第98話 迷宮攻略は続く

 思わぬ強敵に手間取ったが、早いとこ前に進まないと。だがクリスタがまだ、なんだかごそごそと回廊の土壁を探っている。


「う〜ん、この辺でいいですかっ? いやもっと左です?」


「何してるんだクリスタ? そろそろ先に行くぞ」


「いえっ、あのっ! 司祭さんがですね、このへんに大事なものを隠しているそうでっ! あっ、ここですね! 叩いた音が、うつろに響いてます!」


 そう言うなりアイゼンバウムの木棒を構え、土壁を叩き割ろうとするクリスタを、女の手が静かに押しとどめる。どこから現れたのか全く悟らせぬほど存在感の無いこいつは、間違いなくギゼラだ。ギゼラは土壁の隙間を見つけて器用に短剣を差し込み、すっと横にスライドさせる。そこには人間が一人入れるくらいの空間がぽっかりと開いて……一段高い台の上に、銀色の瀟洒なサークレットが置かれていた。


「司祭さん、これなのね……私に、着けて欲しいの?」


 クリスタが誰もいない虚空に向かって話しかけると、そのサークレットを手に取り、碧色の頭に載せる。それは銀色に輝いて……千年を越えてなお光を失わないのだからもちろん純銀製ではなく、おそらく魔銀で造られたものか。余計な装飾はなく、シンプルで繊細で清楚なそれは、まるでクリスタのために誂えられたものであるかのように、ぴったりとその額にフィットしている。


「あのですねっ! これは司祭さんがずっと憧れていた、禁教の女教主様が着けておられたものなんですって。ちょっとだけ、お姿が私に似ておられたんだそうですよ!」


「だから、クリスタに着けていてくれっていうわけか、なかなかの純愛だな。で、その教主さんは、どうなったんだ?」


 朗らかに笑っていたクリスタが、ふっと眼を伏せる。


「禁教を奉ずる者にとって、お決まりの結末です。異端の教えを広めたとして時の王に捕らえられ、火あぶりの刑に処されました。司祭さんが『死霊の王』になろうと志したのは、愛する教主様の復讐を為さんがためなのです」


 しまった、これは、悪いことを聞いてしまったか。望んで司祭の魂を憑依させたクリスタは、ある程度その感情を共有しているはずだ。司祭の心に負った傷をえぐれば、クリスタもまた傷付くのだろう。俺は少しでも彼女の心を労わろうと、その細く白い手を両掌で包み込んだ。だけど、それに応えるように視線を上げたクリスタの表情は、意外にも晴れ晴れと、明るかった。


「ありがとう、ウィルお兄さんは優しいですね。大丈夫です、司祭さんは愛する人のサークレットがもう一度若い娘の髪を飾ることに、純粋な喜びを感じているようですから。こうやって司祭さんの望みをかなえて差し上げれば、魂の浄化にも近づくのですよ……さすがに復讐のお手伝いは、できませんけどねっ!」


 最後は、いつもの元気なクリスタ節に戻ったらしい。俺は安心して再出発を告げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その回廊の終わりに、二階層への登り階段があった。すでに時間は夜にさしかかっている。攻略するなら急がないと。


 二階層は複雑な構造で、中央に進もうとしても何度も行ったり来たりさせられる、まるで迷路だ。これも侵入者に時間をかけさせ、信徒を逃がすための仕掛けだったのだろう。


 そして地下の集団墓地から、おびただしい数のゾンビが、わらわらと溢れ出してくる。


「これを片付けるのには、結構時間がかかりそうだなあ」


「うふっ、ここは私に、任せてくださいっ!」


 おいクリスタ、また浄化の詠唱で「二分待ってね」って言うんじゃないだろうな。あれは持ちこたえるのが結構大変なんだけど……そんなことを考える俺を尻目に、彼女はすうっと自然に先頭に立ち、ゾンビの群れに向け、左手をかざした。


「我が眷属よ……道を空けなさいっ!」


 その決然としたアルトの響きに打たれたかのように、ゾンビたちがびくりとそのミイラ化した身体を震わせたかと思うと、眼前のフロアを埋め尽くしていたゾンビの海がさあっと割れて左右に分かれ、一斉にひざまずき頭を垂れた。


「クリスタ、こ、これは……」


「はい、先程お迎えした、アンデッド司祭さんのおかげですね! 何と言っても今の私は『死霊の王』を胸に宿しているのです。私の言うことなら、何でも聞いてくれますよっ!」


 まじか。ルーフェの聖職者でありながら死霊使いなんて器用な奴は、歴史上間違いなく、クリスタが初めてなんじゃないか。


「まさか、このゾンビどもを引き連れて、ドレスデンの街に攻め込もうなんて、言わないよな?」


「あはっ、そういう手は、確かに有効ですね! だけど、それはやめておきましょう。そんな手段で街を乗っ取ったら、これから権力を握るドミニクさんの正統性が、疑われてしまいますからね! この方々には、このままねぐらに帰って、安らかに眠って下さいってお願いするのがよろしいかとっ!」


 そうだな、それが健康な考えだ。俺たちは両側にひしめくゾンビにびくびくしながら、いよいよ近づいてきた宮殿を目指すのだった。

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