大晦日 <後編>

 酔った女の子をトイレから移動させたことで、友人の膀胱ぼうこうは事なきを得ましたが、問題は『このはどこに連れて行けばいいのか』でした。


 店内にはゆっくりできるイート・イン・スペースなどなく、店の外は冷気が吹きすさぶばかりで、腰を落ち着かせることもできません。


 トイレから戻って来た友人に「今は車の中しか落ち着かせる場所がない」と話して、酔った女の子を後部座席に乗せることにしました。

友人が「トイレの扉に掛かってたよ」とピンクのダウンジャケットを渡すと、彼女は初めて安心した様子を見せました。


 ここからはどうしたらいいのか、まったく考えていなかったのですが、幸いにも彼女が私たちの会話に反応し始めたので、質問することにしました。



「……何歳?」


――……じゅうはち



「どこから来たの?」


――……すぐそこ、だんち



「歩いて来たの?」


――くるまで……ともだちと



「友達の車で来たの? その友達どこ行ったの?」


――しらない。たぶんおいていかれた



「連絡取れる?」


――きょうはじめてあったひとだから、しらない



「……その人たちとは、どうやって知り合ったの?」


――ともだちのしょうかい



「その紹介してくれた友達は、連絡取れる?」


――たぶん、いない



「……誰か連絡取れる人いない?」


――かーさんはしごとだからむり、とーさんいない



「ここから家までの道、わかる?」


――わかる。□□□□□だんち



 彼女に道案内をさせるには心配だったので、カーナビで検索して目的地までの道を出すと、コンビニから四キロ先の市営団地がヒットしました。


 知り合いの車に置いて行かれても

「すぐそこだから、へいき」

みたいな言い方をしていましたが、

真冬の深夜に薄着でクロックスをいた女が、人気ひとけのない道を一人で歩く映像は、見た人の心臓に負荷ふかをかけるのが容易よういに想定できたので、私たちが拾えて良かったと思いました。



 カーナビの案内に従って、車を発進させてしばらく経つと、彼女をコンビニまで連れてきた、の話を聞くことになりました。


今日一緒に遊んでいたのは、三人または四人で、彼女以外は全員、男だったこと。

紹介した友達も男だったが、今回は一緒に遊んでいなかったこと。

彼女は全員と面識めんしきがないが、彼らは友達らしいこと。

たまに女の子の友達も来るが、そんなに話したことがないこと。



「……ねぇ、友達ってみんな同じ年の子たち?」


ぼんやり感じる不穏な気配から疑問を口にすると、運転していた友人がわざとらしく咳き込みました。


――ん~ん……。タメもいるけど……上の人が多いかなぁ


それって、と更に口を開こうとすると、


「もらったお水は飲んだ? まだ頭痛いでしょ? お水はいっぱい飲むといいよー!」と明るい声をかぶされました。


『これ以上踏み込むのは危険』

という、友人の牽制けんせいでしょう。


先ほどの店の一件からしても、危機察知能力ききさっちのうりょくは私より友人の方が断然だんぜんけていました。


四キロは車で十分もかからない距離です。


真夜中で月も見えない暗くしずんだ空と、すぐ近くにせまる山の稜線りょうせんを背景に、規則的で大きな箱をいくつも並べたような影が道の左端に見えてきました。


――あれ。あそこの四棟


背後の彼女が、座席の隙間から腕を伸ばし指さしました。


指定する四号棟の前まで車を進め、一時停車すると「ありがとうございました」とあっさり出ていきました。


後部座席を見ると、栓を開けてないミネラルウォーターが二本残っていたので「もったいないな」と水を持って車を出ると、友人に呼び止められました。


「……わかってると思うけど、深入りしちゃだめだからね」


「水を渡すだけだよ」


「何か見たとしても、すぐに帰ってくるんだよ」


「? ……ぁうん」


後を追って四号棟の階段を上ると、一階と二階の踊り場で、膝をついて前のめりになっている彼女を見つけました。


やっぱり追ってきて正解だったな、と少しホッとして

「お水忘れてたから。せっかくだから飲んで」と渡しました。


階段でひざいたのか、彼女は足をかばうように緩慢かんまんに立ち上がりました。

コンビニを出たときと同じように、肩を貸しながら階段を上がると、三階で立ち止まり「ここです」とドアノブに手をかけました。


鍵のかかっていない扉の先には、人の気配がありませんでした。


「鍵は」と驚きで立ち尽くす私をよそに、

彼女は扉を全開にして明かりを点けず、廊下に点在している袋の塊を器用に避けながら、真っ暗な空間に吸い込まれていきました。



車に戻ってから、ずっと黙ってカーナビを見てる私に

「家までまだかかるけど、どこか寄る?」

と友人が口を開いたので

「コンビニ以外の選択肢がない気がする」と答えると

「今日はもう元旦だよ。初詣に行くという考えはないんですか」と揶揄からかわれました。


「そうだ、元旦だった。昨日は大晦日だった」

「あー、は紅白もガキの使いも見なかったわぁ」


そうか、私たちは実家にさえ帰れば、普通に家族とテレビを見てる日だったんだなぁ、と考えていると


「だめだよ」

突然友人が険しい声を上げました。


「何を見たのか知らないけど、あの子のことはこれ以上考えちゃだめ」

彼女は運転中なので私の方を見てませんでしたが、黙りこくった私の様子から、何を考えているのか察したようです。


「あんたは良くも悪くも

 すぐに引き寄せちゃう。

 そのことは今日一日で少し自覚できたと思うけど。

 『』だからね」


神仏やスピリチュアル的な考えは、私はあまり信じていませんでしたが、私よりよほど信心深く慎重な彼女が言うのなら、きっとそうなんだろうなと素直に思えました。


「……あのさ」


「ストップ。何を見たかなんて聞きたくないし、あんたや私が考えて悩んだところで、どうにもならないモノは本当にどうにもできないの。心の優しさや素直さだけで解決してたら、誰も苦しんでないからね」


にべもなく、厳重げんじゅうに釘を刺されました。


友人の言う通り。


あの部屋で彼女以外のなんて、

知ったところで誰も幸せにはならないのです。

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