第55話 エルザ再び

「う〜んっ! やっぱりアロイスさんちのお食事は、美味しいのですっ!」


 クリスタが三杯目の甘口ワインを飲みながら、生ハムをむさぼり食っている。結構ガツガツいってるのに品が保たれているように見えるのは、彼女の血筋のなせる業なのか、それとも俺の兄貴的な欲目なのか。


 確かにこの生ハムは、彼女が絶賛するとおり絶品だ。味付けも燻製の香りもかなり強いのだが、それでいて粗野ではなく深い味わいがある。相変わらずアロイス家は、人生を楽しむことにカネを惜しんでいないよな。


 王都に帰ってきた俺とクリスタは相変わらず、アロイスさんの商館に居候している。俺達と付き合い始めてから、アロイス商会は王宮御用達になるわ、王都物価高騰の際に商隊を率いて空前の大型取引に成功するわと、ここ数ヶ月の間にめちゃくちゃ成長した。元々王国十商家に数えられてはいたが、最近は五大豪商の一角と称されていて……まあ、アロイスさんはいい人だから、良かったなあと思う。


 で、いろいろ恩に感じてくれているらしいアロイスさんは、俺達が王都にいてもいなくても、俺とクリスタのために部屋をあけておいてくれるし、タダ飯も食わせてくれる。本当はもっと金目のものをくれたいみたいだけど、俺もクリスタもそんなものは必要としていない……その代わり気ままに滞在させてもらっている。


 テーブルをはさんだ向こう側には、奥方と、娘のリアーネ。二人は長いことアロイスさんについて王国全土を回っていたけど、リアーネが王立学院に入るのを機に、王都に定住することにしたのだそうだ。旦那だけは、まだ各地の商館を飛び回っているけどな。


 息子のいないアロイスさんは、リアーネに婿を迎えて後を継がせるつもりみたいだ。いつか二人で酒を飲んでいたときに、


「司祭様がいなかったら、ウィル殿に娘をお勧めするところだったのですがなあ……」


 とか真顔で言われて、返答に困ったことがある。いやあ、十五歳のクリスタでも厳しいけど、リアーネはさらに三つ下。確かに俺は若い娘が好きだけど、さすがにそこまでいくと完全に無理だから。


 そのアロイスさんは今日は王都にいるんで、ご機嫌に同じ食卓に着いてクリスタとワインの杯数を競っている。いや、俺は参加するつもりはないぞ。ワインで酔っぱらうと、翌朝がきついからなあ。


「いやはや、今回の商隊もお二人のお陰で無傷、大儲けさせてもらいました。さすがにボーナスをお出ししないといけませんなあ……」


「いいんだよアロイスさん。俺達は商隊と一緒にのんびりと旅をして、クリスタが喜ぶいい宿に泊めてもらえて、美味いものを食わせてもらえる。その上に日当までもらってるんだぜ。これ以上なにかもらったら、ばちが当たるってもんさ」


 ちなみにクリスタの喜ぶいい宿とは、ずばり「湯浴みできる宿」だ。この点だけは決してブレないみたいだ。


「ウィル殿も司祭様も無欲すぎますなあ。せめてあの聖騎士鎧だけでも受け取って頂ければ……」


 俺の脳裏に純白と金色に彩られた超ど派手なプレートメイルが浮かぶ。前回王宮に行ったときに着せられようとしたやつだ。あんなのを身に着けているところを知り合いに見られたら、一生の黒歴史になってしまう。


「あれは俺的に、絶対無理」


「そうでありますか……」


 元気がなくなるアロイスさん。あまり断ってばかりだと、彼の気が済まないのかな。


「いや、何か俺達にくれたいと思うんだったら、こうやって美味い酒と料理を一杯振舞ってくれればいいんだよ。今日の生ハムは特別にうまいし、なあクリスタ?」


「ですよねっ! これまでたくさん生ハムをご馳走になりましたが、今日のこれは特別ですっ!」


「お分かりになりましたか! これはですな、生ハム生産が盛んなシュバルツヴァルト地方の中でも、最高級とされるものでして! 桜の木の煙でゆっくり時間をかけて燻した逸品なのですよ! いやはや、この良さを理解いただけるとは、さすが司祭様もウィル殿も舌が肥えておられますな!」


 いきなり元気になったアロイスさん。俺達に対する好意を、きちんと理解しているということを示せば、満足らしい。なら、せいぜい美味いものを頂いておくことにしよう。


 その時、アロイス家の執事が珍しくすごい音をたてつつ食堂に飛び込んできた。本当にこんなことは珍しい、この執事がドアを開けるときは本当に無音で、気が付くと傍らに立ってるって感じの人なんだけど。


「旦那様! たった今王宮より、ウィル様と司祭様に御用が、と……」


 こんな時間にか、ふざけんなよ。もう酔っぱらって、あとは寝るだけなんだけど。


「使者なんか追い返しちゃってくれよ。『明日王宮に伺う』と言っとけば、満足して帰るだろ?」


「いや、それが……ご使者ではないのです……」


「使者じゃない? 意味が分からん」


「あらっ?」


 それまでワインと生ハムに夢中だったクリスタが、何かに気が付いたように目を丸くする。


「こうしてはいられませんっ、お迎えに出ませんとっ!」


 クリスタがグラスをがしゃんと置いて、司祭服をひるがえして食堂から飛び出していった。上品なクリスタが食器ででかい音を立てたのなんかも、初めて見たような気がする。


 なんのこっちゃと悩む間もなく、クリスタが客人を連れて来た。


「こちらに、お兄さんもアロイスさんもいらっしゃいますからっ!」


 クリスタに手を引かれて入ってきた人物は……かつて愛した幼馴染だった。

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