大晦日 <前編>

コンビニの駐車場には私たちの車以外、一台もありませんでした。


 友人と私は、先ほど遭遇そうぐうした事故に対する認識にんしきの違いにおどろいて、互いに「いや違う」「そっちが変だ」「だったらあの大破たいはした車はなんだ」「事故車かどうかもわからない」「道から外れていた」「でもかなり古くて汚れてた」など、言葉をかぶせ合い、必死に自分たちの不快感を打ち消そうとしました。


 しばらく押し問答もんどうが続いたものの、やはり私の携帯に発信履歴が残っていないことが決定打となり『性質たちの悪い人間に引っ掛けられた』という結論になり、携帯の他の機能に悪戯いたずらされていないか、メモリを隅々まで確認することで、話を収めました。


 お互いにドッと疲れて、座席を倒してぼんやりしていましたが、トイレに行きたくなった友人が店に向かったので、私も飲み物を買おうとついていきました。


 店内はバイトの若い男の子が一人いるだけで、他の客は見当たりませんでしたが、明るく温かい雰囲気に『人のいる場所に来たんだな』と安心できました。

 友人がトイレに行っている間、軽食やお菓子売り場を回ってからお茶を購入し、雑誌スペースで漫画の立ち読みをしていましたが、なかなか出てこないので先に車に戻ることにしました。


 助手席に戻って自分の携帯をいじっていると、窓をコツコツ叩かれました。


叩かれた窓を見ると、トイレから戻って来た友人が外に立っていました。


「何してるの。入ってきたらいいじゃない」とドアを開けて言ったところ、彼女は私の腕を掴み、車から引きずり出しました。


なになにどうした、と驚いている私に

「トイレがずっと使用中なの」と困った顔をしていました。


「だったら他の個室を使いなよ」と半笑いで言うと、

「ここのコンビニ、トイレ一つしかないよぉ」と泣きそうな声で訴えてきました。


 この時、私たちが店内に入ってから二十分程経っていました。

駐車場に停車して揉めていた時間も含めたら、三十分以上経過していたでしょう。


外から店を眺めると、店舗の壁際に、一台の自転車が止まっていました。バイトの子の持ち物だと思いました。


「徒歩で来たお客さんが長便ながべんしてるのかな」と笑ったものの、友人の切実なあせりと苛立ち具合から『彼女の膀胱ぼうこうは限界が近い』と伝わってきました。


 仕方なく、レジ裏にいるバイトの男の子を呼んで「他のバイトの人がトイレを使っているのか」と聞いてみたところ、今の時間帯は彼以外のバイトも店長も不在で、店内は私たちが来る三十分以上前には、客足が途切れていたことを聞きました。


とはいえ、バイトが一人で切り盛りしているなら、客の来店を見逃している可能性もあるので、トイレの前まで様子を見に行きました。

『腹痛で困ってる人だったら申し訳ない』と思いながら。


<使用中>と赤いマークがついたドアを何度か叩きました。


全く反応が返ってきません。


扉の鍵は内側からかけられていて、隙間から中の明かりが漏れているので、誰かがいるのは間違いありませんでした。


何度か扉をノックしながら声をかけてみたものの、本当に反応がなく、物音ひとつしないのが不気味でした。


十分ほど時間をかけて中の人間にうったえかけていましたが、本当に反応が返ってこないので、

「中で倒れてない?」

と友人は言いましたが、私はそれ以上の最悪な想像をし始めました。


レジ裏で淡々と仕事をこなしているバイトに「様子がおかしいから、トイレの鍵を開けて中の様子を見てください」とお願いすると、


「できません。僕バイトなんで」

素気すげなく断られました。


「バイトでも今は現場責任者げんばせきにんしゃなんだから、鍵を開けるなり、外から声をかけるなりしないと。今はどう見ても緊急事態きんきゅうじたいですよ。自分で判断できないなら、店長を呼びなさいよ」と、私はバイトの子に食って掛かりました。


彼は私をにらみつけると、

「僕はただのバイトですし、店長とは連絡とれません。そんなに心配でしたら、お客さんがトイレの鍵を開けてください。万が一にも女性の利用者でしたら、男の僕では不都合ですから」

と、もっともな反論をしました。


『たしかに、女性が倒れていたら、あられもない姿を男に見られるのは可哀想だなぁ』

と、店員の態度に苛立ちつつも納得していると


「ちょっと。あいつ、もっともらしいこと言ってるけど、その、もし……アレだったら……」


友人は口ごもりながら、目でうったえてきました。


『私たち、にさせられるんだよ』と。

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