第58話 特殊部隊
「おお、先般国王陛下を救い奉ったという『王妃の元カレ』と『翡翠姫』だな。王都の市民に讃えられる貴殿たちと肩を並べて仕事ができるとは、誠に光栄というもの」
エルザが新たに編成した特殊部隊の長だという三十代後半の男は、陽焼けした容貌を崩し、磊落な笑顔を浮かべて俺たちを歓迎している。だが、両隣に立つ二人の男は、明らかにこっちに対して、好意的ではない様子だ。
「……ふん」
「……」
エルザがフォローし、部隊の成り立ちから説明する。
五十人のうち七割は、最初に挨拶してくれた部隊長が率いる、生粋の軍人たち。集団戦よりも個人戦、白昼堂々の決闘より暗殺や潜入、堂々隊列を組んでの進軍より道なき道を縫うように進む行軍、そういったものが得意な者を選抜し、特別な訓練を施している。さらに五名ほどの闇魔法使い、十名ほどの裏仕事に長けるシーフ系のメンバーを、闇ギルドから引き抜いて編成したものなのだとか。
俺たちに不愛想だった二人は、それぞれ魔法使い隊と裏仕事隊の長なのだという。本来は軍から来た本隊とギルドから来た部隊とが協力しつつ、互いに持つスキルを指導し合う関係が作りたかったようだが、先程の空気感をみれば、両者の間には隙間風がびゅうびゅう吹いているようだ。
「俺はウィルフリード、支援魔法専門の魔法使いだ。エルザ妃との関係についていろいろ言われているが、今は何の関係もない、ただの知り合いだ。そして彼女はクリスティアーナ、ルーフェの司祭だ。今回の作戦に限って、国王陛下の要請により支援要員として特命参加させてもらう。よろしく頼む」
できるだけ簡潔に、必要な事項だけを伝える。もちろん、クリスタの特殊能力については言及しない。こっちにネガティヴな感情を持つ奴らがクリスタの能力を知れば、彼女の身に余分な危険が及びかねないからな。後で、部隊長にだけは伝える必要があるだろうけど。
「支援専門だって? そんな半端な魔法使いが、特殊部隊で役に立つとも思えないが」
いかにも闇魔法使いというような漆黒のローブを被った、グレーの髪に青白い肌の男が、いきなりマウントをとってくる。まあ、この手の誹謗はエルザと二人で組んでいたころから、数えきれないくらい受けていて、今更傷付くことはないけどな。
あの頃、俺をディスった奴には、速攻でエルザが長剣を突き付けて黙らせていたけど……
「ひっ、何を……」
眼の前で、俺の追憶風景が再現していた。エルザが眼にも止まらぬ速度で「エッシェンバッハの宝剣」を抜き、その切っ先を魔法使いの喉元ギリギリのところに擬し、ピタリと止めていた。
「国王と王妃がその能力を認め助力を依頼した者を謗るは、不敬の罪と認めざるを得ないが、どうなのだ?」
「わ、私はそんな……しかし、いくら王妃様が過去に懇ろになった関係とはいえ、支援魔法使いなどは所詮何の戦闘能力も持たぬ役立たず。それを行動部隊に入れては足手まといに……」
痩せ魔法使いがストレートにおれを貶する言葉に、エルザの紅い瞳が、怒りに燃え上がった。
「そうか、そなたは私が、昔の男への情を残しているゆえ、ここに連れてきたと思っているのだな」
「そうとしか思えませぬ……」
「そうか。では、この場でそなたとこのウィルで勝負をつけさせれば、納得するのか?」
「そうなれば、王妃の愛しい男が死ぬるばかりでございます」
エルザの眉が吊り上がり、その大きな眼がさらに見開かれる。それは恐ろしくも美しい、戦女神のような表情であったが……次の瞬間彼女は表情を消し、声を低めてつぶやいた。
「……存分にやるがよい」
その言葉に驚きつつも、闇魔法使いは俺への敵愾心をむき出しに、竜骨製の最高級品であるらしい魔法の杖を握りしめた。
「後悔しますぞ! 闇の精霊よ、我が元に集い彼の者を扼殺せよ!」
「……沈黙」
自信満々に詠唱を始めた闇魔法使いの呪文が完成する直前に、俺は短い短い詠唱をかぶせた。そして、待てど暮らせど俺が倒れないことに、闇魔法使いの表情が自信から当惑へ、そして失望から絶望へ変わっていくのは、なかなか見ものだった。
俺が使ったのは、自分のいる空間における一切の魔法行使を無効にする呪文だ。デバフ系の魔法としては最高位のものではないが、俺はこの魔法をごく短時間で展開することに集中して鍛錬を重ね、今や一瞬でその効力を及ぼすことができる。何しろ魔法を使う相手と戦う時は、下手に魔法戦に付き合うよりそれを無効化して、あとはエルザに無双させる方が、はるかに勝算が高かったわけだからな。
闇魔法使いはもともと悪い顔色を益々青くして、次々と持てる呪文を詠唱しているようだが、無駄な努力だ。
俺は剣を抜いて、闇魔法使いに迫る。奴は魔法が使えねばただの貧相な痩せ男に過ぎないが、こっちは人並程度なら剣が使える。闇魔法使いはあわてて後ずさり、転んで哀れに尻もちをついた。
「命は取らない、有難く思え」
振り下ろした剣は、闇魔法使いの身体ではなく、その持っていた杖を両断した。おそらく全財産をはたくどころではなく、多額の借金をして購ったであろう、最高級品である竜骨の杖を。
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