第85話 もげちゃえ?
完全に二人の世界を作っているドミニクたちを背に、俺はクリスタを部屋の隅っこに引っ張り込んで、こっそり尋ねる。
「クリストフに、ドミニクが女だってことを、バラしたんだよな?」
「そうですよっ、おかしな悩みを抱えたまま斬り殺されたんじゃあ、クリストフさんが可哀そうですからねっ!」
「うん? 悩みって何だ?」
「だって、クリストフさんはドミニクさんに惹かれちゃてたわけですからっ。それも、彼女が男性だって思ってるのに、ですよ?」
うん? じゃあ、それっていわゆる、男色というか衆道というか耽美というか倒錯というべきか……まあいわゆるそういうやつだよな? そういやクリストフは、ドミニクに贈る剣飾りに自分の髪を忍ばせたりしてたっけ……ちょっとキモいことする奴と思ってしまったけど、本気で惚れてたってわけか、ドミニクが男だと思い込んでいたのにな。
「彼は恋愛面では完全なストレートだったのです。なのに男性であるドミニク様に惹かれてしまった自分はおかしいのじゃないかって、ずっと悩んでいたんですよっ。なので『大丈夫ですよ、ドミニクさんは素敵な女性、貴方が惹かれるのは当たり前です』って教えてあげたというわけですね。それに、ドミニクさんも満更じゃないって気持ちも、ついでに伝えちゃいましたっ! お陰であっさり落ちてくれたじゃないですか、むふふっ!」
ドヤ顔で薄い胸を張るクリスタ。そういや、ドミニクとそんなやり取りをしてたな。「ドミニク様を応援しますっ!」って言ってたからなあ。彼らにとっては必死で隠したい心の奥を遠慮なく読み取って、それをフルに利用しちゃったってわけだ。まあ結果として、それでドミニクにもクリストフにも、俺やエルザにとってもうまく収まったことは間違いない。クリスタの読心能力には、感謝しないといけないよな。
「うん、まあ、よくやったな」
「うふふっ、褒めてくださいっ」
そんな言葉と共に、クリスタは眼を閉じる。俺はその碧い髪に手を突っ込んで、わしゃわしゃと撫でてやる。クリスタの頬が気持ちよさげに緩んで、口角が少し上がる。ああ、なんかとっても幸せだ。俺たちは敵勢力の真っただ中にいるっていうのに……つい和んでしまう。
「……なんだか、もげちゃえって感じなんだけど」
不意に背後から女の声が響いて、俺は思わず飛び上がる。まったく人の気配など感じていなかったから、なおさらだ。こんなに完璧に存在を消せるのは、言うまでもなく闇夜の黒猫、ギゼラしかいない。
「あの二人は仕方ないけど、あなた達にまでイチャつかれるとね」
いや、イチャついたつもりは、なかったのだが。なんだか気恥ずかしく、俺はさっとクリスタから距離をとる。そのクリスタはギゼラに向かって、なんだかぷうっとむくれて見せている。そんな姿もまた小動物っぽくて可愛いなと、つい笑みを浮かべてしまう俺なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「さてご両人、ドラマチックな愛の告白が成就した上は、キューピッドである私の悪巧みに、協力していただけると思っていいのよね?」
見る者を惹きつけてやまない紅い瞳にいたずらっぽい光を浮かべて、エルザがドミニクたちに声を掛ける。もうちょっとの時間二人だけの感動に浸らせてやればいいのにと思うが、気が短く即断即決を旨とするエルザにしては、これでもかなり我慢した方なのだろう。
「うむ、私はエルザ妃に協力し、この戦を終わらせよう。それがドレスデンのためになる」
一瞬クリストフと視線を絡ませ、はにかむような表情を見せたドミニク。だが次の瞬間には頬を引き締め、凛々しい支配者の顔に戻って、はっきりと宣言する。
「もはや我が忠誠は大公の上にあらず、ドミニクに人生の全てを捧げると誓った。ドミニクの向かうところに、私も常にあるだろう」
あれほど武人の美学にこだわっていたクリストフも、惚れた男……が女だって判った瞬間に、あっさり宗旨変えしやがった。そしてその茶色の眼は、愛する者のために尽くそうという意欲で、活き活きと輝いている。
このお調子者と思わないでもないが、血を流さずドレスデンを乗っ取るというエルザの贅沢なオファーに応えるためには、奴の寝返りは本当にありがたい。いろいろ突っ込みたいけれど、ここは我慢しないといけないところだろう。
「嬉しいわ、ありがとうドミニクさん、クリストフさん。二人が力を貸してくれれば、我々の企みが成就すること疑いないでしょう。じゃあ次は……何すればいいの、ウィル?」
うはっ、もちろんここも俺に丸投げなんだな。まあ、訳の分からん横槍を思い付きでちょこちょこ入れられるより、まるっと任せてもらった方が、配下としてはやりやすいことは間違いない。エルザは平民出身ではあるけれど、人の上に立つ素質ってやつを、生まれつき確実に持っているのだろう。よし、俺は俺の仕事を、やり切るとしよう。
「じゃあ早速だがクリストフ殿……千人隊長を全員、ここに招集して欲しい」
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