朔 <前編>

新月。

月の始まる「1日」を朔日さくじつとする。

月立つきたち」が転じて「ついたち」と言うため、

さく」だけでも「ついたち」と読む。


晦日みそかの新月と区別するため、

暗月あんげつとも呼ぶ。


世界中で同時に発生するが、

時差があるため同日ではない。


―――――――――――――――――


――大晦日のドライブについて?


昔のこと思い出すのむずかしいって。

わたしあんまり言葉出ないし、細かい説明とか無理。

そこんとこヨロシク。



 都内で就職したあの子は、盆か正月しか地元に帰ってこないし、わたしも三交代で休みが不定期だったから、お互いの休みを合わせようとして年末ぐらいしかなかった。


 ちなみにわたしの職場は、年末年始も休みなしだから。

三十日の深夜から大晦日の早朝までのシフトを入れて、元旦を休みにしたよ。

だから大晦日は朝方に仕事から帰って、一度仮眠して昼過ぎに起きてから、あの子から昼過ぎに連絡きて、実際に会うのは夕方になった。


 はじめは夕飯を一緒に食べれればいいかなと思ってたけど、あの子が「車の運転の練習したい」って言ったから、埠頭ふとうあたりで軽く練習させてやるかと思って、あの子の実家まで迎えに行った。

あの子は車持ってなかったし、十九で免許を取ってから一度も運転してない『ペーパードライバー』だよ。



――え。あの日の話は十代の時じゃなかったのかって?


 私が車買って車通勤し始めたのは、二十三の時からだから。

それより前にドライブはしたことない。

あの子とは高校の同級生だったから、歳の差とか勘違いなんてことはないかな。



埠頭に行って練習しようか、って言ったらあっちは「山に行きたい」って言ったんだよね。


 ペーパードライバーで運転が久しぶりな子に、夜道を運転させるのは不安だったけど。

年末で車の通りもなかったし、とりあえず近場で、複雑な分岐もない国道を行かせてみた。


最初はスピード出すのも怖がってたけど、三十分も運転すると勘を取り戻してきたのか「もっと山らしい道を通りたい」ってはしゃぎ出した。


 とりあえずUターンさせようと思って、はじ路側帯ろそくたいに車を寄せるように言ってたら、二十メートル先の信号機のあたりから、車のライトが見えて、黒っぽい車が出てきた。

一瞬びっくりしたけど「なんだあそこに分岐する道があるのか」って言うと、あの子は車が出てきた脇道へ車を入れた。

 その道にUターンできる空間があると期待してたみたいだけど、わたしは袋小路の可能性がありそうだなって、ちょっと嫌な感じがした。


 曲がった先は道幅こそ狭かったけど、雑木林ぞうきばやしに囲まれたアスファルトの道で、少し下りの角度がきついかなって気になったくらい。

「このまま下りれば、どこかに車をUターンできる場所がありそうだね」ってあの子は呑気のんきに言ってたっけ。


 勾配こうばいのきつい道を下ると、左手になにかの工事現場みたいな砂地の広い場所に出たから、そこに車を乗り入れた。

一度、車の向きを変えようと広場内を回って、入って来た道に戻る直前で、人が飛び出してきた。めっちゃびびった。


急停車したものの、もともと徐行スピードで動いてたから、そんなに衝撃しょうげきはなかったけど。


飛び出してきた人が見えなくて。


突然、歩行者が飛び出して来たら、誰だって驚くじゃん。


 あの子はハンドル握りしめたまま、固まっちゃってた。

わたしも自分の車が人を轢いたなんて、思いたくないからパニクってたけど。

 お互いしばらく車の中でどうするか話したけど、


「今外に出て行くのは気持ち悪いから、ゆっくりバックして正面にが見えないようなら、そのまま行ってしまおう」って言ってた。


 あの子バック操作に不慣れで、後ろにある堆積物たいせきぶつにぶつかりそうだったから、仕方なく交代したの。


 わたしが外に出て運転席にまわって、あの子も入れ替わるように運転席を外れたんだけど。


なかなか助手席に戻ってこない。

あの子、広場の入口付近で突然、携帯をいじりだした。



なにやってんのかと思って見てたら、誰かと話してて。


 しばらくしてから「飛び込んできた人だった!」って助手席に来て、笑いながら話してたけど、わたしにはとても笑ってやり過ごせる気分じゃなかった。


あの子が何を見てしゃべってたのかわからないけど、相手はずっとニタニタ笑ってるだけだったから。


『まさかこのまま、この車に乗り込んでくるつもりじゃないだろうな』って警戒してたら、あの子の方から「あの人には悪いけど、もう行こうか」って言ってくれたからほっとしたよ。


充分なバックスペースが確認できてるか、改めてバックミラーを覗くと、堆積物の後ろに止まってる白いワゴンが見えた。


 車内ではあの子が笑いながらのことを話してたけど、とても聞く気にはならない。

コンビニに着いた時、端に止まってた黒い車が入れ替わるように発進していったのを見た。

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