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【あさぎ食堂】は常連客で賑わっている。というよりも、近所のコミュニティとしては最高だからだ。昼間から酒を出してくれるからだ。昼時になれば農作業で空いた腹を満たし、仕事終わりには一杯。海児もここで出してくれるアジフライが大好きだ。
海児は表にマウンテンバイクを停めると、クーラーボックスを担いで中に入る。
「こんちは、龍さん」
「お!海児!」
小さい頃から知っている仲だ。同じ産婦人科で同じ日に生まれた娘の歌奈と同じように海児を抱き上げたんだぞと飽きる程聞かされた。龍郎は手を布巾で拭いながら調理場から身を乗り出す。身体は大きく、色も浅黒い。学生時代はめちゃくちゃモテて仕方なかったと言っているのが何となくわかる。顔立ちは濃いめでワイルドな色男の片鱗が見える。
「いいヤマメが釣れたよ」
「およっ!待ってたぜヤマメ!」
「父ちゃんが持ってけって」
「悪いね。御礼になんか作ってやろうか?」
「え?いいの?」
「あったりめぇじゃねぇか!何がいいよ?」
「アジフライ定食!」
「だぁと思ったよ。もう作ってあんだ。ほら」
テーブルに着くと、箸立てから箸を抜き、中濃ソースをアジフライにかけた。海児はいつもこれを食べる。アジフライに山盛りの千切りキャベツ、豚汁にお新香というオーソドックスなものだが、海児はこれが大好物だ。
「今年も万亀祭だね」
「おうよ、千年村に生まれた奴にとっちゃ血が騒ぐシーズンだからよ。お前も神輿担ぐか?」
「いや、僕は遠慮しとくよ」
「今よ、歌奈の奴公民館に行ってんだよ」
「公民館?今御囃子の練習してるけど」
「おう、今年の千年節、歌うの歌奈なんだってよ」
「マジで?」
「らしいぜ。ったく、俺にそこは似なかったんだよ」
「あはは、アンタひっどい音痴だもんね!」
食堂の従業員のおばちゃんが言った。暫く前までこの人が歌奈の母親だと思っていたが、彼女は昔からここで働いている従業員らしい。昔から見知った仲。夫婦と間違われてもおかしくない。
「そっか」
「行ってやったら、歌奈ちゃん喜ぶんじゃない?」
「いやいや、邪魔になっちゃうだけですから!」
アジフライ定食を平らげた海児。微かにアジの風味が残る中、マウンテンバイクに跨り、また来た道を引き返した。祭の練習風景をちらりと見ながら帰ろうかという気分になった。公民館の駐車場の脇にマウンテンバイクを乗り入れ、跨ったまま塀の中を覗くように顔を近づけた。
太鼓の練習をしている青年団の奥に、三味線を弾いているおばあちゃんが見えた。公民館の主であるばあちゃんだ。御年八十を過ぎているが矍鑠としており、一切ボケるという感じがしない。その奥に見えるショートカットの小柄な女の子。歌奈だ。小さな頃から母親から民謡と日舞を習っており、特に民謡は県内のコンクールで賞を獲るくらいの腕前である。存在感がまるで違う。それを見ながら海児は口をあんぐりと開いた。
「およ!海児じゃねぇかい!」
びくっと身体を震わせて、でかい声の主を探した。通りの向こうから聞こえるくらいのでかい声量。見ると身体がでかい、精悍な顔立ちの短髪の少年が立っていた。こちらを見ながらくしゃくしゃと笑っている。
「真亮!」
「なぁにやってんだよ!」
「祭の練習、見てんだよ!」
「やかぁしぃ!よそ行け!」
青年団の若者に一喝され、海児はマウンテンバイクを走らせた。
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