第9話「それに戦ってたら覚えてるはずやろ」
涼哉及び各部の部長の尽力——もちろん1名を除いて——、そして部員たちの協力により、余裕をもって式典の準備は完了した。
入学式は11時から始まるのに対し、現在は9時過ぎ。新入生は10時に集合となっているため、すでに多くの新入生らしき人たちが登校してきていた。希望に満ち溢れ、この先輝く未来以外は何も見えないと言わんばかりの彼ら彼女らを見ていると、眩しすぎてちょっとクラっとする。
女子バドミントン部は練習場が入学式では使用されない第2体育館のため練習に向かったが、バスケ部とバレー部は体育館が使用できないと練習できないので空き教室で待機となった。
新3年生は全員が参考書を開いて勉強をしている。それに対して、新2年生は各々自由に振舞っている。悠仁は先輩に並んで数ⅠAの青チャートを広げているし、倫と秋寿はそこから少し離れた所で英単語帳を見ている。深は信長が持ってきた信長姉の少女漫画を2人で読んでいるし、陽樹、太陽、昭はこっそり持ってきたポータブルゲーム機で通信マルチプレイを楽しんでいた。
怜真はというと、バスケットボールを弄びながら窓の外を眺めていた。ボーっとしているうちに時間は9時半を過ぎていた。おそらく新入生の登校のピークを迎えている。多くの新入生が親と共に歩いている。その距離感は人それぞれで、恥ずかしそうにそわそわと落ち着かない様子の父親の腕を楽しそうに取って歩いている女の子もいれば、無言で全く会話を交わさないがそれでもキチンと隣り合って歩く父と息子、不機嫌そうに歩く娘とその後ろを申し訳そうについていく母親、ゲラゲラと笑い合いながら母と歩く男の子もいる。色々な距離感があってみていると面白い。我が家はどのパターンだったんだろうか。父も母も騒がしかった記憶しかない。
「あの子、背ぇ高くない?」
「ほんまや。しっかり勧誘せなあかんな」
知らぬ間に涼哉と琉瀬も隣の窓から外を見下ろしていた。
「怜真も暇なん?」
怜真の視線に気が付いた琉瀬が訊いてきた。
「いや、ただ単にボーっとするのが好きなので」
「そういえばそうやったっけ。前にも言ってたな」
「おふたりは勉強どうしたんですか?」
「飽きた」
「おもんない」
今年大学受験がある学生とは思えない発言だった。一方で、怜真には来年の自分の姿が見えた気がした。
「今年も俺らの中学から後輩は入学してたりするんかね?」
そう言いながら琉瀬は怜真のすぐ隣にやって来て、手すりにだらりともたれかかりながら怜真の顔を覗き込んだ。
「知りません。だいたいおれも高校に入って声かけられるまで琉瀬先輩がいるって知りませんでしたから」
「確かに。まあ、うちの中学はそこそこ強い割に縦のつながりが弱いもんな。中学の部活なんてそんなもんかもしれへんけど」
琉瀬は視線を窓の外に戻した。
「そういえば、俺の出身中学なんやけど、去年めちゃくちゃ上手いフォワードがひとりいたらしくてさ。うち万年弱小中学やのに、その子だけ府選抜やったらしい。2個下やから名前も顔も憶えてないんやけど、その子がグラ高に来たとか来てないとか噂で聞いたんよな……」
涼哉がどこか浮かない様子でいった。
「どうしたんですか? あんまり嬉しくなさそうですけど」
「うーん……あの、狭量で恥ずかしいんやけど、そりゃ自分より上手い後輩が入ってくると自分の出場機会も削られるわけで……喜ぶべきなんやろうけど、な。ああ、やっぱなんか情けなくなるわ」
涼哉はすっかり気分を落としてしまったようだった。肩を落としながらとぼとぼと教室を出ていく。
「涼哉、どこいくねん」
「トイレ」
お手洗いだそうだ。
琉瀬がすぐ後を追いかけていったので帰ってくる頃にはもう大丈夫だろう——そう思いたい。
「お前先輩をいじめんなよ」
入れ替わって怜真の隣に来たのは悠仁だった。
「言いがかりやって。おれはなんもしてないやん。してないよな?」
「それはどうやろか。話聞いてへんかったから知らん」
「勉強はもういいん?」
「うん。ちょうどキリいいとこやったし休憩。そんな根詰めてやる時期でもないしな。先輩らとは違って気楽なもんよ——もっとも、怜真は気楽すぎやけどな」
「それ言われると耳が痛いわ」
怜真が目を逸らすと、悠仁は勢いよく肩を組んできた。
「ちゃんと勉強してるんか? 他のやつらはなんだかんだ勉強してるみたいやけど、怜真はそんな素振り一切ないやんけ。春休み明けの校内テストで赤点やったら試合でれへんねやぞ」
「そんなんあったっけ? 模試じゃなくて?」
「両方あるわ馬鹿」
「赤点は取らへんから大丈夫」
「大丈夫なわけあるかい! せめて平均点くらい取れ!」
そう言って悠仁は怜真を軽く小突いた。悠仁は自分に厳しいが他人にも厳しいきらいがある。この1年間散々言われ続けたが、残りの2年も言われ続けることになるだろう。
「ほんまに……俺文系やから今後は怜真に勉強教えてやれへんねやからな? 気ぃ付けてくれよ?」
「あい」
「返事は『はい』」
「はい。すみません」
「よろしい」
一通り茶番をやってから悠仁は怜真を解放した。そして横並びで窓の外を見下ろした。
「そういえば、さっきは琉瀬さんとかと何の話してたん? 涼哉さん落ち込んでたみたいやけど」
「あー、普通に新入生の話。おれの地元の中学からは誰か来るんかなぁって。悠仁の中学からは誰かこおへんの?」
「うーん、少なくともバスケ部の後輩が来るとは聞いてないなぁ。そもそもあいつら全員アホ過ぎて普通にグラ高受からんと思うわ。怜真んとこは?」
「たぶんおらんのちゃうかなって琉瀬先輩と話してたところ」
そろそろ人波も途切れてきた。焦るように少し速足で校門をくぐった青年が通過してからは制服姿を見ていない。親御さんと思しき人たちが各々ゆったりとした足取りで歩いてきている姿が見えるだけだ。2人ともしばらく無言のまま窓から外を眺めていた。
「なあ怜真」
「なに?」
「怜真って中学の頃はどんな感じやったん?」
「どしたん急に」
「そういえばあんまりこういう話したことなかったなって思って。俺ら入学して即試合出てたから、今の自分の話はしたけど昔の自分は語る暇もなかったわけやん? そうこうしてるうちに仲良くなってしまったっていうか。だから2回目の入学式のタイミングで改めて聞いとこかなって」
「そんなに言うほどいいタイミングか?」
「なんかエモいやん」
「意味わからんけど、ええ? 何話したらいいんやろ? 別に語れるほどの過去は無いで」
「怜真が両打になったきっかけとか」
「話したことなかったっけ?」
「俺は訊いてないな」
怜真の両打を見た誰もがその理由を聞いてくるので、勝手に言った気になっていたらしい。
「そんな大したことじゃないんやけど、ミニバスのコーチの言葉がきっかけやな」
「というと?」
「『バスケはかっこつけるスポーツ』って言ってはってん。それでサウスポーの方がかっこいいなと思ったから右手だけじゃなくて左手でも打ち始めた」
「え、でもサウスポーじゃないやん」
「そりゃ実戦で使えるレベルになるまでは右手なわけやん? 左手で打ち始めたのが小4で、実戦で使い始めたのが中3やから、だいたい4年くらいかかった。使い始めたって言っても全部左手で打ち始めたわけじゃなくて、部分的に織り交ぜてただけな。そんな感じで今まで来た感じやな」
「じゃあそのうちサウスポーにするん?」
「そんなわけないやん。だって両打の方が『かっこいい』やろ?」
「そりゃ確かに」
悠仁は指を人差し指をピッと立てて同意した。
「悠仁こそ中学時代はどうやったん?」
「俺も別になんもないよ。小学生の頃も中学生の頃もずっと初戦負けの弱小チームにいたしな。だから高校では勉強頑張ってバスケは適当にやろうと思ってたんやけど、ありがたいことに怜真とか深が来てくれて、結果的に楽しくバスケが出来てるわ」
「そんな弱小チームからこんな化け物生まれるかいな」
「化け物言うなよ。強いて言うなら、社会人のチームに混ぜてもらってたからかな。そこにいるおっさんらがみんなすごい人で、元プロとか元国体の選手とかいっぱい居ってさ。そこでバスケやってるうちに自然と学んでいった感じかな」
「なんか納得したわ」
悠仁の身体能力は一般的に高いとは言えない。速さもなければパワーもあるわけではない。それでもあれだけのプレーを組み立てるIQやそれを実践するテクニックを持っているのは、おそらく巧いおじさんたちから吸収した結果なのだろう。
「じゃあまた俺のターンやな。怜真ってシューターやのに、なんでスリーポイントシュートは打たへんの?」
「……内緒」
そういってそっぽを向く。これは相志郎の癖をまねたものだ。
「別に可愛くないぞ」
「うるさい」
悠仁は最初、怜真の態度を冗談だと思ったようだが、怜真が口を開こうとしないことから何かを察したようだった。
「ま、別に無理強いはせーへんけどさ。……じゃあ他校のやつに思い出とかないの? 俺弱小校やったからさ、他校のエース同士がお互いの実力を認め合って仲良くなるみたいなやつに憧れるんよなぁ!」
悠仁からの質問が変わって初めて自分の表情が緊張していたことに気が付いた。おかげで一瞬口を開くことができなかったくらいだ。考えるふりをして誤魔化してから、
「うーん、他校の選手とは交流なかったかな。おれ人見知りやし。でも確か同じ地区に太陽と信長がいたと思うんやけど。昭と秋寿も、勝ち上がって次の地区で見たことあったかも?」
「へぇ、倫は? 俺はそっちの方あんまり知らんけど、同じ地区やったんじゃないの?」
そこで怜真は初めて、倫の出身中学を知らないということに気が付いた。なぜだろうか。とりあえず全力で中学の頃の記憶をたどってみる。
「うーん、記憶にないな。試合した記憶もないわ。倫の家の最寄り駅を聞く感じ、地区的に違う気するけど。それに戦ってたら覚えてるはずやろ」
あんなに上手いんやから、という言葉は飲み込んだ。
「ふーん、そらそうか」
悠仁は少し納得のいかない様子で返事をした。
「そんで悠仁は?」
「へ?」
怜真の問いかけに対して、悠仁はわかっているくせにとぼけた顔をした。
「だから、悠仁の中学時代の部活での思い出。弱小って言うけどどんな感じやったん? ひとりだけそんなけ上手かったらめっちゃ浮くくない?」
「…………」
「え?」
「……話したくない」
「なんで?!」
「……俺もお年頃やったんや。これ以上言わせんといてくれ」
「どういう……ああ、中二b「殺すぞ」
「悠仁の黒歴史聞きたい!」
「嫌です!」
「聞きたい!!」
「絶対に嫌です!!!」
「三波に聞いてきます!!!!」
「やめてください!!!!!」
こんな風に叫んでいては他の部員たちの注目を集めてしまう。話に陽樹や太陽も混ざってきて悠仁は質問攻めにあっていた。自分は言いたくない質問を拒否していながら悠仁には言わせてしまう形になってしまい少し申し訳ないと思いながらも、楽しく悠仁を問い詰めた。
入学式が終わるまでまだまだ時間はある。怜真は暇を潰すのに忙しい。
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