第78話 ドミニクの想い

「こういう時は、足下から焚き付けて徐々に崩していくか、一発で一番上を押さえるか、どっちかなんだ」


「そうね」「よくわかるぞ。それで貴殿はどうしようとしているのか?」


 気の短いエルザのために、俺はあえてざっくりした二つの構想を提示する。


「下からいく方が時間はかかるが確実に勝つことができる。だが、人的被害はより多く出ることになるだろう……エルザもドミニクさんも、それは採りたくないのではないかと思う」


「もちろんだわ!」「民にしろ兵にしろ、犠牲は最小限にしたいな」


「だから、上……ドミニクに次ぐ指揮官を押さえる方針でいくとしよう。失敗するリスクはより高くなるが、俺たちの側には特殊能力を持った連中が何人もいるからな、トップに直接近づける可能性は、かなりある」


 上を、と口にした瞬間、ドミニクの視線が遠くを見つめるものとなる。それはどこか切なげな色を帯びて……おそらくフライベルクの次席指揮官は、親しい者なのだろう。


「その『上の者』を、また私のように拉致してくるということか?」


 その言葉のトーンからは、誰かを心配しているようなニュアンスが伝わってくる。やはり、次席指揮官に対して何か、想いがあるのだろう。だがあえてそこに気付かぬふりをして、俺は続ける。


「さすがにもう誘拐作戦は十分警戒されているだろう、少数兵でのこのこ郊外に出てくることはないと思う。それに、トップを誘拐してこっちに連れてきても仕方ないんだ。こっちの言うことを聞く犬に仕立てて、部下に都合のいい指示を出させないといけないわけだから、敵の勢力下から拉致しちゃったら意味がないんだ」


 ちらっとクリスタの方を見てしまう俺だが、彼女は眉も動かしていない。人道に悖る行為とは思っていながら、やると覚悟を決めているのだ、多くの命を無駄に散らさぬ為に。その心が揺れていないはずはないが……いじらしさに肩を引き寄せたくなるが、今はそういうときではない。


 そして、クリスタの表情が動かないことには、もう一つ意味がある。一旦法術を掛けたら最後、そいつを意のままに操り続けることなど、彼女にとって「出来て当たり前」のことなのだ。だいたいどの程度の精神操作までができるか聞かされている俺は驚かないけど……ドミニクは、その切れ長の眼をみはる。


「そうか、この可愛らしい司祭様は、そこまでの力をお持ちなのだな……」


 彼女は、クリスタの並外れた読心能力、精神操作能力を大まかに理解してしまったようだ。もちろん大公家の者ならルーフェの高位聖職者の持つ精神操作スキルを知っていて不思議はない。こんな子供みたいなクリスタがその遣い手だってことに驚きはあるのだろうが。


 さっきまではこの力を何とか隠そうと思っていたけど、どうせ今回の作戦ではドミニクの前でばんばん法術を使わざるを得ないのだ。下手に隠すより知っておいてもらった方がいいのかなと思い直して、俺は彼女に向けうなずく。


 しばらく考えこんだ後、ドミニクは再度口を開く。


「ふむ、その手段は確かに有効であると思うが……次席指揮官を拘束したら司祭様の力を使う前に、私に話をさせてもらえないだろうか。フライベルクの次席指揮官……クリストフとは個人的にも親交があるのだ。サシで理を説けば、ルーフェの秘術を使わずとも、我らに与してくれる可能性があると思っているのだが、どうか?」


「同意したふりをして俺たちを城内に引きずり込んだ上で、圧倒的な兵力で鏖殺される危険性があるのではないか?」


「そのために、優秀なこの司祭様がいるのだろう? 精神支配まで操る司祭様にとっては、交渉相手が何を考えているか探ることなど、朝飯前なのではないか?」


 うっ、確かに、その通りだ。クリスタ同席の元で交渉を行えば、相手に騙される確率は、限りなくゼロに近づく。


 そしてもし指揮官とドミニクが、精神支配による仮初の合意でなく真に心を合わせて事に臨めば、麾下である五千の兵を従わせることも、より易くなる……それは確かに、魅力的だ。


 少し迷った俺の脇をすり抜けて、クリスタがドミニクに小動物みたいな仕草で駆けよって、耳元に口を寄せて何やらこにょこにょとささやく。こいつが女だとわかった後でなかったら、もやもやしそうなシーンだな。


「あ、うん。そうか……司祭様には隠しても無駄であったな……そう、そうなのだ」


 少し慌てたような調子でそう口にして頬を桜色にするドミニクに、クリスタは弾ける微笑を向ける。


「わかりましたっ! 私、ドミニク様に協力いたしますよっ? ウィルお兄さんも、それでいいですよね?」


 なぜかグイグイと俺に迫ってくるクリスタ。彼女の「ドミニク様に協力」っていうのは一体何だろうと不安を抱く俺だけど、一旦こうすると決めたクリスタは、どうせ止まらない。


「よし、それじゃどうやってその次席指揮官のところまで行くか、俺の案を聞いてくれ」


 小さくため息をついた俺は、諦めて実務の世界に埋没することにした。

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