第10話「でもおれこういうの苦手なんですよね」

 10時に教室に集合した新入生たちは、点呼や入学式の説明等をたっぷり1時間もかけて受けることになる。そして、11時から待ちに待った入学式が始まる。12時には式は終わり、それから教室に戻ってホームルームが行われる。13時を過ぎるころには新入生は下校することになる。

 怜真たちは式が終わった直後、すぐに体育館の片付けを始めるために再び体育館に入り、13時までに全て終わらせる。片づけは準備よりもはるかに早く終わるため、1時間もあれば十分だ。

 片づけが終われば始まるのは、もちろん新入生勧誘活動だ。13時過ぎに昇降口から出てくる新入生を校門前で捕まえ、各部が彼ら、彼女らの獲得を狙う。

 バスケ部は、去年に涼哉や琉瀬たちが考えた「取調べスタイル」で勧誘活動を行うことにした。警察官が犯人に取調べを行う際、激しく問い詰める刑事と優しく問いかける刑事とでペアを組んで対象の心を激しく揺さぶるというのは、ドラマなどでよく見る光景ではないだろうか。これを応用して積極的にぐいぐい勧誘を行う人とそれを抑えるように優しく勧誘する人をペアにして勧誘を行う、これが「取調べスタイル」なのである。

「こんにちは! 背高いな! 中学の頃は何かスポーツはしてた? その身長だと……バレーボールとか? え、サッカー!? もったいない! 君にピッタリのスポーツがあるんやけど、わかる? そうそう! バスケ! バスケはな、いいよ! 楽しいし、面白いし、かっこいいし……」

「涼哉、ちょっとストップ。急にごめんな。びっくりしたやろ?」

「おい、琉瀬……」

「もううるさい! いったん黙る! だいたいな、サッカーだって身長大事やろ? ほんまに……ごめんなぁ。これでもうちのキャプテンやから許してな。えっとそんで俺らバスケ部なんやけど、ちょっと話聞いてくれへん? お、ありがとう! それじゃあ……」

 去年を踏まえて確実にスキルアップしている涼哉と琉瀬の2人が早速新入生を捕まえていた。相手はバスケ経験者ではないので勧誘が上手くいくとは限らないが、それでも新入生は楽しそうに2人の話を聞いている。明日の部活動の見学くらいには来てくれるのではなかろうか。ちなみに、バスケ部が作った新歓用のビラは、柳太郎渾身の作品で、もはや「アート」だ。受け取って即ゴミ箱に入れられることはおそらくないだろう。

 かなり強烈なキャプテン副キャプテンコンビに負けないコンビがもう1組ある。

「バスケとか好き? おお? 中学の頃やってたんや! いいねぇ! 高校でも続けるつもりは……ない? ないん!? なんで!?」

「悠仁、そんなに詰め寄るみたいに行くのはアカンって。ごめんな、そんなん言いたくないよな……え? 教えてくれるん? ありがとう。ゆっくりでいいよ。…………なるほど。それは辛かったな。そんで途中で退部しちゃったんか。え? なんでって、それは君が退部したってさっき言ったからやん。いやいや、言ったよ。うん。そうそう。けどさ、口ぶりからはまだバスケに興味あるみたいやけど?」

「それやったらやっぱり一緒にバスケやろうや! うちの先輩は絶対そんなことせーへんし、みんないい人ばっかりやから!」

「だから悠仁……もう僕ひとりで彼と話すからどっかいってよ」

「おい深、それは酷すぎひん? そもそも彼に声かけたんは俺やのに横取りしやがって!」

「悠仁がひとりで勧誘なんてできるわけないからなぁ」

「はぁ? そんなことないわバーカバーカ。深のバーカ」

「悠仁より成績いいけど?」

「そんなこと……あるけれども……」

「実は僕、学年2位なんだ。勉強でも何でもわからないことがあったら気軽に聞いてくれていいからね」

「おいだから俺を放って話を勧めんな! ……ってやっと笑ってくれた!」

「よかった。自覚無かったかもやけど、さっきから表情がすごい緊張してたからさ。改めてバスケ部の話、聞いてくれる?」

 2年生も悠仁と深は完全にこのシステムを自分たちのものにしていた。

 怜真はというと、なぜか相志郎と組まされていた。

「相志郎さん、これってやっぱりおれが積極的担当ですよね」

「うん」

「でもおれこういうの苦手なんですよね」

「うん」

「役割チェンジしませんか?」

「嫌」

「ですよね」

 正門前、多くの新入生が色々な部活から勧誘を受けたり、今日知り合った仲なのだろうか微妙な距離感で話しながら歩いている横で、怜真は相志郎と並んでただただ突っ立っていた。

「別に誰も俺らに期待してない。適当に組まされただけなんやから、適当でいいねん」

「……いかんとも言い難いですが……まあそうですね。じゃあおれらはこうして時が過ぎるのを静かに待ちましょうか」

 昇降口前の広場で遥也と晴がもめているのがここまで届いている。こうならないようにそれぞれ綾羽と柳太郎と組まされたはずだったのに。

「あのふたり、本当に仲ええな」

「あれは良いって言っていいのでしょうか?」

 相志郎はどこか羨む様子で騒ぎに耳を傾けているようだった。怜真も苦笑いを浮かべながら騒ぎの方に耳を傾けていると、

「あの」

 いつの間にか、目の前に背の高い青年が立っていた。身長は180センチ強の相志郎よりも結構高く、琉瀬よりは少し小さいくらいだろうか。

「新入生ですか? バスケ部とかどうです?」

 目の前の彼が続けるよりも先に相志郎が勧誘を行っていた。当初の想定なんて完全に度外視していたが、今更のことである。

「バスケ部には入部するんです。むしろそれをお二方に伝えようと思いまして」

「はあ。それはご丁寧にどうも」

 勧誘する必要がないとわかると相志郎はすっかり気が抜けていた。

「それで、どうしておれらに?」

 怜真は目の前の彼がいったい誰なのか、一切心当たりがなかった。

「そうなりますよね、急にすみません。俺、……僕は去年の先輩たちのインターハイ予選の試合を見て、絶対ここグラ高でバスケがしたいって思って、めっちゃ勉強頑張って来たんです。それでずっと活躍を見ていたお二方の姿を見つけたので舞い上がっちゃってどうしても挨拶をしたくなりまして、声をかけてしまいました」

 なるほど、と怜真は相槌を打った。

「それなら明日からもう部活動体験は始まるから是非来てよ。一応ビラ渡しとくな。改めて、おれは2年の羽居怜真。そんでこの人が」

「3年、守詰相志郎」 

「怜真先輩と相志郎先輩。自己紹介が遅くなってすみません、僕の名前は二敷にしきれんです」

「語呂ええな」

 急につぶやいた相志郎に蓮は少し驚いたようだが、すぐに嬉しそうにはにかんで、

「自分の名前、気に入っているんです」

 そう返した。連はもう一度頭を下げてから、「明日からよろしくお願いします」と挨拶をして帰っていった。

「あれやな」

 隣を見ると相志郎は少し考え込むように口元に手を当てていた。

「どれですか?」

「さっきの二敷連。たぶん涼哉の中学の後輩で府選抜やったやつやと思う。語呂がいいからどっかで見たのをたまたま覚えてた」

「そうなんですか。そんなすごい子があんな風に言ってくれるなんて嬉しいですね」

 そういわれると、どことなくオーラがあったような気がしてきた。人間なんてそんなものである。

「楽しみやな」

「そうですね」

 怜真はただ頷いた。その後、怜真と相志郎は誰に声もかけることなく新歓のビラ配りを終えたのであった。

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