第99話 いざ大公のもとへ
クサヴァーの「探知」、ドロテーアの「追跡」を駆使し、宮殿付近の地下一階層をくまなく探索したが、宮殿に潜り込める出口が見つからない。
宮殿から離れたところなら出口もあるのだろうが、市内には二千の兵がこもっていて、そのうち七~八百くらいは、宮殿まわりの警備をしているに決まっている。外から警戒を潜り抜けるのも、警備兵を全部打ち倒すのも、かなり難しい。何とか宮殿内への道筋を、探したいところなのだ。
「ふむ、それなら私が、ようやく役に立つかも知れぬな」
ドミニクが、クサヴァーやドロテーアと何やら位置関係を確認しつつ、土壁を剣の柄でコツコツと叩き始める。そして数十エレほど進んだところで、足を止めた。
「ここだ。力自慢を三人ほど、この壁にぶつけろ」
兵士たちが顔を見合わせる。もともとここに属する兵は、軽快な動きを旨とするレンジャー的な戦士たちなのだ。力技はちょっと苦手なのである。そうは言えいつまでもお見合いを続けているわけにも行かない、二〜三人がパラパラと手を挙げるが、その前にエルザがくだんの壁に歩み寄る。
「やるわよ、ウィル、いいわね?」
何が「いいわね」なんだか。しかしエルザが次にやることを予想できてしまう俺は、慌てて彼女に「剛力」を付与する。エルザがニヤリと笑って、その壁に向かって、無言で強烈な前蹴りを喰らわすと、壁は脆くも崩れ、その向こうに真っ暗な空間が現れた。
俺の「魔灯」を点け、青白く照らされたその空間には、大きなワイン棚。他には空っぽの木箱や麻袋が雑然と置かれている。
「ここは、どこなんだ?」
「宮殿の地下食糧倉庫だな。子供の頃は、よく忍び込んで遊んだものだ」
ここの存在を知っていたらしいドミニクに尋ねてみると、あっさりと答えが返ってくる。地下倉で遊ぶ公女なんてあり得ないと思うが、まあこいつは男の子として、育てられたわけだしな。
「なるほど、ならばここを出れば、そこは俺たちの目的地ってわけだ」
「そう言うことだ」
ドミニクは頬を緊張させながらも、瞳を輝かせていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ドレスデンの大公宮殿は、やたらと装飾過剰で、無駄な空間が多い。行政府としての機能よりも、大公の威光を示す虚飾の方に、極端に重きを置いた造りだ。初見の俺たちだけならば迷ってしまいかねないが、何せ内部を熟知している公子ドミニクがいる。そして敵の位置を正確に「探知」するクサヴァーの魔法の助けもあって、地上に上がってからの俺たちは、敵とほとんど戦うことなくサクサクと宮殿を攻略し、目的の大公一家の生活スペースにたどり着いた。もちろん数少ない接敵機会にも、ダミアンたちの「睡眠」かエルザのぶん殴りのどっちかで片付けているので、一人も殺してはいない。
そして、ドロテーアの「追跡」で大公の気配をたどる俺たちの前に、重厚な扉が。どうやらターゲットは、この向こうのダイニングで優雅な晩餐を摂っているところらしい。
クサヴァーが俺たちに向かって何やら補助魔法を唱えると、壁を指さす。そこに耳を当てれば、中の音がまるでそこにいるかのようにはっきり聞こえるのだ。この中年男、感知系の魔法に関しては、本当に器用だ。後ろ暗い仕事をしたほうが間違いなく稼げる能力を持ちながら、こうやって俺たちと一緒に真っ当な戦いをしてくれる彼は、きっと根っから善人なんだろう。
「おい! 今日もじゃがいもとベーコンなのか? いい加減に飽きてきた、料理長にもっと違う、凝った料理を持って来いと言え!」
「本当よね、こんな庶民の食べるようなものを主君に食べさせようなんて、なっていないわ。解雇してやろうかしら?」
高慢そのものの男女の声を聞いて、同じく耳を壁に当てていたドミニクがうなずく。大公夫妻に間違いないということだろう。
「お父様お母様、贅沢をおっしゃってはいけません。ドレスデンの市民はすでに、明日のパンにも事欠くありさまなのです。国民と、苦楽を共にするのが我々公家の務めではありませんか?」
さっきの男女とは違って至極まともなことを言うのは、おそらくドミニクの妹に当たる公女なのだろう。あんな親からも、ドミニクやこの公女みたいに、まともな頭を持った子が生まれるのだなあ。
もっとも俺たちには大公を謗る権利はないか。なにしろ市民たちが「パンにも事欠いている」のは、間違いなく俺たちのせいだからな。市民の不満をかき立てるため、ドレスデンに向かう荷車と言う荷車を、フライベルクから戻してきた兵力を使って、全部追い返しているわけなんだし。
民衆なんて、あまり賢くない生き物だ。戦火が自分のまわりに及び、親しい者が傷付いたりしない限り、自国の短期的な勝利に快哉を叫び、この馬鹿な戦を始めた君主を、讃えるのだから。だが今は、その戦をきっかけに、彼らの胃袋が空になりかけている。空腹は怒りにつながり、その矛先はもちろん、公家に向いている。こういう状況になれば、政権乗っ取りは民に受け入れられるだろう。まあ、こんなズルいことを考える俺に、やつらの資質をどうこういうことはできないよな。
その時、俺たちの耳に、さらに耳障りな声が響いた。
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