第61話 お小遣い下さい
「とりあえずはケムニッツの街に拠点を置くってことだそうっすよ、兄貴。あそこは森に囲まれてて、猟師が新鮮な獲物を毎日一杯獲ってくるんで、肉料理がうまいんすよ」
「仕事じゃなきゃ、肉をつまみにエールをしこたま行くところっすけどねえ」
「そう、あくまで仕事だぜ。ハメ外したりするんじゃないぞ」
「わかってるっす、兄貴!」
相変わらずダミアンとヘルゲは俺を「兄貴」呼びだ。何かの会話で、こいつらが魔法学院で俺の一級下ってことがわかってから、ずっとこれなんだよな。彼らの間でも、将来を嘱望されていたと言うのに突然学院を去った俺のことは、話題になっていたらしい。好きな女と一緒に冒険するための中退ってとこが、奴らの琴線に触れたらしく「かっこいいっす!」みたいな感じで、やたらと懐かれている。まあ、悪い気分じゃない。
一級下ってことはアデリナと同期なんだな。聞けば彼女は次席卒業の才女で、派手系の美貌もあって男どもの憧れだったのだとか。もちろんアデリナの方は、いるかいないかも判然としないくらい存在感のないマニアックな魔法オタクである彼らのことなど、覚えていまいが。イケメン戦士とくっついて間もなく子供が出来ることを二人に伝えたら、本気で落ち込んでいた。いや、まさかお前ら、ワンチャンあるかもとか思っていなかったよな?
俺たち魔法部隊は、こんな感じで和やかにくっちゃべりつつ、街道を堂々と進んでいる。エルザを含めた軍人部隊や闇仕事部隊は、目立つのを避けて森の中を行軍しているけど、俺たちは敵の偵察に見つかったって、普通の冒険者にしか見えないだろうからなあ。
そして、クサヴァーが常時、探知魔法を展開してくれているお陰で、怪しい奴が近づいてくれば、すぐわかるという寸法だ。
「あの森の中から、見張られているでござる。残念なことにあれは、友軍の者ですな」
当然それは軍人部隊ではなく、ヘルムート率いる闇仕事部隊の者だろう。
「奴輩は、我が隊長のバフを侮っているようでござるな。二百五十エレばかりの距離を保っておるが……強化を貰った拙者の探知距離は、三百五十はござるからな」
先日二倍強化の情報量に頭がついてゆかず受け止め切れなかった彼は、それを恥としてあれからひたすら探知を張り、少しづつ強めた俺のバフを受ける訓練をしている。
「すごいですねっ! もうそんな遠くまで探知を伸ばしてるなんて、さすがですっ!」
「いや、これは拙者の力ではなく隊長の……」
「そんなことはありませんっ! 確かにお兄さんのバフはすごいですけど、それを使いこなせる人は、なかなかいないのですよ!」
「う、うむ。お嬢さんの期待に添えるよう、精進するでござる……」
気難しそうな中年男の灰色の表情が、クリスタの弾むアルトに、ふと嬉しげに緩む。まさか「ルーフェの法術」でこんなオヤジをたらし込んだりしてないよなというような考えが頭に浮かび、慌ててそれを振り払う。クリスタなら素の魅力で、男にやる気を出させることなど、わけないはずだ。
「やっぱり若い女の子がいると士気が上がるわね。こないだまではそこの二人なんて、見るからにやらされ感一杯だったからねえ」
「いやいやいや、決して姉さんに魅力がないわけではなく……」
「いいんだよヘルゲ、あたしは一生ひとり、魔法一本で食べていけるからさ」
姉さんと呼ばれたドロテーアだってまだ二十代、その気になれば男を奮い立たせられるはずの年齢なのだが……とにかく身なりに構わなすぎる。ボサボサの前髪は鬱陶しく顔の半分を覆い、その隙間から覗く素肌は荒れてこそいないが、青白く不気味だ。手足はすらりと長いがやたらと細く、不健康な印象しか与えない。そこに灰色のローブなどひっかぶれば、典型的な「怪しい魔女」の出来上がりだ。
自らの女としての価値をまったく気にしていなそうなドロテーアの様子を、なぜかクリスタが心配そうな面持ちで見やっていた。まあ、ものの数分で、そんなこと忘れてしまったのだけれど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
にわか冒険者パーティーのような旅は、なかなか楽しかった。このマニアックだが邪心のない魔法オタクたちは、俺やクリスタの力を素直に評価し認め、それぞれのやり方で打ち解けてくれた。これから憂鬱な任務が待っているが、少なくとも余計な人間関係で悩むことはなさそうだ。
そんな旅の三日目に、俺たちはケムニッツの街に着いた。深い森に囲まれた、木工業と狩猟業、そして交易の中継地として栄える、決して大きくはないが、心豊かに暮らせる街だ。
だが、隣のフライベルクまで敵が侵攻してきたことで、街は緊張に包まれていた。街路を行く人も少なく、心なしか皆せかせかと急いでいる。
「あ〜あ、こんなんじゃ、マリウスの宿も大変だろうなあ」
「ですねっ、せめて、私たちが泊まって差し上げませんとっ! あ……時にですね、申し訳ないのですがお小遣いを……」
別に、申し訳なくはないがな。クリスタはこの半年ほどで稼いだおよそ三万マルクのカネをまるっと全部、俺に渡しているんだから。
「いいぞ、いくらだ?」
「十五マルクほど頂いて、いいですか?」
これは珍しい。いつもクリスタが要求する金額は、五マルクを超えることはない。十五マルクと言えば……スキルのいらない日雇いのバイトを三日くらいやる感じだな。だが、彼女の稼ぎからすれば、ほんのわずかなものだ。
カネを受け取ったクリスタは、そそくさと街へ消えていった。珍しく、たったひとりで。
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