第79話 執着の剣飾り

 ドミニクの語るところによると、フライベルクに駐留するドレスデン軍は、兵力五千のうち五百ほどが城壁の中を押さえ、残り四千五百ほどが城外に宿営しているという。そりゃそうだよな、いきなり五千もの兵が人口一万やそこらの街に全員入ったら、大混乱するだろうからな。これから永続的にその街を占領統治していくつもりなら、住民を敵に回す乱暴な宿舎徴発なんかできないから、主力は郊外に宿営地を築くしかないはずだ。


 だけど、敵軍がこうして二つに分かれていることで、肝心のターゲット……次席指揮官がどこにいるのか、判りにくくなっていることも事実だ。ここを正確につかまないと、そもそも拘束作戦を始めることができない。そうなるとやはりここは、ドロテーアの「追跡」魔法に頼るしかないだろう。


「ドロテーア、この手掛かりで『追跡』できるか?」


 魔法で「追跡」するには、ターゲットにまつわる物品を術具として用いる必要がある。ドミニクを探した時の術具は、唾液のついたカップだった。こんな風に身体や体液の一部があると「追跡」しやすいのだが……ドミニクから提供されたのは、彼女自身の剣だった。


「柄に付けた房飾りが、彼……クリストフと交換したものなのだ。手掛かりになりにくいもので申し訳ないが……私に用意できるのはこれくらいしかなくてな」


 済まなそうな顔をするドミニクだが、これは致し方ないことだろう。何せいきなり一方的に拉致されてきた身なのだ。むしろ薄いながらも手掛かりを持っていたことを幸いと思うしかない。


 だが、その房飾りに触れたドロテーアは、その白い頬を嬉し気に緩めた。


「いえ、ドミニク殿下。ありがとうございます、これは術具として最高のものですよ」


「どうして?」


「ほら、ここを見てください」


 彼女が指差すのは茶色の糸が綺麗に束ねられた房の、端っこの部分。指揮官の持ち物としては地味な色使いだが、よく見ると普通の糸にまぎれて、明らかに艶の違う糸が数本確認できる。


「この変な糸のことか、ドロテーア?」


「そうです、もっともこれは『糸』じゃありませんが」


「あっ……」


 ドミニクが何かに気づいたように声を上げ、少しうろたえたような風情でその頬を染める。


「どうしたのだ、ドミニク殿?」


「いや、あ、その……クリストフの髪が、ちょうどその色なのだ……」


「ええっ?」「まあっ!」「それって……」


 親友と剣飾りを交換することは、貴族の子弟同士では、よくあることなのだという。だが、そこに自分の毛髪を忍ばせるという行為には、もちろん深い意味があるだろう。


「そうか、軍の中には衆道を嗜むものもいると言うが……そのクリストフって言う次席指揮官は、そういう奴なのかな?」


 ドミニクが女だってことは、ごく上層部のトップシークレットであるはずだ。ドミニクが男だと認識してなおそういう真似をするってことは、ストレートの俺には理解し難いが、やはりそういう趣味だってことなのか。


「いや、あ……彼の嗜好を全て理解しているわけではないのだが。意外だ……彼は娼館にも出入りしていたはずなのだがなあ」


「両刀ってやつだな」


 一人意味が分からず不思議そうな顔をしているクリスタの耳にエルザが何やらささやくと、その頬がボンと深紅に染まる。おいエルザ、変な知識ばかり与えるのをやめろ。クリスタを腐女子の道に進ませる気はないからな。俺は慌てて、話を本題に戻す。


「まあ、相手が男好きでも女好きでもそんなことは構わん。髪が手に入ったってことは、かなり正確にそいつの行動を『追跡』出来るってことだな、ドロテーア?」


「お任せください、ウィル隊長のバフを頂ければ、確実に」


 そう言いながらぺろっと唇を舐めるこの魔女は、かなり俺の魔力バフがお気に入りらしいが……


「よし……この者の秘めたる力解き放て……昂魔」


「あふっ、うぅん……」


 おいこら、強化魔法をかけるたびに色っぽい声を出すのだけはやめてくれ。クリスタの教育に、悪すぎるから。ほら、翡翠の視線が、一気に冷たくなってしまったじゃないか。


「やっぱりお兄さんは、大人の女性とそういうことがしたいんですね……」


 いや、誤解なんだけど……


◇◇◇◇◇◇◇◇


 フライベルク市を描いた白地図の上を、ドロテーアの羽根ペンが踊る。ちょっとむくれていたクリスタも気を取り直して、鉛筆でその軌跡を追っている。


「うん、これは実に、便利なものだな」


「浮気調査専門の探偵でも開業したら、儲かると思うっす」


 浮気……というワードが出たところで、思わずエルザに眼をやってしまう俺。だけどエルザは、眉も動かしていない。こういうところのメンタルは強いんだよなあ。その綺麗で長い指が、地図の一点を指す。


「ここを基点に動いているようね。この建物は……」


「ここは、街一番のホテルだな。我が軍が接収して、市街に駐留する部隊の本陣にしていたのだ。クリストフはおそらく、日夜そこに詰めているのだろうな」


 そうだろうな。最高指揮官不在が判明したら、街の連中が反抗を始めるかも知れない。情報が流れる前に、市の有力者を押さえるのため、必死に動いているのだろう。


「よし、相手の行動はわかった。乗り込む策を立てるとするか」


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