第60話 一抹の不安

 主力である軍人部隊との打ち合わせは実に円滑だった。


 部隊長が実に俺たちに好意的で協力的だったのと、彼らの武器である敏捷性や瞬発力に対し、俺の強化魔法が実に相性良く効くことを実地で示すことができたからだ。もちろんバフの強度は適度に抑えた……いきなり跳躍力二倍とかになったら、普通は怪我してしまうだろう、出撃前にそうなっちまったら最悪だからな。


 そして、精神状態を安定させることで実力を確実に発揮させるクリスタの「鎮静の詞」も、肉体能力が及ぶギリギリの線を追求しつつ任務に挑む彼らには、実に評判が良かった。


「ウィルの旦那、出撃の時はコレ、ぜひ頼むよ!」

「お嬢さんの法術も、ぜひ頼みたいな。これは凄いぜ」

「力技が必要な時は、なんでも協力するからな!」


 これは実に、頼りになりそうな連中だ。但し今回の相手は五千の兵、力技で強行突破するのはありえないから、うまい策を考えないとな。


 一方ギルド出身の闇仕事部隊は、そもそも話すら聞いてくれず、俺たちのことは完全無視の構えだ。自分たちは自分の流儀でやるってことなんだろうが、どうもここの隊長は、俺に対して個人的に含むところがあるようにも感じる。そもそも面識はないはずだし、恨まれたり憎まれたりする覚えは、まったくないのだが。


 こんな作戦協力の意識に乏しい部隊と一緒にやるのは大きな不安要因だが、潜入や暗殺技に長けた彼らは、今回の作戦にはおそらく役に立つ存在ではある。いったいエルザは、奴らをどうするつもりなのだろう。俺は直接彼女に問う。


「なあエルザ、あの闇仕事部隊は、将来の憂いになりかねないぜ。必要なスキルを軍人たちに伝える教官役だけ雇って、あとの連中は出来るだけ早く、外すべきだと思うぞ」


「うん、私も同じことを思ってる。だけど、軍人部隊の能力はまだ闇仕事専門家のレベルに達していない……今は彼らの力を、使わざるを得ないの。特に隊長のヘルムートは抜群の暗殺関連スキルを持っているわ。明らかに組織には向かない男だけど、私の指示だけは聞くから、この作戦の間は、使うわ」


 そう、俺が声をかけても返事すらせず、直接の上役であるはずの部隊長ブルーノさえも時に無視するヘルムートだが、エルザの指示にだけは、なぜか素直に従っているようだ。俺の見るところ、奴がエルザに向ける視線は上官に向ける尊敬や服従と言うよりは、憧憬……いやむしろ崇拝か執着のように見えた。


 大義や組織に従うのではなく、個人的な忠誠だけでつながっている関係は実に危ういと俺は思うのだが、特殊部隊の総責任者であるエルザが、それを承知で今回だけは使うと言っているのだ、本来部外者の俺は黙るしかない。


 もう一つ、ヘルムートに抱く不安がある。それはクリスタとの関係だ。


「あの隊長は、私の特殊能力に気付いていると思います」


 クリスタにそう言われてみれば、思い当たる節がいくつもある。最初に彼女を紹介したとたん奴は頬をぴりっと震わせ、以降は彼女の方に決して眼を向けず、しかも明らかに意識して距離をとろうとしていた。


「おそらく闇社会の一部には、私の能力が教会からリークされてしまっているのでしょう。あれだけ警戒されてしまうと、彼の思考を読むのは無理ですね」


「意識の表層くらいは、クリスタなら読めるんじゃなかったか?」


「ええ、普通でしたら。ですがあの隊長の表層意識は、意味不明の文字列で埋め尽くされているのです。私が近くにいる間は、意識してそういったダミーの情報を頭に浮かべているのでしょうね。さすがは闇仕事のプロ、教会の読心能力者に対する訓練もできているというわけです」


 さすがにいつもと違って弾んでいないクリスタの言葉に、俺の不安が膨らむ。


 その読心能力に対する警戒が敵意に変わり、ヘルムートが彼女に牙をむく可能性は、決して小さいとは言えないだろう。そうなったときの戦闘能力……特に屋内での戦闘となれば、奴の側に圧倒的な利がある。この作戦に参加している間は、できるだけ彼女と離れずに守ろうと、心に刻む。


「ああ、ヘルムートの野郎っすね。いけ好かない奴っすけど、ギルドでは評判を全然聞きませんでしたね」

「そうなんすよ、表の仕事にはほとんど出ないし、裏仕事も俺たちが関わるクラスの安い依頼には手を出さないみたいっす」


 一応闇仕事系を旨とするダミアンとヘルゲに聞いても、ろくな情報はない。特別「ヤバい」仕事専門……つまりその筋では最高の腕前と認められているということなのだろうという程度しかわからない。


「奴が兄貴の想い人に何か悪さをするんじゃないかってことっすね、わかったっす。そういうことならクサヴァー親父と俺たちが、しっかり見張っておきますから」


 すっかり「兄貴」扱いされているのに苦笑しながら、俺は彼らに感謝の意を示す。もちろんクリスタは俺が守るつもりだが、相手は一筋縄じゃ行かない男だ、二重三重に保険をかけておかないとな。それにしても、強大な敵に挑もうって時に、何で味方を警戒しないといけないかってのが、納得いかないんだけどなあ。

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