第67話 バフって便利

「そうよ、私は味方を死なせたくない。忠実な部下を救える力をクリスタが持っているのだから、使って欲しいわ。大丈夫、教会には王室から手を回すから、クリスタが責められることはないようにする」


「でも、アレはさすがに……」


 エルザの要求に逡巡しつつ、俺の方をチラッと見やるクリスタ。


「わかるわ、アレをやったらウィルに嫌われちゃうとか、思っているでしょう。だけど、その心配はないわよ?」


「えっ?」


「大丈夫、ウィルはもうクリスタにぞっこんだもの。そんなことで見る眼を変えたりしないわ、むしろ多少怖いところを見せておいた方が、二人の将来のためにはいいかもね?」


「いえっ、あのっ……」


 おいこら、勝手に俺の気持ちを決めつけるんじゃねえよ。それに「二人の将来」って何だよ。いやまあ、クリスタがどんなおっかないことやったって、嫌いになったりしないのは、本当だけどさ。


 だけどクリスタの方は、エルザの言葉に動揺して、ボンと頬を染めてわたわたと挙動不審に陥っている。


「わ、私がアレを使っても、本当に引きませんかっ?」


 そう俺に問うクリスタの顔色は、青白い。紅くなったり青くなったり、忙しい娘だ。


「うん。俺はクリスタがいくらルーフェの力を使っても、一緒にいたい」


 なんか、はたから見たら告白してるみたいな台詞を吐いてしまう俺だ。だけど、これは恋愛的なあれじゃなく、あくまで仲間としてだからな。そうだ、うん。


「はっ……はいっ! クリスタ、嬉しいです!」


 結局紅くなったり白くなったりしながらも、クリスタはルーフェのヤバい秘術を三人の捕虜に施して……奴らはどこかぼうっとした様子で、森の中に放逐された。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 眼の前には、広い小麦畑。その向こうに、天幕がいくつも設営されている。兵士たちが夕食を終えて、就寝の準備を始めている時分だろう。


「間違いない、ターゲットはあの中にいるわ」


 ドロテーアの「追跡」も、捕虜たちの証言を裏付けた。


「もう、行くしかないわ。ブルーノの部隊から十五名が弓を持って三人ずつ五隊を組み、歩哨を黙らせるのよ。残り二十名は私と共に、公太子のいるところまで、一個一個天幕を潰していく。ヘルムートの闇仕事部隊は集団行動に向かないから、外殻部の敵をできるだけ減らして、中央に応援に来させないようにすることが役目。いい?」


「了解しました!」

「承知した」


 不平分子であるヘルムートも、ここは従順だ。まあ作戦が失敗したら一蓮托生で死んじまうんだから、仕事はちゃんとやるはずだ。


「ウィルの部隊は必要なバフを兵士に掛けたら、私に付いてきて」


「わかった」


 バフの能力があるのは俺と、クリスタだけ。クリスタが弓分隊を回って「鎮静の詞」を唱えると、兵士達から低くうおっというような感嘆の声が上がる。そうだろうな、俺もこいつを最初にかけられた時は驚いたものだ。これから自分が死ぬかもしれない恐怖が、すうっと溶けていくように胸から消えてゆくのだから。


「闇を見通す眼をこの者たちに……暗視」


「こ……これは」「すごいな」「これなら狙い撃ちできる」


 そして俺が彼らに与えるのは、夜の行動に欠かせない「暗視」だ。今回は見張り兵を声も出させず撃ち殺さねばならないのだから、相手の姿が見えなければ話にならない。もちろんエルザは俺がこのバフを持っていることを知っていて、こういう作戦にしたんだけどさ。


「司祭殿、ウィル隊長殿、素晴らしい力添え、感謝する」


「感謝は、任務の成功で返してもらおう」

「ご無事でお帰り下さいねっ!」


 いかにもレンジャー軍人って感じの、無駄肉のない怖い顔した下士官と、固く握手を交わす。クリスタは俺たちのそんな姿を見つつ、ふわっと微笑んで聖職者らしく生還を祈る。


「よし、本隊も準備!」


 ブルーノの低い号令に合わせ、本隊の連中にもバフを掛ける。同じく低い歓声が上がるが、こっちではクリスタが施す「鎮静」の方が好評だ。


「バフ持ちはいいっすね。俺っちもたまにはそんな風に感謝されてみたいっす」


「お前たちだって術式は魔法学院で習ったろうさ。使えないか?」


「う~ん、多少練習しても、力を増強する魔法は実用レベルにならなかったっす。俺らの魔力には負の要素が強いみたいっすね。だけどやっぱり兄貴たちを見てるとうらやましくて、もう一度練習してみようかと思ったっす」


 デバフ専門のダミアンが真顔でそんなことを言う。まあ、魔法学院では攻撃も防御もバフもデバフも一通り学ぶけど、個人の魔力との相性があるから、だいたいはどこかのカテゴリーに特化した魔法使いになる。ダミアンとヘルゲもそうやって自分の適性をデバフに見出したのだろう。


「そうだな、俺はデバフだって極めれば素晴らしいと思うが、目標があるんならもう一度チャレンジするのは悪くないかもな」


「頑張ってみるっす。だけど兄貴は、評価されにくい支援魔法だけでいいんすか? 兄貴は学院で『鬼才』って噂でしたぜ、ちゃんと学びなおしたら、思いっきり目立つ攻撃魔法だって、修められるんじゃないっすか? あのナターナエル超えだって、夢じゃないっすよ!」


「ねえよ」


 そう返したけど、少しは胸にさざ波が立った。

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