第64話 追跡魔法

「よし、全チーム揃ったようね。では作戦を説明するわ」


 金髪をふぁさっと揺らしたエルザが紅い瞳を正面に向けて指示を下す姿は、思わずこっちの背筋が伸びるほど、凛々しい。もうすっかり、軍事指揮官が板についているよな。


 もともと彼女の人を惹きつける力というかカリスマというか、そういうものが優れているのは知ってたけど、こうやって堂々と集団を率いる姿を見ると、改めてその思いを深くする。やっぱりエルザは、生まれながらにして上に立つべき天賦を与えられた人間なのだろう。


「まずは、魔法部隊でターゲットの動きを追跡してもらうわ。公太子がフライベルクの城壁にこもっているかどうかで、今後の作戦が変わるから」


「とおっしゃいますと?」


 部隊長のブルーノが受け、説明を求める。生粋の軍人と言う雰囲気を漂わせる男だが、エルザとの呼吸は、よく合っているようだ。


「彼が本拠地から動かないなら厄介ね、ヘルムートの暗殺部隊くらいしか、手が出せないから。逆に郊外に出る機会があるようなら、ブルーノ率いる軍人部隊が使えるから、そう願いたいものね」


「ふむ、重大だな。ウィル殿の配下には『追跡』持ちがいるな? 頼むぞ」


「承知した」


 そう答えざるを得ない俺だが、正直なところドロテーアの「追跡」がどの程度のモノなのか、それを俺のバフでどのくらい底上げできるのか、まったく分かっていない。まあ、なるようになるさ。闇仕事部隊を束ねるヘルムートの冷たい視線を感じつつ、そう割り切った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 蝋燭のあかりだけが灯る薄暗い別室に移ると、そこにはドロテーアとクリスタが控えていた。中央のテーブルにはすでに魔法陣が描かれ、その上に軍事地図が広げられる。


 いきなりまともな美女に変身したドロテーアの姿に、ブルーノは「ほぅ」と声を漏らし、無口のヘルムートも、眼を見開いた。エルザの眼にも少なくない驚きが浮かんでいるが、魔法使いの容姿が作戦の成否に影響するわけではない。視線を外して本題に入る。


「ターゲットの手掛かりとなるのはこの二つ。精密画の名匠が描いた絵姿と、彼が使ったとされるお茶のカップ……給仕の娘が命懸けで持ち出したものよ。これで何とかできるかしら?」


「絵姿だけではどうもできませんでしたけど、唾液が付いたカップは強力な術具になりますね。ただ不安なのは……」


「なあに?」


「ターゲットとの距離です。これだけ距離が離れていると、ギルドでは随一とされたあたしの『追跡』術でも大まかな方向くらいしか検知できないと思います。もう少し近づかないと、王妃様のお知りになりたい郊外か城内かというところまでは判別できないかと」


 そう、この拠点はケムニッツからできるだけフライベルクに近づいた森の中に築かれているが、フライベルクの城門に至るにはまだ馬で三時間ほど掛かる位置だ。だが、これ以上先に進むと公国の哨戒網に掛かる可能性が高い。


「まずは、やってみてくれないかしら。考えるのは、その後でいいわ」


 いかにもエルザらしい、前向きで大雑把な指示が下った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 絵姿とカップを前に、先程から黒髪の美人魔法使いが、インクに浸していない羽根ペンを左手に持ったまま、消え入りそうな声で長い長い呪文を詠唱しているところだ。その横顔は恐ろしくも、男の劣情をそそる美しさと妖しさに満ちている。


「この者が進みし路を辿らん……追跡」


 詠唱が止んだことを察したエルザたちが、ドロテーアの持つ羽根ペンに、一斉に眼を注ぐ。だがその羽根は軍事地図に軌跡を描き出すことはなく、逡巡するようにいつまでも楕円軌道を回っているだけだ。


「……う……ターゲットの存在を感じることはできた……だがやはり……ぼぅっとした方向しか……」


「こんなことをいつまでもやっていても仕方ないだろう。早くフライベルクの街に潜り込む算段をするべきだ」


 ドロテーアの苦し気な言葉を聞いて、今まで一言も発しなかったヘルムートが、眉間に皺を寄せながら断言した。そして彼の視線は、エルザに向けられる。そこには執着のような崇拝のような、何やら粘着質な色がこもっているように、俺には見えた。


 だが判断を求められたエルザは、ヘルムートではなく俺の眼を真っすぐ見た。うん、エルザの言いたいことはわかる。ここは、やるしかないか。


「……この者の秘めたる力解き放て……昂魔」


「うっ、おうっ?」


 俺が魔力強化のバフを掛けた瞬間、妖しく静謐な美女の雰囲気を溢れさせていたドロテーアの口から、その姿に似合わぬ動物的な、唸りのようなうめきのような声が飛び出した。


「すまん、強すぎたか? 初めての強化だからバフ強度を全力の四~五割くらいに抑えたつもりなんだが……」


「おおお……これは凄い、もっと欲しい……」


「おっ、素質あるようだな。じゃあいくぞ……昂魔!」


「うあああんっ!」


 なんだか妙齢の美女にエロい声を上げさせるというおかしなシチュエーションに、思わず引いてしまう。ふと気付くとエルザとクリスタが俺に向ける視線が冷たい……いや俺、断じて楽しんでいないからな?

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