第66話 進出
エルザの命令一下、特殊部隊は森に隠れながらフライベルク方面へ向かっている。予想外の急な出撃にあちこちバタバタしたけれど、ターゲットが街を出てこんなに俺たちの領域に近いところで野営するとなれば、確かに二度とないチャンスだ。エルザが英断を振るうのも、無理なきことと言える。
だが、あの闇仕事部隊の長であるヘルムートは、言葉を発することはないが明らかに不満をあらわにしている。エルザ個人への忠誠……いやむしろ崇拝あるいは執着に近い感情で従軍を承知してはいるが、あれでは俺たちとの連携は、まず望めない。
「エルザ……これは君の部下としてではなく、かつて生死を共にした仲間としての忠告だ。ヘルムートは、この特殊部隊に合わない、外すべきだ」
俺は、二度目の忠告をエルザの耳元でささやく。部隊のためと俺は表現したが、本当のことを言えば、奴の存在がエルザに何か危険をもたらすのじゃないか、そう言う懸念の方が、俺に余分な口を開かせているんだ。あいつは、危ない。
そして一度目は「この作戦の間は使う」ときっぱり明言した彼女だが……その頬に、迷いの色が浮かび、やがて言った。
「わかったわ……今日の作戦から帰ったら、闇部隊の指揮官を代える」
「うん、わかってくれて嬉しい」
それ以上言葉を交わさず、俺は自分の隊に戻った。エルザは、一度決めたら揺らがない、そこは信じていいだろう。
「エルザお姉様は、何と?」
「ああ、奴を外すことには同意した」
俺の言葉に、クリスタがほっとしたようにため息をつく。そう、ヘルムートが暗い欲望をエルザに向けていることを、クリスタも心配しているんだ。奴はルーフェの司祭であるクリスタの能力を察していて、感情や思考をごまかすスキルを張り巡らしているみたいだけど、本気になったクリスタが探ったら、すべてを隠し切ることなんかできるはずもない。
「分かって頂けて、良かった……あの男を、お姉様に近づけてはダメですっ!」
クリスタは、自らが読み取ったヘルムートの脳裏に浮かぶ光景を詳しく語ることはしなかった。しかし彼女には珍しく深刻で、汚いものでも見るような表情を見れば、だいたいその内容の想像はつく。まあ、エルザがそれを受け入れるとは思わないし、彼女の意に反した行為を強いるほどの武芸が奴にあるはずもないがな。
だかなんとか、エルザを納得させることはできた。あとは今日の作戦を成功させて、きちんと生き残ることだが……それだって簡単なことじゃないよな、おそらく敵の兵力はこっちのヒトケタ上なんだからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「方角は北北東、距離二百九十エレ、敵兵三名」
俺の魔力強化バフを掛けたクサヴァーが、森の中を哨戒しているらしい敵兵を「探索」魔法であっさりと見つけ出す。方角と言い距離と言い、やたらと細かい。
「よし、手ごろな数だ、捕捉するぞ」
軍人部隊を率いるブルーノが、十人ずつ二隊で音もなく彼らに近づいてゆく。暫時の静寂の後、森の下草をかき分けて戻ってきた部隊が、三人の捕虜を引きずってきた。
「クリスタ。申し訳ないけど、お願いできるかしら?」
「……仕方ありませんね」
まったく弾んでいないアルトで、眼を伏せ気味に応じるクリスタ。これから彼女は、彼ら捕虜の頭にある情報を徹底的に引きずり出すという、非人道的なことを求められているのだから。
「立ち会いは、私自身がやるわ」
エルザが申し出たのは、早く情報が知りたいとか、クリスタを信じていないとか、そんな理由じゃない、部下の立会人を排除するためなのさ。クリスタ自身が忌避するその卓越した精神支配能力を知る者を、出来るだけ少なくしたいということなんだ。「妹」と呼ぶクリスタのために。
「エルザお姉様、ありがとうございます。あと、できれば……ウィルお兄さんにも」
「クリスタ……」
「私が悪いことをするのを、見ていてほしいんです」
「……わかった」
そして別室で、三人の捕虜を、順番に尋問する。尋問って言っても、何も強制する必要はなかった。クリスタがその翡翠の視線を向けて、ゆっくりしたアルトで呼び掛ければ、男どもはみな幸せそうに緩んだ顔で、ペラペラと味方の機密をしゃべりだすのだから。
かかった時間は、ほんの二十分くらい。だが得られた情報は大きかった。敵……ドレスデン公国の太子ドミニクは、たった三百の兵とともに、毎日周辺の村々の宣撫工作に明け暮れており……眼と鼻の先にある村に、今晩は野営するのだという。彼を守る部隊には魔法使いも呪術師も、ましてや聖職者もいない、普通の兵だけということだ。
そんな俺たちにとって都合の良すぎることは信じられないと思ったけれど、三人が口をそろえて同じことを言うのだ。クリスタの力を知っている俺は、それを信じるしかない。
意に染まぬ仕事に、視線を床に落としつつため息をつくクリスタに、エルザが近づく。
「クリスタ、頑張ったわね。だけど……もう一つだけ、お願いしていいかな?」
「え~っ、やっぱり、アレですか……」
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