第82話 司令部攻略
「かの者に、安らかな眠りを」
眼の前を、歩哨がゆっくりと横切っていく。よく見れば、少し怪しい足取りだ。十エレほど先まで言ったところでフラフラと外壁に近づき、もたれかかったと思うとその場にくずおれる。
「殺したの?」
「いや、ヘルゲの『睡眠』で眠らせただけだ。ブルーノ、クリスタ、後は頼むぞ」
「承知した」「はいっ、お任せをっ!」
軍人部隊がてきぱきと兵士を拘束していく。自由を奪ったところで覚醒させ、寝ぼけた意識にクリスタが例の怖い法術で「何事もなかった」と刷り込んだところで解放する。
結局のところ、敵を殺さずに指揮官のところまで行く方法は、これくらいしか思いつかなかったんだ。幸いなことにうちには「睡眠」のデバフ使いが二人もいる。それ以外の魔法はろくに使えない代わりに、デバフに特化して術を磨き上げている二人が。
「やはり、さすがだな。だが、建物の中ではもっと難しいことをやってもらうぞ、頼む」
「そうっすね、クサヴァーの親父さん次第っすけど」
こうして建物の外側にうろうろしている警備の連中を傷つけることなく、俺たちは全員通用口から広い厨房に静かに侵入する。建屋内にも百人くらいはいるはずで、前途の厳しさにげんなりするが、先に進むしかない。
「よし、クサヴァー、この先の広間を探れ」
「二人おりますな、南南東八エレ半に一名、南東七エレと三分の一に一名」
「さすが親父さん、距離まで細かいっす。それを信じるっすよ!」
そう言って厨房と広間を隔てる壁に向かって呪文を詠唱していた二人が顔を上げると、広間を覗き込んだ特殊部隊員が、ハンドサインで俺たちを手招きする。広間では、敵の兵が二人、床に大の字になって寝くたれていた。
「いやはや、魔法部隊が抱える術者は、実に素晴らしいな……壁越しにデバフを掛けるなど、あの大魔法使いナターナエルくらいしかできぬ業だろう」
ブルーノは感心してくれるけど、これはダミアンたちだけでは出来ない、合作魔法だからなあ。魔力自体は壁を突き抜ける性質があるけれど、見えないところにいる相手にデバフを掛けるには、対象の方向と距離が正確にわかる必要があるわけだ。クサヴァーの「探知」で敵の位置が事細かにわかることで、彼らは視覚に頼らず、かつ魔力を無駄に拡散させることなく、デバフを施せるのだ。もちろん俺のバフがなければ、正確さも強度も足りない……術者は一人のようでも、実際には俺も含めて三人いないと成立しない魔法なんだぜ。
大陸一の魔法使いナターナエルならもちろん一人で同じことができるだろうけど、彼と比べるなんて、おこがましいとしか言えないな。彼は保有する魔力が桁外れだから、広間全体を対象に睡眠の魔法を満たすというはなはだ豪快な方法を、息をするようにやって見せるんだ。他の術者が真似られるものじゃないのさ。
そんな風に、クサヴァーの「探知」で敵の所在を探っては、一部屋一部屋潰していく。眠らせた奴は、みんな縛り上げて一部屋にまとめる。時間はかかるけど、できるだけ殺すなっていうエルザの贅沢な要求を満たす方法は、これしかないからなあ。
「むっ、この部屋には四人おるでござる。隊長、いかがなされまするか?」
「とりあえず二人やろう。エルザ、あとは頼む」
「ようやく出番ね、任せて」
ダミアンとヘルゲが詠唱を完成させると同時に、エルザが部屋に躍り込む。俺のバフで倍増した速度で、まだ起きている二人の敵に肉薄し、剣の腹を使って「殴り」倒す。相変わらず凄い体術だが、エルザは暴れ足りなそうな表情で、息も上がっていない。
「う~む、これほど綺麗に片づけられると、我々の部隊はいらなかったのではないかな」
ブルーノの言いたいことは、わかる。だけどこれからこの館を制圧し続けるためには、彼の部隊が必須なんだよな。ここは我慢してもらおう。
「ねえ兄貴……さすがにもう魔力切れになりそうっす」
ヘルゲの情けない声に、我に返る。そうだ、さっきからもう十数回「睡眠」を使わせている。魔力も切れるだろう……むしろここまでよく頑張った方だ。
「この者に我が力分け与えよ……魔力譲渡」
「うほっ、一気に魔力が戻ったっす!」「あと二十発くらいいけそうっすね!」
これも俺の支援魔法の一つだ。俺の魔力量はダミアンやヘルゲより数倍多い。ちょっと魔力を補充してやるくらいならびくともしないはずなのだが……さすがに二人にフルチャージすると、ごそっと魔力が持っていかれた感じがする。
さすがに少し俺にも、魔力回復が必要だ。ポケットから銅のスキットルを取り出し、中の薬酒を一口含んで、ゆっくりと喉を通す。何十種類ものハーブが漬け込まれた甘くて酒精の強い液体は、最初はとっつきにくいが慣れれば癖になる味だ。これを飲むと魔力の自然回復速度が明らかに上がることを、いろいろ試した末に会得したんだ……もちろん飲み過ぎで酔っ払ったら戦闘どころじゃなくなるから、加減が必要だけどな。
「よし、まだ二階に入ったばかりだ。気を抜かずに行くぞ」
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