第77話 クリスタの決意
ドレスデン乗っ取りを宣言したエルザの姿に、驚きの眼をみはるドミニク。
「さすがは『妃将軍』エルザ様……ノイエバイエルンの大軍をもってドレスデン軍を圧倒しようというのだな。さすがに正規軍が向かってきたら、わが軍では敵しようもないが……」
「違うわよ、何を言ってるの? もともとドレスデンの攻撃は我が軍を北に向けるための餌だってことなんか、私たちも知ってるわ。正規軍を南方戦線から動かす気はないわよ」
「しかし、ここにいる貴殿らの戦力は数十程度、ケムニッツの守備兵を併せてもせいぜい五百程度のはずでは。我が国はフライベルクに五千、ドレスデン本拠に二千の兵力を置いている、とても正規軍なしで攻略できるものでは……」
「だから『潰す』んじゃなくて『乗っとる』のよ!」
「どうやって?」
その瞬間、二人のやり取りを呆気に取られて眺めているだけの俺に、エルザの視線が不意に向く。え、もしかして、やっぱり?
「そういう細かいことは、このウィルが考えてくれるわ!」
おい、予想してたとはいえ……やっぱり丸投げなのか!
「ウィル殿とおっしゃるのか。貴殿には、寡兵でフライベルクとドレスデンを打ち破る奇策があるというのか?」
そう問うドミニクの眼には、疑い以上に期待の色が濃く浮かんでいる。
確かにこの英明そうな公子、いや公女か……には、国を治める強い意志と理想、そしておそらく能力もあるのだろう。帝国の口車に乗せられた愚かな大公を廃し、彼女が君主となってノイエバイエルンの友好的な隣人となるのが、両国にとって一番望ましいことは、俺にだってわかる。
そして、俺の中に、エルザの言う「乗っ取り」を成し遂げるアイデアが、確かにあるんだ。但しそれは、クリスタが持つ「ルーフェの法術」を、フルに使う前提でしか成立しないもので……それをやらせたらまたクリスタの心に、ざっくりと深い傷を負わせてしまいかねないものだ。
いや、やっぱりそれはできない。クリスタは「心安らげる居場所」を求めて、彼女の能力を拒まない俺の隣にいてくれてるんだ。俺がクリスタの精神操作を便利に使うようになったら、彼女にとって俺のそばは「居場所」じゃなくなってしまうだろうから。
「いや、残念ですが難しいようで……」
「ウィルっ! ちょっと来なさい!」
有無を言わさず天幕から引っ張り出される俺。エルザの紅い眼は、義憤に燃えている。
「ねえウィル、あなたなら出来るんでしょ? 出来るって顔に書いてあるわ、私は騙せないわよ?」
「策はないとは言えないが、実行したくないんだ」
「どうしてよ? このままだとノイエバイエルン、ドレスデン両国とも、ものすごい被害が出るのよ。何でも言うこと聞くから、力を貸してっ!」
そんなことを言われたら、ほんの一年くらい前の俺なら、イチコロで犬になっていただろうな。だけど今の俺には、クリスタ以上に大事な女の子はいないんだ。彼女の心を守るためなら、最悪国が滅びたっていい。
「ごめん、エルザ。やっぱり俺にはできな……」
言い終える前に、俺の背中に何か柔らかいものが勢いよくぶつかってきた。そしてがしっと腹のあたりをホールドされて、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「ウィルお兄さんっ! お兄さんの気持ちとっても嬉しい、嬉しいんですけど……私大丈夫です、できますっ! この力を、罪のない人々を救うために使えるならっ!」
やる気を全身でアピールしてくるところはいつもと変わらないけど、何かそこに痛々しい覚悟が隠れているように思えるのは、気のせいじゃないだろう。
「そうか……俺の考えてることは、クリスタに筒抜けだもんな。無理……してるだろ?」
「ご、ごめんなさい……でも、エルザお姉様に力をお貸ししたいのは、本当で……」
彼女の謝罪は、俺の思考を勝手に読んだことに対してなのか、それともクリスタを思って言ったつもりの俺の言葉に逆らったことへなのか、それは分からない。クリスタはしばらく声もなくただしがみついていて……気が付くと、俺の背中がしっとりと濡れている。クリスタの優しさも、悲しみも一緒に染みてくるようで……
「気持ちは変わらないのか、クリスタ。俺は君に傷付いて欲しくない。君の心を、一番大切にしたいんだ」
また、はたから見れば口説いてるような台詞を吐いているけど、色っぽいニュアンスはまったくないぞ、大真面目な俺の本心だ。やさぐれた俺の人生に再び彩りを与えてくれたクリスタに、いつだって笑っていて欲しいんだ。
しばらく、返事はない。彼女が顔を押し当てている背中が、湿り気を増す。やがてクリスタの喉から、小さな嗚咽が漏れてくる。
「うぇっ、うぅっ……うっ……うわあぁぁんっ!」
最後は、号泣になった。それはしばらく続いて……俺は見張りの兵たちから浴びせられる好奇の視線に、首を縮めるしかなかった。やがて天幕の中からドミニクまで気遣わし気な様子で出てきた頃、ようやくその泣き声が止んで……さらに俺が胸の中で百ばかり数えたその時、俺をがっちりホールドしていた腕が緩み、クリスタが深く息を吐くのが聞こえる。
「はぁ~っ。うん、思いっきり泣いたらすっきりしましたよっ! ウィルお兄さんありがとう、いつも私のことを大事にしてくれて。でも、今回は頑張ってみようと思うのです……この能力が、多くの人のためになるのならっ!」
最後は、いつもの弾むアルトに戻っている。うん、クリスタがここまで覚悟を決めたんなら、俺は何も言うことはない。彼女の力が、最高に活きるように、力を尽くすだけだ。
「わかった、やろう……さあ、もう一度中で話し合おうか」
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