第81話 いざ本拠へ

 俺たちは、暗く狭い地下通路を、魔灯の光だけを頼りにひたすら進む。何回か分かれ道があったがエルザは迷いなく行き先を示していく。二十分ほども進んだだろうか、眼の前にまた扉が現れ、エルザがそれを最初に二回、一拍置いて三回ノックすると、向こう側から扉が開けられる。


 その先は、教会の礼拝堂くらいの広さがある空間。まあ、地下だから天井は低いけどな。そこには、先行して街に潜入した特殊部隊のメンバーが待機していた。


「ここは、どういう施設なのですかっ?」


「はるか昔、禁教の信者が築いた地下教会と墓地さ。王からの迫害を逃れて地下で信仰を守ったってことなんだろうな。ノイエバイエルンではこの手の地下施設は軍のものだから、エルザなら使えるはずだと思ってさ」


「そうね、大きな都市にしばしば地下教会があるってのは、冒険者の間では公然の秘密だったからね。まあこの国では戦時に備えてきちんと管理しているから、軍関係者しか入れないんだけど」


 物珍しそうに周囲を見回すクリスタに俺が解説して、エルザがフォローする。


「ふむ、ドレスデンにも大きな地下教会と墓地があるぞ? だが管理されていないから、盗賊や魔物が住みついてたり、埋葬された遺体がアンデッドになっていたりして危険だ。踏み込む奴はほとんどいない。こういうところも含めて、我が国とノイエバイエルンとの地力は違いすぎるのだが……父にはその辺が理解できないのだ。いや、理解したくないだけか」


 自嘲気味にドミニクが発した言葉が、俺のアンテナに引っかかる。確かにドレスデンの地下迷宮は、冒険者の間でも有名な話だった。やっかいだけど攻略するうまみはないから誰も挑まないハズレ迷宮としてな。ひょっとしてそれは、使えるんじゃないか……だが今は、目先の問題に集中しないと。何とかフライベルク次席指揮官のもとに、たどり着くんだ。


「全員揃ったようだな、じゃあ作戦を開始するぞ。まずはドロテーア、ターゲット位置の再確認を頼む」


「お安い御用よ、ここまで近づいたら、どの部屋にいるかまでわかるわ。隊長のバフをもらえば……ね」


 ドロテーアは、何か色っぽく唇をひとなめする。クリスタの視線が、ひやっと冷たさを帯びて……俺は何も悪いことをしていないのに、思わず首をすくめるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 地上にあがった俺たちの眼の前には、重厚な石造り四階建ての洋館。フライベルクで一番の格式を持つホテルは、百年前に建てられた領主の館を何回にもわたってリノベーションした、味わい深い宿だ。もちろん俺は、こんな高いとこに泊まったことなどないが。


「四階の真ん中に貴賓室があるわ。そこが怪しいんじゃないの?」


「いいえ、ターゲットは三階にいるようです。三階の左から四番目の部屋……まだ動きがあるので、夜の執務中かと」


 一番偉い奴は一番いい部屋にいる、というエルザの単純発想を、ドロテーアが「追跡」魔法でずばっと否定する。ここまで近づけば目標人物が座っているか歩き回っているかまで知ることができるらしい……ここまで出来る奴がいるとは俺も驚く。ヘルゲも言っていたがこの女、軍になんか雇われているより、占い師や探偵でも開業した方が、儲かるんじゃないかな。


「ドミニクの帰還を信じて待っている、ということなのだろう。公式には戦死通知が出ているけどな」


「クリストフは、私が拉致されていることをもちろん知っている。布告は仕方なく出したものの、望みを持ってくれているのだろう」


 その口調は相変わらず青年っぽいものだが、次席指揮官の名を口にする時だけ、ドミニクの表情が女に見える。そう感じるのは俺だけなのかとクリスタの方に眼をやれば、いたずらっぽく口角を上げて、片目をつぶっている。ああ、やっぱり……クリスタが「ドミニク様に協力致しますっ!」って言ってたの、そういうことなのか。


 だけど、クリストフって奴はドミニクが女だって知らないわけだよな、どうするつもりなんだろう? ま、隣国の色事なんて、俺には関係ないや。


「よし、じゃあこのホテルを制圧するぞ。配置されている兵力はわかるか?」


「もちろんでござる。この建物周辺に、百三十二名居りますな。就寝している者を除いて……百人くらいは黙らせる必要があるようでござる」


 俺のバフがかかっているとはいえ、恐るべき正確さでクサヴァーが答えを即返してくる。


「黙らせる……というと、やはりそれだけの兵を、殺すのだな」


 ドミニクがその秀麗な眉を寄せる。


「いや、俺たちの目的は、あんたを旗印に駐留軍を乗っ取ることだ。そんなに血を流したら、兵士どもは言うことを聞いてくれないだろうからなあ。殺さないとは言えないが、何とか最小限にしたいよな」


「そのような都合のいいことが出来るのか? どうやって?」


 ドミニクの眼に浮かんでいるのは強い疑いの色だが、そこにかすかな期待が見え隠れしている。


「まあ、俺たちの魔法部隊は、実に優秀だからな」


 そう言いながらダミアンとヘルゲの方に視線を向けると、珍しく二人が拳など握りしめて入れ込んでいる。


「任せて欲しいっす、兄貴!」

「俺たち、こんなに期待されたこと、無かったっすからね、頑張るっす!」


 いや、まあ……ほどほどにな。

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