第74話 意外なレスポンス
「それで? ヘルムートが死んだからには、あの部隊をどうする?」
「今回の遠征ではブルーノの部隊に編入するとして、帰ったら返品ね」
「なんだその返品ってのは?」
「返品は返品よ。もともとあの十人は、暗殺や誘拐の特殊スキルを目的として、闇ギルドに多額の契約金を払って十年間雇用したものなの。それが戦功を上げるどころか自分の指揮官を襲うとか、完全な不良品じゃないの。だから不良品は返品、闇ギルドからは契約金だけじゃなく、迷惑料も徴収しないとね」
なるほど。そう言うことか、ギゼラの話とも符合する。だがそうなると、ギゼラはまた闇ギルドに戻されて、彼女が望んでいた自由がまた遠ざかるってことになるか。
「なあエルザ。一人、俺たちの部隊にくれないか?」
「一人って?」
「エルザの飲まされた毒を解毒してくれたやつだ。ギゼラって女でな、昨日もあそこにいたはずなんだが、気付いてなかったか?」
「いや、全然気付かなかった……ウィルとクリスタしかいないものだと」
ああ、やっぱりか。わざわざ気配を消さずともあの存在感の無さ……思わず笑ってしまう。
「隠形と言うか、気配を消す技術は一流なんだ。潜入でも護衛でも、役に立つはずだ。そして彼女は、カネを貯めて自由を買うことを望んでいる」
「構わないわよ? その子だけは闇ギルドから買ったことにしましょう。払った契約金を残った年季で割っただけのおカネが用意できたら、自由にしてあげる」
「物分かりが早くて助かる」
「あれ? もしかして、ウィルが個人的に気に入って可愛がりたくなったとか? 綺麗な子なの?」
ぴくりとクリスタが反応して怪しいオーラを出し始める、別の意味でヤバい。
「いやいやいや、それはないわ」
さすがに速攻で否定する。だいたいあの存在感のなさ、美人かどうかすら認識できないじゃないか。ちくしょうエルザめ、何でそっちに話を持って行くかなあ。
エルザは笑い飛ばして終わったけれど、しばらくクリスタがジト目で見つめて来るのが怖かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
とりあえずギゼラには、魔法使い部隊に同行して彼らを守ってもらうことにした。俺とクリスタにはある程度自分の身を守れる力があるけど、他の連中ははっきり言って紙防御だからな。見えない護衛がいるのは大助かりだ。
エルザを解毒してくれた件に関しては三千マルクの賞金をもらえることになった。但し、これでも年季が精々一年弱短くなる程度だ。
「先は長いわね。まあいいわ、あなたの下なら待遇はまあまあいいみたいだから」
いつしか俺に対しても言葉を崩しているギゼラ。一応俺、上官なんだけどな。闇ギルドに戻さないようにしてやったことで、闇夜の黒猫みたいなこの女間者も、気を許してくれたってことなのだろうか。相変わらずその表情は窺えないけれど、少しは距離が近くなったような気がする。あくまで、気がするだけだけど。
なぜか最初からクリスタに対してだけは、この黒猫がよく絡んでいる。ひょっとして、懐いているのだろうか。読心能力を恐れず近づいてくるこの怪しい黒猫に、クリスタも好意を持っているようだ。
「だって、もういろいろ恥ずかしいことまで含めて、あらかたクリスタに見せちゃってるしねえ。これ以上隠さなきゃいけないことなんかないし……だからこの後あたしがクリスタを避けるとしたら、あんた達にとって良くないことをする時だってことかな」
「良くないことをする可能性があるのか?」
「待遇次第ね」
真後ろに立たれても気づけない奴にそんなことを言われたら、怖いじゃないか。とりあえずこの猫には、きちんと餌をやることにしよう。うん。
「よし、とりあえず付いてきてくれ。公太子とやらに、会わないといけないからな」
「はいな」
黒猫が、またすうっと気配を消した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
見張りを過剰に……十人ほども立てた天幕に入ると、すでにエルザが待っていた。その向かいには、シルバーグレイの貴公子が座っている。武器は取り上げたものの、縄一つかけていない。まあ今後隣国の君主になる奴だからな、できるだけ丁重に扱って、恨みっこなしで国に帰ってもらいたいよな。
「来たわね……では交渉を始めましょうか」
なんで俺たちが立ち会わないといけないんだよという気分もないではないが、直情的なエルザに腹の探り合いは無理だ。それに、本当のとこ、いなきゃならないのはクリスタなんだよな。クリスタがいる以上、下手な交渉術で騙されることはないからな。
「交渉か……貴女たちの要求は何だ」
囚われの身とは言っても、堂々としたものだ。宮殿にお住まいの大貴族御曹司とは思えないほど、肝は据わっているようだ。
「知れたことでしょう。軍をまとめて、とっととドレスデンに帰ってもらうことよ。まあ、多少の迷惑料は置いて行ってもらわないといけないでしょうけどね」
「そうか……武力の強さに驕らず、欲のないことだ、さすがは歴史深いエッシェンバッハ王家と言うべきか」
いやまあ、エルザにエッシェンバッハ家の血は、まったく流れてないけどな。というよりここ数代のエッシェンバッハ王家がろくでもなかったお陰で、お前んとこみたいなしょぼい都市国家に、攻め込まれる羽目になってるわけだが。
「エルザ王妃、貴女の要求は全く正当なものと思うが、我が父である大公がそれを肯じることはないだろう。むしろ私が不在になることで、もっと深くまで侵攻されることになろう」
「えっ……」
エルザが、思わず意外のつぶやきを漏らした。
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