ」
「いや別に。普通やけど」
「まあええか。それはともかく、さっき他の1年生にも言ったんやけど、大志も連も今日は疲れてるから仕方ないとして、明日からはちゃんと片付け手伝ってもらうからな。それじゃ俺らはお先に」
悠仁は端的に伝えるとさっさと深と行ってしまった。
「ん、俺も行く。それじゃあまた明日」
蓮と大志の返事を待たずに、あとを追いかける
「悠仁なめられてるやん」
悠仁と深はさっきの怜真たちの会話を聞いていたようだった。
「別に気にせんくていいやろ。大志以外そんなこと思ってるやつおらんし」
怜真は本心を言ったつもりだったが、意図せずフォローしたみたいになってしまった。ただ、本人は全く気にしていないようで、
「いや、気にするね。まじかー、俺なめられてるんかー。潔癖症やからなー、嫌やなー。気になるなー」
そんな冗談を言っていた。
「おもんな」
「センスないなぁ」
「いやわろてるやん」
そういって3人で笑った。
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