第97話 包んであげます
「第一の方法じゃあこいつが復活する懸念が、何かといろいろあるってことよね。じゃあ、クリスタの言う『第二の方法』ってのを教えて?」
エルザが、ぐっと身を乗り出す。
「はい、今回はこっちの方が、良い策なのではないかと思います。それは、彼の魂を、私の中に受け入れ、共に生きていくことです」
「何だと!」
俺は思わず大声を上げてしまう。
「そんなことをして、大丈夫なのか? クリスタ自身が、この司祭に乗っ取られる危険も、あるんじゃないのか?」
「ええ、もちろん可能性はありますねっ! ですが、意識を乗っ取られずに、彼の魂を私が長期間抱いていてあげることができれば、本当の『浄化』が可能なのです。魂を無理やり封じるのではなく、恨みや憎しみから、優しく解放して差し上げるのですよっ!」
「だが、クリスタに危険がおよぶのはダメだ。もしクリスタが、クリスタじゃなくなってしまったら、俺はどうにかなってしまいそうだ」
「うふっ、アツい告白ですね、とっても嬉しいですよっ! でも、今回は私に、挑戦させてくれませんか? 私はこの方の魂を、楽にして差し上げたいのです」
ああクリスタ、こんな化け物にも、無償の愛を注いでしまうのか。聖職者としては立派だと思うけど、なんでそこまでして、こいつの魂を救うことにこだわるんだ。
「この方たちが帰依していた禁教は、決しておかしなカルトではありませんでした。信徒一人一人がモラルを持って労働にいそしみ、家族を愛し、隣人を助ける……そういう真っ当な教えだったのですよ。ですが、王を神以上に尊い存在として崇めることを拒んだため、当時の君主とは相容れず迫害されたのです。この方も、迫害が特に厳しくなるまでは、真面目で穏やかな宗教者だったのでしょう。ですが地下に追いやられ、やがて追い詰められて禁断の業に手を出した。そして自分たちを追いやった地上の人間たちに復讐する怨念に、もう千年余りにわたって取り憑かれているのです」
クリスタのアルトが、重く沈む。彼女も宗教者として、かつて徹底的に迫害されて滅ぼされた禁教のことは、つぶさに学んでいたのだろう。未だにその恨みに衝き動かされているこの司祭に、共感とは言わないまでも同情を催すことは、自然なことだ。
「だが……」
俺はイヤだ。ある日突然、クリスタが人間社会を敵に回して俺を拒否するかも知れないなんて、考えたくもない。たとえ代わりに国が滅びたって、クリスタを手放したくないんだ。
「大丈夫です。私が人を愛する心を失わない限り、この方に乗っ取られることはありません。近しい人と暮らして幸せを感じている間は、私は私でいられますから」
なあクリスタ、その「近しい人」ってのは、俺のことでいいんだよな。たった今君は俺に、自分をずっと幸せにしてくれるのかって、重たい命題を突き付けているんだな。ここでクリスタの勝利を疑うってことは、俺がクリスタを幸せにできる自信がないんだろうって、言ってるんだよな。
「そうか、それならクリスタを信じる。君の思う通りにしてくれ」
「お兄さんならそう言ってくれると思ってました……嬉しいですっ! では司祭様、このままどこかに埋められて封印されることを選びますか、それとも私の中に住み着いて、私の精神と身体を奪い取れる可能性に、賭けますか?」
(むっ……もちろん、封印されるよりは汝と魂の強さを競う方が、我にとっては良いことであろう。だが、我の魂力は強いぞ。それに信徒たち数百余の力も背負っているのだ……汝のような小娘に、耐えられるのか?)
クリスタの中で戦う方がいいって判断していながら、彼女の覚悟を確かめるようなことを言うこのアンデッド司祭は、根底にお人好しの要素を持っているのかもしれない。それとも、すでにクリスタの手管に、ほだされているのか。
「ええ、耐えて見せます。だって、私も一人では、ないのですもの」
そう答えたクリスタが、翡翠の瞳を真っすぐに俺に向ける。ここで視線を逸らしたら、男がすたるってもんだよな、俺もクリスタと視線を合わせ、すこし口許を緩めて見せる。クリスタがその大きな眼を細めて、へにゃりと微笑んだ。
(うむ……承知した、汝に従おう。だが、手加減はせぬぞ……その心に人間への憎しみが芽生えるとき、我はそれを育て、汝の精神に根を張り、やがて引き裂くであろうぞ)
「はい、覚悟しておきます……どうぞ」
そう宣言するなり、クリスタは眼を閉じて少し斜め上を向いて、両腕を柔らかく広げる。アンデッド司祭の身体を包む暗赤色のオーラが、ゆっくりとその触手を伸ばすかのようにクリスタに近づき、その薄い胸に染み込んでいって……やがて消えた。クリスタの両手が、自分の胸を抱く。
「大事にしますから、安心してくださいね」
そうつぶやいて柔らかく微笑む彼女は、いつものクリスタと少し違って大人っぽく、まるで慈母のようにも見える。
「ク、クリスタ、大丈夫……なのか?」
「もちろんですっ! 大丈夫だって自信がなかったら、こんなことは致しませんっ!」
ああ、いつもの弾ける笑顔と、弾むアルト。やっぱりクリスタは、こうじゃないとな。
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