第5話「おれも行きます」
今日は3月31日。そして部活はオフだ。また春休み最終日であり、高校1年生の怜真は今日で最後だ。
午後練の日、怜真は11時頃まで寝ている。そして、部活のない日はお昼過ぎまで決して布団から出ないのであった。
スマホをいじるでもなく、テレビを見るでもなく、ただひたすら布団の中で抱き枕代わりのバスケットボールを弄びながら、ボーっと過ごす。怜真にとっては、至福の時間である。
13時を回ったころ、やっと布団から起き上がって自室から出る。洗面所で顔を洗い口をゆすぐ。そして、トイレを済ませてからリビングへ向かう。案の定、誰もいない。両親は仕事に出ている。
薄暗い部屋の真ん中にある机には、お昼ご飯として母が用意してくれたチャーハンがあった。
『冷凍庫に餃子もあるよ。適当に焼いて食べてね』
チャーハンに添えられたメモを見たが、餃子を食べる気分ではなかった。怜真はチャーハンをレンジで温め直すことはせずに、冷めたまま食べ始めた。怜真は電子レンジのムラのある温まり方があまり好きではなかった。
ひとりで過ごすには広すぎる静かなリビングで黙々と食べているとなんだか寂しく感じる。怜真は一人っ子なので、こういう時に兄弟がいればいいのになんてことをよく考える。
悠仁は姉と妹がいる。姉は性格が悪いとか、妹は常にうるさいとか、いつも文句を言っているが、その表情を見れば、姉と妹のことを大好きなのがバレバレだ。深にはお姉さんがいると聞いたことがある。それ以上の情報は無い。相志郎には妹が2人いるらしい。やはり、それ以上の情報は無い。琉瀬は、確か男5人兄弟の長男だ。次男とは同級生で、中学の頃同じクラスだったこともある。次男はバスケをやっておらず、接点も少なかったが、前に聞いたときは琉瀬のことをすごくいい兄だと言っていた。涼哉にはそこそこ歳の離れた姉が3人いる。それも3人とも相当の美人だ。そして、涼哉はその姉たちから大変溺愛されている。怜真は、彼女たちが学校行事や公式戦に姿を見せるたびに、涼哉にベタベタと触れ、抱き締めているところを見る。それに対して涼哉は恥ずかしそうに嫌がる。姉弟の反応として至極真っ当ではあるが、周囲の男子たちからすれば凄まじい嫉妬や憎悪の対象だ。涼哉は彼女たちが帰った後に散々に罵倒されていた。涼哉には気の毒だが、仕方がないのかもしれない。また、倫も社会人の兄が1人いると言っていた。別に仲が悪いわけではないが、兄が働き始めて家を出ていった4年前から現在に至るまで、兄とは会っていないし連絡すら取っていないと言っていた。倫は兄弟なんてそんなもんだと言うが、どうなんだろうか。そんな風に一人ひとり部員を思い出してみれば、一人っ子なのは自分と綾羽だけだと気が付いた。
そんなことを考えながら食べていると、いつの間にかお皿は綺麗になっていた。少し物足りない気がして来たので、結局冷凍餃子を焼くことにした。お腹を満たしたところで、すぐにお皿を洗った。一度ダラダラしてしまうと、きっと洗う気が起きなくなってしまうと思ったからだ。
ボールを片手に抱えたまま、ソファに深く腰を沈めた。時計を見ればそろそろ14時半になる。そこで怜真は今日初めてスマホを確認した。怜真は基本的にSNSの類が苦手である。いつでもどこでも他人とつながっていたいという気持ちがあまり理解できない。少なくとも、自分の好きなモノを他人と——しかもネットを通じて——共有しようとは思わない。そもそも、趣味とは、他人と共有することが前提なモノなのだろうか。最近は「趣味」というものが他人とのコミュニケーションツールに成り下がっているような気がして、どうしても理解できない。自分ひとりでじっくりと楽しむものなんじゃなかろうか。
それはともかく、怜真は自分の時間が好きだから、他人に自分の時間を奪われることが苦痛でしかない。そういうこともあって、正直なところスマホの必要性をあまり感じていない。怜真の同級生たちの多くは、中学生の頃からスマホを持ち始めたのであるが、怜真は小学生の頃から携帯電話を持たされていた。別にいらないと思っていたが、共働きで家を空けることが多いため、いつでも連絡を取れるようにしておきたいとのことだった。
スマホにパスワードを打ち込むと、デフォルト設定の待ち受け画面が現れる。メッセージアプリを開くと、クラ高男バスのグループの通知が来ていた。
『今日の夜みんなでご飯行きましょうよ!』
悠仁がそう切り出し、怜真以外全員がすでに参加を決めていた。怜真はSNSが苦手だが、人付き合いが嫌いなわけではない。
『おれも行きます』
そう返信してから、他の通知も開いた。クラスの友達や中学の同級生たちから何件か雑談的なメッセージが来ていたので、それらにも適当に返してから、スマホをソファに無造作に置いた。とりあえずあと2時間は自由にできるだろう。
「NBAでも見よかな」
ボールを指の先で回しながら、自室に移動した。
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