第96話 このラスボス、どうすれば?

「どういうことなの、クリスタ? 倒すなって?」


「あとで説明します! 戦闘能力だけは奪って、だけどとどめを刺してはいけません!」


「う〜ん、信じるしかないか!」


 直情径行だがスパッと即断できるのが、エルザの長所だ。さっきから少しづつ削っていた左脚に最後の一撃を与え、それを両断する。バランスを失って倒れかかったアンデッド司祭の首を狙うのではなく、手首に強烈な斬撃を送り込んでその右手ごと聖杖をもぎ取り、広間の隅へ向かって蹴飛ばした。


(ぐおおおおっ!)


「まだこっちが残ってるわね、いただくわよ!」


 言葉と共に全力で振り下ろされた宝剣が、司祭の左腕を肘から斬り落とす。


(何故、とどめを為さぬのだ? もはや容易いことであろう?)


 ここにきても何か揶揄するようなアンデッド司祭。クリスタはするなと言ったが、俺にもその意味はわからない。


「さあ、あとは好きに料理できるわよ。どうすれば良い?」


「この司祭さんは、殺すことも浄化で滅ぼすことも、出来ません」


 クリスタの表情は、硬い。


「どういうことなの?」


「この方はかつて禁教で高位聖職者としてさまざまな経験をして……教会風に言えば徳を積んだとでもいうのでしょうか。かなりの法力をもっていたようですね。そして、千年ちょっと前に、禁教に対する大迫害があったその時、数百人の信徒を語らって集団自殺をさせたのです。信徒たちには、みんなで神の国に行くためと偽って……その実は、自らを『死霊の王』にするための、邪神に捧げる生贄であったわけですが」


(小娘、なぜそのようなことを……)


 クリスタに隠された真実を暴かれた司祭の念話に、焦りのニュアンスが混じる。


「あら、私も聖職者ですのよ。かつて迫害された禁教についても、学んでいます。そして、私が属するルーフェの高位聖職者には、特殊な能力があるのです」


「うそっ、まさかアンデッドの頭の中まで、読めたというの?」


 エルザが驚いて確認すれば、クリスタがゆっくりとうなずきを返す。


 これは……俺もびっくりだ。いまや王族として教会の機密に触れる立場であるエルザがあんな顔をしているのだ、死せる者の思念を読み取るなんてことは、おそらくルーフェ教会でも当たり前の能力ではないのだろう。何かと規格外のクリスタだが、ものすごい隠し玉を持っていやがった。


「そして、貴方の記憶を探り取って、わかりましたの。『死霊の王』の恩恵は、そのように身体を大きく強くすること、魔術や法術の威力を増すことだけではありません。それは、もし己の肉体を滅ぼすものあらば、その者に憑依してアンデッド化し意のままに操り、相手の持つ力も我が物とするという、恐るべき能力です」


(くっ、そこまで知るとは……)


「実際この方の肉体は、百数十年前に冒険者としてこの地下教会に踏み込んできた、神官戦士のもののようですね。勇敢に挑んで倒したのはよかったけれど、結局己の身体を、乗っ取られたのでしょう。ですから、この哀れな者の身体を、滅ぼしてはならないのです」


 クリスタの言っていることが本当なら……いやアンデッド司祭の反応を見れば本当なのだろう、恐るべき能力だ。さっきエルザが調子に乗って奴の頭をカチ割っていたら、かつて愛した幼馴染の彼女が今頃、宝剣を佩いた無敵のアンデッド剣士になっていたということだ。思わず背中が寒くなる。


(気付かれたか。だがそれがわかったところで、我が「死霊の王」の恩恵をどうすることもできまい。この力ある限り、我は死なぬのだ)


「うっ……どうすればいいの?」


「大丈夫ですよ、エルザお姉様。私は二つの解決法を知っていますからっ!」


「解決法が、あるのか? 俺にもひとつアイデアがあるのだが」


 そう、この話を聞いて思いついたことがあるんだ。


「こいつを倒さなければ、誰も憑依されることはないんだろ? だったらこいつの両腕と両脚を全部エルザに切り飛ばしてもらってから、地面に穴を掘って埋めてしまえばいい。滅ぼすことはできなくても、悪さが出来なければいいんだからな」


(くっ……この若造が……)


 奴の反応を見たたけで、俺の案が有効な策だってことはわかる。クリスタに視線を回せば、彼女も大きくうなずいているんだ。


「ええ、さすがはウィルお兄さんですねっ! 私の持っている第一の案は、まさにお兄さんの言った通り、動けないようにしてどこかに封印してしまうことです。おそらく十年やそこらは、大丈夫なはずです」


「たった、十年なのか?」


「心配しすぎかもしれませんが……この司祭さんはどうやら、強力な死霊使いの才能を持っているようですので、単純にこの辺に埋めただけだと、ゾンビさんが集まって掘り出してしまう可能性がありますから」


 アンデッド司祭の虚ろな眼窩の奥が、わずかに光る。どうやらクリスタの推量は、奴の痛いところをついたようだ。


「例えばドレスデンの宮殿内に埋めて、兵士たちに常に警邏させるのではどうだろうか?」


「ええドミニク様、それはドレスデンの統治が盤石なときであれば有効でしょう。ですが貴女はこれから革命を起こす身、そして事なった後も、暫くは不安定な治世が続くのではないでしょうか。貴方に反発する者が地下に大切に埋められた『これ』に眼をつけることは、十分予想されますよ?」


「む……確かにそうだ。まだ私には、自分を信じてくれと言えるだけの、力がない」


 受け取り方によってはドミニクの統治能力を疑うようなクリスタの言葉だが、彼女は素直に受け止め、小さくうなずく。この女、なかなか懐が深い……エルザとはタイプが違う、いい君主になるかも知れないな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る