第90話 地下教会(1)
「確かに、飢餓作戦をいつまでも続ければ市民を苦しめることになるだろう。破れかぶれになった三千の兵がノイエバイエルンに突撃するリスクもないわけじゃない。だから、物流を寸断するのは、あくまで陽動だ。やつらが街道を襲うこっちの軍隊に気を取られている間に、少数の別動隊で片を付けるのが、ベストだと思う」
「別動隊と、いうと?」
「そう、フライベルクでやったことと、同じことをやるんだ」
「地下墓地を通り抜けて、大公の宮殿を直接衝くというのか!」
はたと膝を打つドミニク。フライベルクで禁教の信徒が築いた地下通路を通っての突入作戦がこれ以上ないくらいうまくいっただけに、彼女の表情に希望が満ちる。
「そうだ、ドレスデンには、最大規模の地下墓地と教会がある。だが、フライベルクと違うのは、地下墓地が管理されていないことで、実質迷宮化してしまっているということだ。道も分からぬし、そもそもあちこち崩れているだろう。そして、長年放置されていたことで死骸はアンデッド化しているものもあろうし、新たに住み着いた魔物もいるだろう。実に危険な道さ」
「ぐっ、確かにそうだ……」
「だから別動隊の任務は、迷宮攻略ってことになるのさ、これは冒険者の仕事だよな。メンバーはエルザの特殊部隊、そしてドミニクの部隊から冒険者上がりの者を選別して編成する」
「うむ……私は、ウィル殿の献策に従おう。もちろん私も、攻略部隊に入れてもらえるのであろうな?」
「いや、それは……」
一応反論するものの、結局俺はまた、流されてしまうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、俺達はドレスデン郊外の森にある、禁教の遺跡を窺っていた。
目立つところに教会を建て得なかった禁教の信徒は地下に教会を造営するとともに、一般人が近づかぬ森の中にも、ひっそりと石造りの教会を造ったのだ。そして市街の地下から森の教会まで長い地下通路を引いた。それは礼拝者が密かに通う道であり、いざ支配者が彼らに牙を剥いた時の、脱出路でもあったという。
そんな話が冒険者の間では広く語り継がれている。だが、踏査に赴く冒険者は、非常に少なかった。社会の底辺で暮らす貧しい者が圧倒的多数であった禁教の墓地に高価な副葬品があるわけもなく、アンデッドだらけで危険が多い割に、攻略で得られるリターンは少ないからだ。ドレスデンの大公家にはこの厄介な迷宮を何かに利用するという発想もなく、結果としてこの迷宮は地図もなく整備もされず、ただ入口だけはわかっている、という状況なのだ。
もちろん市街への潜入ルートになり得ることは大公家も理解しているから、遺跡は十数名の兵士が警備にあたっている。まあ、ダミアンたちのデバフと特殊部隊員の弓攻撃で、簡単に全滅させちゃったけどな。いずれここの異常に気付かれるだろうが、今の敵軍はクリストフ率いる「革命軍」が仕掛けた物流遮断作戦への対応で大わらわのはずだ、当面こんな重要性の低いところに注目することはあるまい。
「さあ、地下通路に突っ込むわよ!」
先頭に立つのはエルザだ。こいつに王妃である自覚があるのか百万回突っ込みたいが、何年ぶりかの迷宮探査に、冒険者だった頃の気持ちを思い出して勝手に盛り上がっているんだろうな。ブルーノの部隊メンバーが彼女の左右を守り、その後方に俺とクリスタがつく。ギゼラの気配は感じられないが、そばにはいてくれるはずだ……たぶんだけど。
俺の「魔灯」が放つ青い光を頼りに、一行は地下通路を進む。意外なことに、すでに千年以上昔の遺跡だというのに壁も天井もほとんど崩れておらず、歩くのになんの支障もない。道は途中一回右に大きく曲がったけど、おおむね真っ直ぐだ。
「城壁を越えたのでござる」
ここまでの一本道が最初に分岐するところで、クサヴァーが「探知」を使って市街へ入ったことを告げる。探知に引っかかる人間……市民が急に増えたということなのだろう。クリスタとダミアンたちは大きな紙を広げて、迷路のマッピングを始めている。
「ターゲットは正面方向ね」
ドロテーアの「追跡」が大公の居場所、おそらく宮殿の位置を教えてくれる。今回の術具は、ドミニクが付けていた勲章……かつて盗賊団征伐の功を賞し、珍しく父大公が手ずから着けてくれたものだという。
「道は左右……真っ直ぐは進めないな。エルザ、どっちに行く?」
「もちろん、左よ!」
迷わず答えが返ってくる。そういやエルザは昔から「迷ったら左」だったなあ。ずっと左手を壁に付けて歩いていれば、視界が無い迷宮であっても必ずいつか外に出られるものなんだと、何度も力説されたっけ。
そしていよいよ、敵が出てくる。そのほとんどは、ゾンビ的なあれだ。百年以上使われていた地下墓地だけあって、死骸はいやになるほどある。それがなぜだか仮初の生命を注ぎ込まれて、地下通路を闊歩しているんだ。目的なく歩き回っているようでいて、俺たちの姿を見つけると、わらわらと襲ってくる。侵入者を倒すっていうことだけは、刷り込まれているらしい。
「はぁっ!」
エルザが「エッシェンバッハの宝剣」を一颯すれば、闇の中で紅い軌跡が美しく円弧を描く。それが消えたときには、ゾンビが三体ほど真っ二つになっていた。どう見たって剣先が届いていない敵も斬れている気がするのは、宝剣のご利益なんだろう。
「よしっ、先に進むわよ!」
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