第7話「恥ずかしいからやめてよ」

 『高窪焼肉店』での食事を終え、支払いを済ませて店を出ると、そこでお開きとなった。明日は朝イチで入学式の設営をしなければならないことになっているからだ。店の前で悠仁と絵梨と別れ、残りの部員たちで駅へ向かう。

 普段ならすぐに倫と合流する怜真であったが、さっきまでの流れで自然と琉瀬や相志郎たちと一緒に歩いていた。

 行きと同じく、慣れない路線に若干戸惑いながら、それでもどうにか乗り換えて、そこでやっと一息ついた——といっても、怜真は琉瀬や相志郎について歩いていただけで何もしていない。

 怜真はそのまま琉瀬、相志郎、綾羽、柳太郎と一緒に急行に乗り込んだ。電車は意外と空いており、その順で5人で横並びに座った。

「楽しかったなー」

 琉瀬が言ったが、隣に座る怜真にしか聞こえなかったようだ。

「柳太郎、俺はやっぱり焼肉に納豆は嫌や」

「え、美味しかったやん。綾羽は?」

「俺も結構好きやったけど。相志郎はただ納豆が嫌いなだけちゃうん」

「納豆は好きやけど、焼肉には合わへん」

「納豆キムチとかは?」

「なし」

「なしかよ」

「醤油とたまご以外は無理。そういう主義やから」

 3人が談笑している。いつもは口数が少ない相志郎がこんなに話しているのは珍しい気がする。先輩たちだけの時はいつもこんな感じなのだろうか。とりわけこの3人は、普通科の琉瀬や涼哉、晴、遥也とは違い、3年間クラス変更がない特進科である。普通科の怜真にはよくわからないが、特進科には普通科にはない特別な絆のようなものがあるらしいことは知っていた。ちなみに、怜真の学年は全員が普通科である。

「そろそろだな」

 次の駅のアナウンスを聞いて琉瀬が立ち上がった。それに合わせて怜真、相志郎、綾羽も立ち上がる。相志郎はこの駅で電車を降り、それ以外の3人は急行から各駅停車に乗り換える必要がある。4人がドアの付近まで移動したちょうどそのタイミングで、電車は駅に停車し、ドアが開かれた。

「それじゃあ柳太郎、お疲れなー」

「お疲れー。また明日」

 琉瀬と綾羽が振り返って言ったので、怜真はそれに合わせて会釈した。

「うっすうっすー」

 柳太郎は適当に手を振りながら返した。電車を降りると次は相志郎だ。

「それじゃあ、俺も」

「お疲れ」

「お疲れさん」

「お疲れ様でした」

 相志郎は小さく頷くと、改札の方へ歩いて行った。

 それを見送ることなく、3人は対面の車線に停まっている各駅停車に乗り込んだ。各駅停車は混んでいるというほどではないが、3人が並んで座れるほど空いてはなかった。

「お前らここ座れば? 俺はあっち座ってるから」

 綾羽が2つ分空いている席を指して言った。そして、琉瀬や怜真の返事を聞くことなく、少し離れた所に座ってしまった。

「とりあえず座っとくか」

 琉瀬がそこに座ったので、怜真も座ることにした。並んで座っていても琉瀬は何も言わない。手持無沙汰になった怜真は、とりあえず母に連絡を入れることにした。


『そろそろ帰る』


 数秒で既読が付き、返信があった。


『わかった。お父さんが車で迎えに行きたいって言ってるけど、自転車とか大丈夫?』

『うん。行きは歩きだったから大丈夫』

『駅には何時ごろ着きそう?』

『20分後ぐらいかな』


 母からの『了解』というスタンプを確認してから、スマホをしまった。ちょうどそのタイミングで次の停車駅がアナウンスされた。怜真の降りる駅まであと6駅ほどある。そんなことをぼんやりと思っていると、綾羽が歩いて来た。

「俺この駅で降りるわ」 

 そういった綾羽に、琉瀬が不機嫌そうに返す。

「お前の最寄り3つ先の駅やろ」

「うーん、まあ、自主練的な?」

 なんだか綾羽は楽しそうだ。

「お前ん家までどんだけ距離あると思ってんねん。それにもう暗いし危ないやろ」

「そんな怒んなよ。今日は部活なかったし、日中も模試やったやろ? そのくせ食べ過ぎたから走りたいやん。距離もせいぜい数キロ程度やしな」

「荷物はどうすんねん」

「コインロッカーに容れといて明日取りに行くわ。それじゃあお先ぃ」

「おい!」

 琉瀬の制止も意に介さず、綾羽は開いた扉を飛び出していった。

「露骨やねん」

 琉瀬は舌打ちをした。普段の大人びた琉瀬らしくなく、苛立ちを一切隠そうとはしない様子に、怜真は少し驚いた。琉瀬は大きなため息をつくと同時に目を閉じてしまった。だから怜真は窓の外を眺めて、ただ時間が過ぎるのを待つことにした。


「そういえば琉瀬先輩、うちの車乗っていきませんか? 父が迎えに来てくれているんですけど」

 改札を抜けたところで怜真は口を開いた。

「え、ああ……どうしよかな。チャリで来たんやけど……」

 琉瀬が迷っているその時、「おーい!」と呼びかける人影が近づいて来た。

「怜真君おっそーい! お父さん待ちくたびれちゃったよ!」

 怜真の父だった。

「到着時間伝えているんだから、それはお父さんがいい感じに調整してよ」

「なんでよ冷たい! ところで、お隣の彼は?」

「琉瀬先輩だけど、覚えてない? 中学の頃に偶に送迎とかで会ったことあると思うんだけど」

「ああ! 琉瀬君ね! もともと背高かったけど、さらにおっきくなったね!」

「お久しぶりです。怜真のお父さんもお元気そうで」

「琉瀬君も車乗ってく? 送るよ?」

「お父さん、琉瀬先輩は「はい。お言葉に甘えまして、ぜひお願いします」

 琉瀬は怜真の言葉を遮り、「じゃあ帰ろう」と先に行く父について歩きだした。怜真は琉瀬を追いかけて、小声で話しかける。

「琉瀬先輩、良かったんですか?」

「ええよ。別になんも問題ない。そんなことより、怜真はお父さんと話すときは標準語に引っ張られるんやな」

 琉瀬がいたずらっぽく笑った。怜真の父は関東出身なのだ。

「……つまんないこと言ってないで早く乗りましょ」

 怜真は後部座席のドアを開く。琉瀬と一緒に怜真も後部座席に乗り込んだ。

「琉瀬君のお家はどの辺やっけ?」

「羽居家のあるマンションの近くにコンビニあるじゃないですか。あそこからちょっと北に行ったところにあります。ですので、マンションの下で降ろしてもらっても大丈夫ですよ」

「いやいや。ちゃんと家の前まで送るよ。とりあえずコンビニのところまで行くから、そこから先は案内してね。それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 そう言って拳を掲げる父を見て、怜真は頭を抱えた。

「恥ずかしいからやめてよ」

「なんでそんなこというの!」

「いや、だってさぁ」

 琉瀬の方を見ると笑っていた。怜真と目が合うと徐に口を開く。

「いいやん。すごくいいお父さんやな」

「ほら! 琉瀬君も言ってる! 琉瀬君もいい子だよね!」

「そんなんお世辞に決まってるやん、真に受けんといてよ」

 怜真の小言は通じず、そのまま父は話をつづけた。

「そういえば怜真君、高校ではバスケやめるって言ってたのに、結局続けてくれてるのはやっぱり琉瀬君のおかげでもあるの?」

「そうなんですか? その情報初耳ですけど」

 今度は琉瀬が怜真の方を見た。怜真は琉瀬の方を見なかった。

「あら。じゃあ言わない方がよかったかも……でもね、親としては小中と一生懸命やってきたバスケを高校で急にやめるって言うからすごい心配だったの。ほら、琉瀬君の中学最後の試合で、ちょっと色々あったじゃない、それで怜真君は——」

「お父さん」

「……ごめんね。とにかく、怜真君が立ち直ってまた一生懸命バスケをやってくれているだけでお父さん嬉しくて。琉瀬君、これからも怜真君のことよろしくね」

「はい。もちろんです」

「さて、そろそろ例のコンビニなんだけど、ナビゲーションお願いできる?」

「わかりました。えっとこの辺ならコンビニに行くよりもこのまま真っすぐ……」

 琉瀬の道案内を聞きながら、怜真は目をつむった。家に着くまでもう5分もかからない。それにも関わらず、いつの間にか眠ってしまっていた。

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