第91話 地下教会(2)

「相手が千年前の死骸で助かったわ。新しいアンデッドは、宝剣が汚れちゃうからね」


 もう十数体目かのゾンビをさくっと斬り捨てたエルザが、小さいため息をつく。


 実は俺も、似たようなことを考えていた。新しい死骸から出来たアンデッドは、あちこち腐ったり崩れたりしてベチョベチョ感があるから、自分の剣で斬ることには、心理的な抵抗があるんだよな。その点ここの死骸たちは、千年も経っているからもうすでにパサパサのミイラ状態、そういう気持ち悪さを感じないで、ずばっといける。


「ここの敵程度であれば、我が部下たちで何とでもなります故、お任せを」


「……仕方ないわね、譲るわ」


 ブルーノに下がるよう促され、不服顔ながら従うエルザ。確かにこんな雑魚相手に宝剣と妃将軍を繰り出したんじゃ、それこそオーバーキルってもんだろう。ボス級の奴が出てくるまで、エルザには体力を温存しておいてもらわないとな。代わって前に出た特殊部隊の連中も、危なげなく動く死骸どもを倒している……これなら俺の魔力も、しばらく温存できそうだ。


 しかし、進めど進めど、目指す市街中心地にはまったく近づかない。下層に降りる階段は何箇所かあったものの、それ以外はずっと一本道……そして歩くこと五時間、俺たちは最初に左を選んだ分岐点の、右側から出てくることになった。


「これって、ぐるっと一周まわって戻ってきたって言うことなの?」


「そうらしいな」


 クリスタたちの描いたマップも、やや歪んではいるが円を描いて出発地に戻ったことを示している。


「じゃ、中心部に行くためには……」


「下層に降りるしかないようだな」


 よく考えればここは禁教の施設、簡単に外敵が入れるような単純な造りにしていないのは当然だが、これはなかなか厄介だ。短気なエルザはもう眉をひん曲げているが、仕方ない。俺たちは一旦食事をとり、態勢を整えてから下層に向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 地下二階になると、アンデッドが明らかに強くなった。


 もちろん大半は弱いゾンビなのだが、そこに帯剣した奴、槍や盾で武装した奴らなんかが混じるようになって来たんだ。特殊部隊の連中なら十分倒せる相手だが、何しろ数が多い。俺たちはたかだか数十名の部隊、けが人を出したら大変だ。クリスタの「鎮静の詞」と俺の「神速」バフで後押ししてなんとか乗り切ったが、宮殿にはそれほど近づけず、結局もう一つ下層への階段を下りる羽目になった。


 そして三階層になると、いよいよ普通の武器では斬れない亡霊や悪霊の類が出てきた。そうなるともはや魔法付与系の剣を持った数人の兵を壁に立てるしかなく、戦いはぐっと苦しくなる。さっきまで休むことができていたエルザも、再びフル回転。クリスタもアイゼンバウムの棒を構え、最前線に立つ。細い身体で木棒を自在に振り回す姿は凛々しくも可憐だが、俺は心配だ。


「なあクリスタ、ルーフェの聖職者は悪霊の『浄化』術が出来るって聞いているぞ。杖で殴るより、そっちのほうが効くんじゃないのか?」


「よくご存じですねっ! 確かにこういう時『浄化』は有効ですっ!」


「だったら……」


「それがですね、私は優秀な司祭ではあるのですがっ、その才能が偏っておりまして! 浄化は苦手なのですよっ!」


 法術を付与した木棒で二体ほどの死霊を散らしながら答えるクリスタ。なるほど、彼女の能力は精神操作に特化しているというわけか。


「浄化術の威力にはかなり自信があるのですが、詠唱するのがやたらと遅くてですね! なのでこうやって杖に法術を付与して戦うほうが、効率的なのですよっ」


「だったら、気持ちよく殴ってないですぐ下がるんだ。兵士たちの武器に法術を掛けることに専念してくれ」


 クリスタは俺の指示にぷうっと頬を膨らませながらも、素直に前線を譲って、ノーマル武器持ちの兵たちに法術を掛けていく。歓喜の声を上げた兵は、前線に走り出て疲労の色濃い前衛と交代していく。やがてエルザも暴れ足りたのか、下がってくる。


「ありがとうクリスタ、おかげで休めるわ。最初からこうしてもらえば良かったわね」


「確かに、そうなのですが……お役に立つところをウィルお兄さんに見せたかったのですっ!」


 そんな理由だったのかよと、思わず突っ込みたくなる俺だ。確かに、冒険者稼業に付き合わせていた間は、むしろクリスタが前衛に出て俺たちを守る戦い方が主だったから……ああいうのがチーム……いや俺への貢献だって、刷り込まれちゃったのかも知れない。これは、しっかり言い聞かせないといけないな。


「うん、戦うクリスタの姿は綺麗で、素敵だ。だけど、俺は君……一番大事な人に傷付いて欲しくないんだ。クリスタがいなくなったりしたら、俺の人生がまた色を無くしてしまう。だから今日みたいな時は、できるだけ後方にいて欲しい、いいか?」

 

 なぜだかクリスタがひゅっと息を飲んで、ただでさえ大きな眼を二割増し大きくして俺を見つめる。その頬に、徐々に血色が昇って、紅色に染まる。


「はいっ、クリスタ、絶対に生き延びます! ご安心くださいっ!」


 暗い通路の中でも、翡翠の瞳がキラキラ光っている。またちょっと恥ずかしい誤解を招くような言い方をしてしまったような気がするけど……それでクリスタが特攻しなくなるなら、まあいいか。

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