第95話 戦の歌
「千年も修行されたと聞いて、すっごい術を見せて頂けるんじゃないかと期待していましたが……どうも買いかぶりだったようですね、では『小娘』の力をご覧頂きましょうっ!」
挑発するようなそんな言葉の後、クリスタが大きく息を吸い込み、両掌をその薄い胸に重ねる。そして紡ぎ出されるのは、素晴らしい声量の、落ち着いた、深いアルト。
『さあ、起ち上がるのだ、いと強きもののふたちよ
汝らのいさおしを、余すことなく示すがよい
愛する女を、そして稚き子供を、その手で守るのだ
神は汝らの勇気を讃えたもう…………』
おもわず聞きほれてしまう、その美声と独特の旋律。そして胸の奥から、己の力に対する自信と勝利への確信が、ふつふつと湧いてくる。もしやこれは、都市伝説となっている「戦の歌」……戦いに赴く者から恐怖や怯懦を除き、その戦闘力を倍増させるという、あれか。
「おおっ、戦うぞ!」
「なんか勇気が湧いてきたぜ!」
「そういや、なんであんな老人のうめきに、俺達反応していたんだろ?」
床にうずくまって頭を抱えていた兵士たちが次々と立ち上がり、アンデッド聖職者に立ち向かっていく。
「私まで影響を受けていたみたいね、不覚としか言いようがないけど……クリスタ、ありがとう。じゃあいくわよ! ウィル、バフお願い!」
戦意を取り戻したエルザに、俺は「神速」「剛力」「堅固」を立て続けに付与していく。相手がクリスタならこの後武器に「電撃」を掛けるところだけれど、「エッシェンバッハの宝剣」の内包する魔力に、電撃はかえって邪魔になるだろうし、やめておこう。
クリスタに視線をやれば、きゅっと口角をあげて、大きな翡翠の瞳をくりくりさせている。これはいつもの「ほめてほめて!」的なあれか。その碧い髪をわしゃわしゃしてやりたいけど、今は敵前だ。小さく親指を立てて賞賛の意を送ると、彼女は嬉しそうに破顔する。
(この、小娘……我が力を跳ね返すとは。しかしこのような業は我が神にとっては児戯に等しきもの、千年余の時を経て取り戻した我が力、見せてくれよう。汝らを倒し、いまこそ地上にいる愚かな人間たちに、報いをくれてやるべき刻ぞ)
不思議な声とともに、聖職者ゾンビの全身にまとう暗赤色のオーラが、一層輝きを増す。その手に持つ巨大な聖杖をひと振りすればそのオーラがビームのように放射され、その先にいる兵士二人ばかりが、吹き飛ばされる。
「好き勝手に、やらせるものですか!」
飛び込んだエルザが、アンデッド司祭の足に強烈な斬撃を送り、その半ばを切り裂く。司祭が怒りの咆哮とともにその聖杖を彼女に振り下ろし、エルザが「エッシェンバッハの宝剣」で受け止める。アンデッドの暗赤色オーラと宝剣の紅いオーラがぶつかり合って、まばゆい火花を散らしている。巨体を活かして上から振り下ろす方が有利であるはずだが、エルザは俺の最高出力で掛けた「剛力」の恩恵を受けて、一歩たりとも下がらない。
(人の子とは思えぬ剛力……そうか、汝の術か!)
司祭が一旦引いた聖杖が、不意に俺の方に向けられ、不気味なオーラが真っ直ぐ飛んでくる。エルザやクリスタへのバフを優先していた俺は無防備……これは、やばいか。
思わず身を縮めた瞬間、俺の前に碧色した仔犬みたいなものが飛び込んできたかと思うと、暗赤色のオーラは霧散した。
「クリスタっ!」
「くっ、大丈夫ですっ! この手の攻撃は聖職者たるもの何ということは……と言いたいところですが、さすがにこれは、痛いですねっ」
いつものおどけた口調は崩さないけど、その表情には余裕がない。我慢強いクリスタがこんな顔をするんだ、相当なダメージがあったのだろう。
くそっ、俺は何をやっているんだ。クリスタを守りたいって思っているのに、いつだって逆に、クリスタが俺を救ってくれている。だが今はうじうじ悩んでいるときじゃない、奴を倒さないと。
「ウィルに手を出したわね! 許さないわ!」
だけどなぜだかそこで闘争心に火が付いたのは、エルザだった。俺のバフで倍増した速度と力で、敵の左足を徹底的に、何度も削る。敵も反撃せんとするが、反対側からブルーノが斬りつけて妨害する。気が付けばアンデッド司祭の背中に、投擲タイプの短剣が何本も突き刺さっているのは、おそらく気配を消した、ギゼラの仕業だろう。
アンデッドといえど支える脚を役立たずにしてしまえば、攻撃力は大きく減殺される。そして敵に膝をつかせれば、エルザの跳躍力と宝剣の力で、弱点の頭を潰すことができるのだ。お供のザコ聖職者ゾンビも、兵士たちに次々と討ち取られているわけで……俺たちは確実に、勝利に近づいているように見えた。
(愚かな……物理的に我を破壊したとて、汝らは勝てぬ。それがわからぬか?)
劣勢に立ってなお余裕を見せるアンデッド聖職者の念話に、俺は違和感を覚える。どういうことだ? 本体を潰しても、こいつは死なないってことなのか? 悩む俺の耳に、クリスタの声……珍しく余裕を失った彼女の声が響いた。
「エルザお姉様、それを倒してはいけません! 倒したらお姉様が乗っ取られます!」
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