第92話 地下教会(3)
三階層を隅々まで探索し、街の中心に近づいたことは近づいたけど、宮殿まではまだ距離がある。結局俺たちは、そろそろ疲れ始めた身体と精神を引きずって、四階層に降り立った。いつになったら上に向かうことができるのだろう。
「降りれば降りるほどアンデッドが強くなるわね。クリスタ、兵士たちの武器にもう一度祝福をお願いね」
「はいっ、エルザお姉様、お任せをっ!」
「嬢ちゃんの法術のお陰で、この階も安泰でござるな」
だが、クサヴァーの言葉がフラグを立ててしまったのだろうか、俺たちは思わぬ苦戦をすることになった。魔法を使う敵が、複数体現れたからだ。魔法防御が張れる術者は俺だけ……あれよあれよと言う間に兵士が二人ばかり火炎魔法に焼かれ、戦闘不能に陥った。
「仕方ないわっ、ウィル、あれお願い!」
「くっ……沈黙せよ!」
その瞬間、宙を舞っていた火球がすっと消え、魔法杖を構えたアンデッドが戸惑ったような仕草を見せる。
そこを見逃すエルザではなかった。カモシカが跳ねるような勢いでアンデッドの群れに突っ込むと、「エッシェンバッハの宝剣」を自在に振るう。その動きはまるで野生の豹のようにしなやかで、速く、それでいて狡猾だ。剣先からほとばしる紅色のオーラが滑らかだが複雑な軌跡を描く様子に思わず見惚れている間に、二十数体ほどの敵は、全て両断されていた。かつて俺がこよなく愛した紅い瞳が、薄明かりの中で妖しく輝く。
「ふう、この戦い方、懐かしいわ」
そうだ。エルザと俺の二人だった頃も、フリッツを入れて三人パーティになった後も、面倒な魔法使い戦力と当たる時には、いつもこの「沈黙」でエリア全体の魔法を無力化した後、彼女の物理攻撃でゴリ押しする戦い方をやって来たんだ。この魔法が作用した空間では当然俺の掛けたバフも無効になるけれど、純粋な剣術や身体能力でエルザに敵う者なんて、そうそういないからな。
そんなわけで、四階層はひたすらの力押しツアーになった。多少の負傷者は出るけれど、もはや後には退けない。エルザと、ブルーノの部下である軍人たちを前に立て、俺の「沈黙」で魔法を封じながら、次々湧いてくるアンデッドどもを斬って斬って斬りまくる。
疲れて前線から下がって来た兵には、クリスタがすっと近づいて行く。彼女が顔を寄せて静かに何か唱えると、苦しげに肩を上下していた兵が途端にシャッキリしてしまうのには、毎度ながら感心する。すぐにも前線に戻ろうとする兵をクリスタが優しく押しとどめる……そうだ、クリスタのあれは「疲れが取れたような気がする」だけの、精神操作だからな。普通の魔法とはメカニズムが全く違うものらしく、「沈黙」の影響を、まったく受けていないのが、俺たちにとってありがたい。
「この階層では、かなり市街中心地に近づけたと思うが……どうだドロテーア?」
「間違いないわね。ターゲットまであと八百エレほどかしら」
「よし、ブルーノ殿、多少辛くなってきただろうが、押し切るぞ」
「任せてもらおう。今度の任務は魔法使いに頼り過ぎだからな。部下に楽をさせてやるつもりはないぞ! わかったな、お前ら!」
「了解!」
いかにも軍人らしいスパッと割り切ったやり取りが響く。俺には縁のない世界だったけど、こういう時は頼もしいよな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
宮殿まで直線距離でおよそ二百エレ。中心部に近いところまで侵攻した俺たちの目の前に、上層に向かう階段が不意に現れた。
「これ以上下層はないようだし、私たちの目指すのはあくまで地上の宮殿よね。だったら、ここを上るべきじゃないかしら」
エルザの言うことは、ごく真っ当だ。俺も上る以外の選択肢はないと思っている。だが、冒険者として養った俺の勘が、この先にヤバいものがありそうだと告げている。
「ウィルって、そういうとこ昔から鋭かったわよね。だけど、ほかに道はないとすれば、押し通るしかないでしょ?」
「その通りだ。進むしかないのは、わかってる。だけど出来うる限り慎重に行きたいんだ。俺たちは、ただでさえ寡兵なのだから」
「そうね、細かいやり方は任せるわ!」
また丸投げが出やがった。まあ、勝手に突撃されるよりましか。
鳥籠を持った二人組の斥候を送って、階段の上を確認させる。意外なことにそこには、敵がいないらしい。全員で三階層に上がって、こわごわ慎重に進んでいくけど、これまで嫌というほどぶつかってきた敵に、まったく出会わないんだ。
「拍子抜けね。ウィルの勘も、たまには外れることがあるのかしら」
「うん、そうだったらいいんだけど……イヤな感じは、どんどん大きくなって来ているんだ。警戒は緩めずに行きたい」
「そっか、ウィルがそう言うんだったら、私は信じるわ」
付き合っていた頃には何回も耳にしていたそんな言葉に嬉しくなってしまう俺は、チョロい男なんだろう。
抵抗のないまま一本道を進んだ俺たちの前に、大きな……宮殿か教会にでも行かないとお目にかかれないほど大きい、重厚な装飾を施した扉があった。
俺の悪い予感は、どうやら当たってしまいそうだ。
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